The One
千里さんと台本を使ったデモプレイを公開した翌日から、アクトレスデビューされるお客様の来店がさらに増え、プレイ自体もスムーズに進むという望んだ効果が得られた。
台本の有用性が実証された訳だ。新規のお客様だけでなく、常連のアクトレス達もこぞって台本でのプレイをオーダーされ、台本初回プレイの特典であるプレイ内容を書き起こして製本してプレゼントするという作業が追いつかない状況だ。
書き起こし作業だけでもアウトソーシングしたいところではあるが、プレイ内容を外部に流すのは個人情報の扱いという点とスペックスのノウハウ流出という観点からしても避けるべきであると判断した。
結果、受付嬢達に営業後に残業をしてもらうという形でお願いしている。
近いうちに書き起こし専属のスタッフを雇う必要があるかも知れない。
千里さんと潤一さんのプレイは非常に反響が良く、そして当日生で見られなかったアクトレスからの問い合わせも多々あった為、撮影していた映像をアクトレスカウンターのモニターで流している。
それを見る為だけに来店されるアクトレスデビューされていないお客様もおられるほどだ。
当日の売り上げにはならないが、スペックスとしてはそのような方々がいつかデビューしてプレイするんだと思って頂けるだけで十分にプラスである。
しかし……、千里さんと潤一さんとのデモプレイに飛び入り参加したのは失敗だった。思いっ切り設定を忘れていたのだ。
あの時2人がプレイしていた台本その3。ドリンクとケーキは本来であれば千里さんがレジで先払いにて会計し、自らテーブルへと持ち運んだものだ。
それなのに、俺は千里さんに対して「今すぐ出てけ。客じゃないから代金はいらねぇ、二度と来るな」と言い放った。いやいやすでに払ってるから! お金払ってるからお客様だから!!
幸いな事にその場にいたアクトレスやプレイヤー達は全く気付かなかった訳だが、後でキッチリと牡丹にツッコまれた。
「勢いで成立していましたけど、あれはアウトです。
……、後でお姉ちゃんと秘密の反省会、しましょうね?」
こってりと絞られた。色んな意味で。
さて、そんなこんなでとうとうハイプレイヤー総選挙の投票期間を終え、結果発表の日を迎えた。
組織票を入れる目的で来店されていた二ノ宮派閥のアクトレスと、そして自分で言うのも何であるが道子さん率いる希瑠派閥のアクトレスが二大派閥として認知されており、潤一さんか俺のどちらかが総選挙1位になるのだろうという見方が多いようだ。
ただ、中間発表の時点でそれぞれのプレイヤーがどれだけ得票しているのか俺は把握していないので、1位である潤一さんと2位である俺の票差がどれほど開いているのかも分からない。逆転可能なのかどうかも知らない。
にも関わらず、宮坂三姉妹はそわそわするし、夏希からは電話で大丈夫かと心配されるし、姫子に至ってはわざわざスペックスでプレイして俺に投票したからと報告して来る始末。
ちなみに宮坂三姉妹のお母上である花江さんもこっそりと通ってくれていたらしい。
う~ん、俺は劣勢なんだろうか。潤一さんの方がプレイヤー歴も長いし、その分固定客も多い。プレイヤースキルも俺なんかより高いだろうし、何より組織票がデカい。
道子さんも組織票をまとめ上げて俺に投じて下さったのだが……、一歩もしくは二歩三歩、俺の実力が及ばなかったのかも知れない。
期待に応えられず申し訳ない。
何だろうか、俺の方が後輩であり、もちろんプレイヤーとして活動した期間も短い。スキルも劣るかも知れない。
そして今までお相手を務めさせて頂いたアクトレスも潤一さんより断然少ないと思う。
負けるのは当然。潤一さんが優勢で当たり前。
けど……、悔しい。
今さら何言ってんだって話なんだけれども、悔しい。心底そう思う。
何とか出来なかったのか。俺なりにすべき事は全てやれてたんだろうか。見逃していた事はなかっただろうか。
もっとこうしていれば、よりアクトレスの皆様に楽しんで頂けたんじゃないだろうかという自責の念がふつふつの湧き上がって来る。
でも、もう遅い……。遅過ぎる。
恐らくハイプレイヤーの上位10人の中には残れるだろう。何しろ中間発表の時点で2位だったんだ。だから、俺はハイスペックスに出勤する事が出来る。
でも、1位ではない。トッププレイヤーには選ばれない。
プレイヤーデビューして長く続けている訳ではないが、それでも……。
勝ちたかった。堂々と胸を張って俺がトッププレイヤーであると誇りたかった。今まで俺を指名して下さったアクトレスの皆様に、選んでくれてありがとうと言いたかった。
あなた達のお陰で今、この場に立っていられますと感謝の言葉を贈りたかった。
2位じゃダメなんですか? と中間発表の時に紗雪に言った。
ダメです。ダメダメです。
2位でいいやなんて中途半端な気持ちで臨んでいるプレイヤーが、アクトレスのニーズに全力で応えられる訳がない!!
認識が甘かった。瑠璃にスカウトされ、言われるがままプレイヤーとして働いて、今。
プレイヤーとしてだけではなくスペックスの経営にも携わり、新しく大規模なイベントを開催するべく計画を進めており、そしてその計画の為に芸能事務所を通じて映画の主演デビュー・CDデビューの企画も控えている。
自分の実力以上に大きな仕事を任され、寄せられる期待に応えようとした結果、未だ何一つなし得ていない現状がある。
身の丈に合わない評価に酔い、溺れていたつもりはないけれども……。
くっそぉっ!!
何でこんなにイライラしてんねや、1位になれへんなんて当たり前やろが! 俺より潤一さんの方がすごい、それだけやろうが。
事実やろが、何でこんなに悔しいねん! あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~!!
いやいや落ち着け、落ち着け俺。潤一さんの方がすごい、潤一さんの方がすごい、おっけー?
よし、よし、よし……。
おっけーちゃうわボケェ!!!
『以上がハイスペックス総選挙の結果、惜しくもトップテン入りを逃してしまったプレイヤーでした。
それではお待ちかね、総選挙の上位10名のプレイヤーを呼んで行きたいと思いまっす!』
わーーー。
うじうじと考えている間に、総選挙の最終結果発表が開始されてしまった。
軽快な千里さんの司会進行で、発表を見守っているアクトレス達のテンションは最高潮になっている。
俺は今、アクトレスカウンターの裏手におり、名前を呼ばれたら表へと出て行くという段取りになっている。
ここに呼ばれた時点で上位10名が確定している。
俺以外には信弥さん、潤一さん、その他実力も人気も共に備えているプレイヤーばかり。
青葉さんも三郎こと先崎も、惜しくも上位10名にはランクイン出来なかった。
『さて、ここで瑠璃さんより重大発表がございます!』
ざわざわざわざわ……。
『はい。次に呼ばれるプレイヤーからは、ただ人気があるプレイヤーである、というだけではありません。
現在スペックスの別館となる新たな店舗の準備をしている最中でして……。
実はその店舗、次から呼ばれる上位10名のハイプレイヤーしか出勤出来ないより特別なスペックス、ハイスペックスとしてオープンする予定なんです!!』
………………、ざわっ、ざわざわざわっ、ざわざわざわざわざわっ!!!
『ハイスペックスでは選ばれたプレイヤー、そして選ばれたアクトレスによる高度なプレイが繰り広げられるのです!!
オープンまで今しばらくお時間が掛かるのですが、本日は総選挙で選ばれた上位10名、ハイプレイヤー達の顔ぶれをご披露させて頂きます!!!』
ぎゃーーわーーきゃーー!!!
『はい、瑠璃さんからの重大発表がございました。総選挙の告知ではチラリと情報が出ていましたが、これをもって正式発表となりまっす。
それではっ! ハイスペックスへの出勤を許された、1人目のプレイヤーの名前を呼びます!
ち・な・み・にっ、今から名前を呼ばれるプレイヤー達は元のランクに関係なく、次回の総選挙開催までの期間はSランクであると認定されるそうです!!』
ううううううううわわわわわわわわわぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!
『それでは参りますっ!! 最初のSランク認定者は……』
だららららららららららららららぁぁぁぁぁっ、だんっ!!
『第10位、河原崎源太郎!!』
10位ではなかった……。
「紗丹、どうしたんだい? 顔が真っ青だけど」
ん? あぁ、大丈夫だよ……。
「紗丹君、最近働き詰めだったんだろ?
総選挙に経営の方に、後は芸能関係でも仕事を進めてるって言ってたし。無茶し過ぎたんだよ」
そうだね、でもそうじゃないんだ……。
「呼ばれるのはまだ先だろうし、ちょっと座っておきな」
信弥さんが俺に椅子を勧めてくれたけど、固辞した。今座ったら、立ち上がれなくなってしまいそうで。
潤一さんも、気にしなくていいよ。大丈夫、ちょっと自分に自信が持てないだけだからさ。
「え~っと……、ずいぶんと紗丹らしくない発言だね? 一体どうしたんだい?」
どうもこうもないよ、みんなが持ち上げてくれているだけで、俺自身で成し得た事なんて何もないんだって気付いただけだから。
『今から呼ばれるプレイヤーは、ハイプレイヤーでもさらに上位の5人、ハイファイブです。
ハイファイブ最初の1人は……、第5位、木梨礼司!』
「うわぁっ、マジで呼ばれたんだけど……」
カクカクとしたぎこちない歩き方で、木梨さんが表舞台へと出て行った。その背中を見送る。
『え~、木梨君はマニアック嗜好のアクトレスから結構支持を集めているっていう印象ですね。そして……』
木梨さんが総選挙第5位に選ばれた理由を丁寧に解説している千里さん。
俺が呼ばれた時、千里さんは何て解説してくれるんだろうか……。
「ねぇ、紗丹。あのさ、もう4人しか残ってないんだよ。
分かる? 300人以上いるスペックス所属プレイヤーの中の、上位4人に紗丹は残っているんだ。
それが生半可な事で出来るはずがないって、自分で分かってるはずだよね?」
「そうだよ紗丹君。君は、いや僕達は、誇るべきだ。多くのアクトレスからの支持を得たんだ。その誇りを胸に、さらに高みを目指すべきなんだよ。
自信がないだって? それって千里さんとのデモプレイで助けてもらった、僕に対する煽り文句のつもりか?」
いや……、そんなつもりは。
『第4位、牧田晴臣!!』
「ふぅ~~~……。
よし、行ってきます!」
晴臣君の背中を信弥さんと潤一さんが力強く押す。みんなライバルだけど、敵ではない。
3人の背中は大きく、まるで俺に何かを語り掛けているかのように見える。
『まっきーは何と言っても意表を突くような返し、こう何ていうか、鋭角を攻めるようなスタイルが好きってアクトレスが多いと思うんですよ。ご自分ではどう思います?』
『はい、この場をお借り致しまして我が師匠、月崎様へ感謝の意をお伝えしたく……』
裏付け、か。俺は俺に向けられる人気や評価に対する裏付けが欲しかったのかも知れない。
晴臣君は月崎さんに何度も指名され、何度も同じプレイを繰り返し求められ、そのたびに違う展開、違うお断り方法を模索して月崎さんのオーダーに全力で応えていたらしい。
そのプレイの数、積み重ねられた経験が裏付けとなって自信に繋がる。
俺にはそれがないんだ……。
『残るは後3人。トップスリーに残っている3人はね、もう誰が見ても文句なしよね! 誰が一位になったとしても驚かない。
はいそこ~、中間発表で驚いてたじゃんとか言わな~い』
求められる物に対して応えていたと思う。
けれど、それは俺が努力して積み重ね、結果的に得た実力ではないんだ。
「あのさ、本当に何言ってんの? 努力して得た実力じゃない?
それってさ、裏返せば、全ては持って生まれた才能だけでここまで来たって言っているも同然じゃないか。
先輩である僕を一瞬で抜き去って、アクトレスの人気を欲しいままに集めておいてよく言うよ。
全く……、君は一体何者なんだい?」
出た、何か久し振りに聞いたよ、それ。
『第3位ぃぃぃっ! 亀西信弥ぁぁぁっ!!』
「ほら、結局先に呼ばれるのは僕なんだから。困ったもんだよ」
やれやれという感じでゆっくりと歩いて行く信弥さん。
そして残される、俺と潤一さん。
「正直ね、紗丹君の悩みは分かるよ。僕も中間発表の時点では同じような境遇だったからね。
プレイヤー仲間に担がれて、でもそれは自分の本来の姿でも実力でもなく、作られた虚像だった。
でもさ、君は違う。違うんだよ、人気もあるし、実力もある。それだけでもうトップに立ってるんだ。そこに経験が積み重ねられれば、これ以上ない地位を築けるだろう。
君の伝説は、今日が始まりなのさ」
「ぶっ~!! はっはっはっ!!! いくら俺を笑わして気分を変えさせようって言っても『君の伝説は、今日が始まりなのさ』キリッ! はないわっ!!
くっそダセーよ潤一さん! あ~~腹痛ぇ~~……」
「いや、笑わせようとした訳ではなくて……」
『それでは残る2人。もう先に呼んでしまいましょう。
2人ともこちらへ来て下さい、まだ名前を呼ばれていない2人のうち、どちらかがハイプレイヤー総選挙第一位、The Oneなのです!!
どうか皆様、盛大な拍手でお迎え下さい!!!』
ううううううううわわわわわわわわわぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!
まるで有名人が飛行機から出て来るのを待ち受けているファンが殺到する空港のゲート前のような光景。ただしみんなマナーを守って正しく騒いでおられる。
さすがアクトレス。分かってらっしゃる。
「ちょっと会場が狭過ぎるね、来年もやるんならどこかホールなり劇場なりを借りるべきだね」
潤一さんが俺の耳元で話し掛ける。そうしないとアクトレスの歓声で自分の声がかき消されてしまうくらいに盛り上がっているからだ。
「そうだね、経営者として次回へ向けての反省点に挙げておくよ」
『見て下さいこの2人のやり取りを! 人気を奪い合う敵同士ではなく、仲の良いプレイヤー同士としての友情が垣間見れるやり取りです!!
もうこのレベルになると順位や評価なんて関係ないんです! そこに彼らがいればいい!!
で・す・がっ、総選挙というイベント上順位は付き物なので発表に移ります、いいですね?』
千里さんも楽しんで司会をしてくれているみたいだ。本当にこういうのが似合うなぁ。盛り上がってんなぁ。
などと他人事のように思う。会場全体を見れるようにまで立ち直れたみたいだ。
後は、結果を受け止めるだけだ。
『いいですか、先に呼ばれた方が第2位ですからね! 間違えないように、これ大事なんだからねっ!
今から第2位のプレイヤーネームを呼びます。呼ばれた人はハイプレイヤー総選挙の第2位です、分かりりましたか?』
呼ばれた方が、2位。
呼ばれなかった方が、1位。
『それでは呼びますよ、2位、2位を呼びますからね!
第一回ハイプレイヤー総選挙、第2位に選ばれたのは……』
選ばれたのは……
『二ノ宮……』
ううううううううわわわわわわわわわぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ううううううううわれわわわわれわわぁぁぁっぁぁっぁぃぁぁぁぁぁ!!!
ううううううううわれわわわわわわわぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!
ううううううううわわわわわわわわわぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁ!!!
ううううううううわわわわわわわわわぁぁぁぁぁぁっぁぁっぅぁぁぁ!!!
ううううううううわわわわれわわわわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁ!!!
ううううううううわわわわわわわわわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁ!!!
ううううううううわわわわわわわわわぁぁぁぁぁっぁぁっぁぇぁぁぁ!!!
ううううううううわわわわわわれわわぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぉぁ!!!
スペックスビル全体が揺れているのではないかと思うほどの歓声の中、俺と潤一さんは肩を組み、アクトレス達に向けて深々と頭を下げたのだった。
誤字訂正致しました。




