天野花江の本当の姿
「伝説の名女優、天野花江さんが何故この場におられるのか!?
そして何故芸能界に舞い戻って来られたのか!!?
謎が謎を呼ぶネバエバ製作発表記者会見、しかし現場はあまりの驚きに皆さん声も上げられません!!!」
いや、会場全体グルなんでしょ?
ってか何であんたが実況してんの?
宮坂三姉妹の母、花江さんはすっと背筋を伸ばし、真剣な眼差しで俺を見つめている。
こんな表情見た事がない。
いつもほんわかとした笑みを浮かべ、口角を上げて楽しそうなお顔をされている花江さん。
いや、お断り屋の運営方針について意見をされた際、その時はスペックスの事を心配して怒って下さった事もあったのだが、それでも今以上に険しい表情をされる事はなかった。
「結城エミルさんには実力も人気もある。
でも、ポッと出のあなたに何が出来ると言うのかしら?」
ポッと出の俺。確かにそうだ。天野花江の言う通り。俺はポッと出、いやまだ出てすらいない。
それでも俺はここにいる。こうしてこの場に立って、会場中の注目を集めている。
すでに受けて立ってしまった。このラリーは始まってしまった。会場中の視線を浴びながら、俺は次の言葉を考える。
どうすればお断り出来るのか、このプレイの行き着く先はどこなのか。
「確かに私には人気も知名度もありません。ちょっとCMに出演させて頂いただけです。それも結城エミルさんの幼馴染みだからという理由です」
俺がここまで話すと、会場にいた記者らしき人達がざわざわし出す。あれ、知らなかったの?
あれだけ毎日ポカルのCMが流れてて、ポスターなんかも色んな所に貼られているというのに……?
なるほど、知名度なんてそんなものなんだろう。所詮俺のフィールドはスペックスという小さな箱の中だけのもの。
そうか、これが井の中の蛙というヤツなんだろう。ならば、俺はここでぶちかまさないとならない。
幼馴染みに恥をかかせる訳にはいかないな。結城エミルの相手役として……。
「実力のある女優の幼馴染みだからという理由で映画の主演を張れるのであれば誰も苦労しないわ。
そうね、あなたがどうしてもと言うのなら、私が直々に演技指導してあげても良くってよ?」
「お断りします。
完成した映画を見てもらえれば分かると思うんですよ。ポッと出なのか、そうでないのか」
2人のやり取りを静かに聞いていた会場の記者達が一斉にざわつく。
「出た、出ましたぁっ! 希瑠紗丹のお断りが今っ、炸裂しましたっ!!」
橋内さん、俺はあなたにこそお断りしたい気分です。
「ふふふっ、なかなか言うのね? じゃあ見せてもらいましょう、楽しみにしているわ。
大波監督。私をこの映画の宣伝部長に任命して下さらない?
高畑社長。スケジュールの調整、お願いしますね?」
「「分かりました」」
「何とっ、何と言うことでしょうか!? これがSランクプレイヤーの実力なのでしょうかっ!!?
希瑠紗丹さんがあの伝説の名女優、天野花江さんを味方に付けてしまいました!!!
この映画、本編だけでなくその宣伝にも全国民の注目が集まる事でしょう、もう目が離せません!!!!」
橋内アナウンサーの絶叫を背にし、花江さんが颯爽と会場を後にした。
……、あれ? 乗せられた!?
その後の事はほとんど覚えていない。原作者のなのちさんが何やら長々と話していた気がするが、一切聞いていなかった。
「アナタ」
頭がボーッとしている。
「アナタっ」
Sランクプレイヤーの実力って何だよ。俺は実質Cランクプレイヤーだし、人気投票を度外視すると俺より実力のあるプレイヤーはゴロゴロいるはずだ。
「アナタ!!」
ビクッ!? 瑠璃が俺の肩を揺すってやっと、話し掛けられていた事に気付いた。
「どうした?」
「もう1度言いますね……。
母が映画の宣伝部長を務める事で、アナタの番宣活動の負担が減るんです。その分リアル迷宮の企画に携わる時間が増えるでしょう?」
……、なるほど。俺がプレイヤー業やイベントの企画に携わる時間を確保する為に、瑠璃達が花江さんに頼んでくれたって事か。
しかしその為だけに花江さんが芸能界に復帰するのか?
花江さんが元女優さんだったなんて、全く知らなかった。瑠璃が生まれる前、賢一さんとの結婚を期に芸能界を引退されたらしいから、もちろん俺が生まれる前の話なんだよな。
そんな素振りも見せなかったし、聞いた事もなかった。そうか、高畑社長と賢一さんが取り合ったっていう女性は、花江さんの事だったのか。
所属してる女優に手を出そうとしたって事か? やっぱあの社長最低だな。
って違う違う! 俺は会場一杯に詰め掛けている記者達の前で何て事を……!?
「あそこまで言い切ったんだから、やるのよね?」
「もちろんやるわよ、私の幼馴染みですもの」
紗雪と夏希がニヤニヤしながら煽って来る。
「大丈夫、私が付いてる」
姫子が俺の手を握ってくれる。
「やるしか、ないのか……?」
「何を言ってるんですか? 優希さんが決めた事です。
高畑社長にリアルダンジョンをマネージメントしてもらう交換条件として受けたんでしょう?
じゃあ、やらないと。ねっ?」
牡丹までそんな目で見て来るの!? ここはお姉ちゃんとして弟を励ましてくれる場面じゃないのか!!?
いや、もうすでにそんな事を言っている場合ではないのだ。これは俺の問題、いや俺の仕事なのだ。
俺が逃げ腰でどうする。やるんだ。
台本はある程度読んでいる。世界観も、大筋の流れも把握している。
後は、俺が演じられるかどうかだけだ。
「よし、よしよしよしよし分かったやるぞやるんだこうなったらやるしかないぃーーーやっぱ無理やっ!!」
ぎぃ~、と静かに控え室の扉を開けて入って来たのは、颯爽と会場を後にした花江さんだった。それも賢一さんに肩を借りて、よろよろと歩いて来る。
どうやら現実逃避している場合ではなくなったみたいだ。何かあったんだろか……?
「アナタ、見て下さい。これが伝説の名女優の本当の姿です」
花江さんの、本当の姿……?
「うぅっ、吐きそう……」
崩れるように椅子へと座る花江さん。先ほどの凜とした雰囲気は一切なく、真っ青な顔をしておられる。
「自分で言い出したんだからな!? 俺は止めたぞ!!」
「そんな事言ったって、あなただってつい先日……」
「おい、その話は止めろ! あれは間違いであって……」
花江さんと賢一さんが何やらやり合っておられる。賢一さんも顔が真っ青になるような出来事があったのだろうか。すごく聞きたい。
「お母さんってば超上がり症なのよね。だから結婚に逃げたんだってよ?」
そんな賢一さんと花江さんのやり取りには気付かない様子の紗雪が賢一さんを指さしてケラケラと笑う。
「そういうとこ、瑠璃ちゃんも譲り受けてるもんね?」
牡丹も苦笑いしている。
あぁ、瑠璃もここまでじゃないが生放送の時にガチガチに緊張してたな。
それはいいとして……。
「ね、優希君。こんな私でも名女優だなんだって言われてるのよ?
あなたなら分かるでしょうけど、スイッチが入っていれば何の問題もないのよ。問題なのは、スイッチが切れた直後よね。つまり今なんだけど……」
分かる、さっきの状態だ。
スイッチが入っている状態であれば、周りの視線なんて気にはならない。しかしその反動で、さっきみたいにすぐさま逃げ出したい衝動に駆られる訳だけど……。
「やると決めたからにはやるのよ。大丈夫、私だって言ったからには番宣であろうが取材であろうが受けて立つわ!
だからね、優希君……」
「はい、花江さん」
伝説の名女優とまで呼ばれる花江さんは、俺に何と声を掛けてくれるのだろうか。
「私も、お義母さんと呼んでちょうだい」
はぁっ!? その為だけにあの場に乗り込んだんですか……。
いや、でもそのお気持ちはとても嬉しいです。
もう一度、改めて覚悟を決めようか!
「分かりました。僕も頑張りますよ、お義母さん」
いつもありがとうございます。
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