アクトレスとしての心意気
プライベートでも仕事でもいい事なんてなかった1年だった。前から誘われていた会社の忘年会は急用が出来たからと断り、以前から気になっていたお店に足を運んだ。
「いらっしゃいませ。本日はイベント開催中の為、プレイヤーのご指名をお受け出来ないのですが、よろしいでしょうか?」
大通りにそびえ立つ大きなビル。立派な店構えで、迷う事無く見つける事が出来た。自動ドアが開いた先にあるロビーのその奥に、広いカウンターがある。ここで受け付けをするようだ。
「あの、私初めてなんですけど……」
「それはそれは、ご来店頂きまして誠にありがとうございます。本日スマートフォンはお持ちでしょうか?
お断り屋としてお店を構えている店舗でお遊び頂く際は、必ずアクトレス登録が必要となっております。私共はご来店頂くお客様の事をアクトレスとお呼びさせて頂いております。ご対応させて頂く男性をプレイヤーと呼び、お2人でやり取りをして頂くというサービス提供方法になっております。
詳しいご説明をさせて頂きますので、あちらへご案内致します」
受付してくれたのはとても綺麗な女性だった。芸能人だと言われても驚かないレベルだ。
そんな美人さんが、懇切丁寧に一から説明してくれる。ただただ説明を受けているだけなのに、私に対して特別な対応をしてくれているんじゃないかという気分にさせてくれる。
「以上でアクトレス登録は終了です。本日このままアクトレスデビューされるご予定ですか?」
もちろんそのつもりだ。今年は嫌な一年だった。私の事を好きだと思ってくれていると、そう信じていた男の子に手酷く振られてからというもの、何をしても上手く行かない日々。
友達に相談すると、まだ未練があるんじゃないかって言われて……。納得は出来ないけど、その未練を断ち切れば来年こそは上手く行く。
そう信じて、ここを訪れたんだ。
「初めてプレイされるアクトレスには、事前に筋書きをご用意した台本を使ってのプレイをオススメしております。一度目を通されてからお考え下さい」
そんな物が用意されているのか。差し出された台本を手にし、ペラペラと中を確認する。台本その1、台本その2が2パターンあって……。
「これって……!?」
思わず声を漏らしてしまった。
台本その3、あまりにも自分が振られた状況に酷似している。
「気になるプレイがございましたか?」
「あのっ、台本その3をしてみたいんですけど……、ちょっと自信がなくって」
そう受付のお姉さんに伝えると、台本の読み合わせのような形でプレイヤーの方とやり取りするという方法も出来ると教えて下さった。
読み合わせ、自信がなく例え間違ってしまっても問題ないみたいなので、それでお願いした。
「分かりました、対応させて頂くプレイヤーへ連絡を致しますので少々お待ち下さいませ」
お姉さんが耳に付けたインカムでどこかとやり取りしている。その間に、少しでもセリフを覚える為に台本を読み込む。
「石谷様、プレイをして頂く場所なのですが、プレイヤーと2人きりになるよりも喫茶店のような他に人がいる環境の方が落ち着いてプレイに臨めるのではと思うのですが、如何でしょうか?」
すごい、そんな気遣いまでしてくれるんだ。
確かに初めて会う男の人と2人きりの場所よりも、他のお客さんもいる場所の方が緊張しないかも知れない。
「ではそれでお願いします」
「分かりました、今ご用意致しますので」
お姉さんはもう一度インカムでやり取りした後、エレベーターまで案内してくれた。喫茶店があるのはこの1つ上のフロアだそうだ。
お姉さんに付き添われ、エレベーターに乗り込む。エレベーターが止まって扉が開くと、男性が待っていた。
「ご来店頂きましてありがとうございます。アクトレスデビューのお相手を務めさせて頂きます、二ノ宮潤一と申します。よろしくお願い致します」
自己紹介の後、丁寧に腰を折ってお辞儀をしてくれる二ノ宮さん。とても整ったお顔で、少し見とれてしまった。
「こちらこそよろしくお願い致します」
お姉さんとはエレベーターで別れ、二ノ宮さんのエスコートで喫茶店へと入る。
チリンチリンと鳴るドアを開け、私を先に入店させてくれる。
純喫茶ではなくファミレスに近い店内。割と広く、ほぼ全ての席が男女のカップルで埋まっている。私達が入店したのを確認し、すぐにウエイトレスさんが席へと案内してくれた。
「石谷様、こちらがメニューでございます。こちらで頼まれるお飲み物やケーキなどの軽食は、プレイ料金とご一緒にあちらのレジにてご精算して頂く事となっております。
ちなみに、プレイヤーが何か頼んだ場合でもアクトレスにお支払いして頂く事となっておりますので、あらかじめご了承下さい」
「そうなんですね、分かりました」
早速手を挙げてウエイトレスさんを呼ぶ。私はロイヤルミルクティーを、二ノ宮さんはコーラを選んだ。
「さて、台本の読み合わせという事でしたが、ご希望はございますか?」
「ええ、台本その3をお願いしたいんです。
実は少し前に、同じような状況で好きな人に振られてしまって……」
そこまで口にした自分に対してハッと驚く。そんなプライベートな事まで話すつもりはなかったのに。
喫茶店の中の落ち着いた雰囲気がそうさせたのか、それともこれが二ノ宮さんのプレイヤースキルなのか……。
ドギマギとしている間にウエイトレスさんが飲み物を持って来てくれた。ロイヤルミルクティーを一口飲み、心を落ち着ける。はぁ……、おいしい。
「では始めましょうか。
台本の冒頭でご説明している通り、本来はどのような方向性でプレイするかを決めて頂くとよりお楽しみ頂けるようになっているのですが、今回は如何致しましょうか?
初めてのプレイという事で、台本の読み合わせだけをされるアクトレスも多くおられますし、最初からアドリブにチャレンジされる方もおられます」
「そうですね……。
まずはサラッと読み合わせをして、時間に余裕があれば方向性を決めた上でチャレンジしたいです」
何も一度プレイしてそれで終わりという訳ではないのだから、時間が許す限り何度も台本を繰り返しプレイしてもいいんじゃないかな。
二ノ宮さんは笑顔で大丈夫ですよ答えてくれたので、私達は台本の読み合わせを始めた。
「まずは私のセリフからですね。
たくさん買っちゃった~、ごめんね潤一ぃ~」
「謝るなら少しは持てよ」
「あっ、あのカフェで休憩しよ~、奢るからさっ!」
「はぁ!? そんなの当たり前だろ?」
えーっと、本当だったら喫茶店に入って荷物が多いからって先に潤一に席を取ってもらっておいて……。
あ、ケーキ頼んでおけば良かったな。先に台本読んでたのにそこまで気が回らなかった。
そう思っていたら、頼んでもいないのにウエイターさんがチョコレートケーキを持って来てくれた。
一礼をして去って行くウエイターさんの背中を見送りながら、ケーキに手を伸ばす。
「うんっ、美味し~」
「俺には食いもんないの?」
「えっ、だって潤一って甘い物好きじゃないよね?」
「いつ俺がそんな事言った?」
「ごめんごめん、次から用意するから」
「次? ふ~ん」
二ノ宮さんがストローで氷をザクザクと鳴らしてからコーラを飲む。
なるほど、機嫌が悪そうにって書いてあるもんね。
「もー、ケーキくらいで感じ悪いぞっ?」
「はぁっ!? お前さ、自分の事一体何様だと思ってる訳?」
ちょくちょく台本とは若干違うセリフを返して来るのは、二ノ宮さんなりのこだわりがあるんだろうか。
そう思うと、私も少しくらいアレンジして返したくなってしまった。
「何様って、そりゃとってもセクシーキュートで愛しのカノ……」
バンッ! 二ノ宮さんが机を叩いた。ちょっと控えめにしてくれているのが分かる。何分私は初めてのプレイなので、気を遣ってくれているんだろうな。
そういう細やかな気遣いが嬉しい。
「いつ俺がお前と付き合ったんだよ!
あ~マジ最悪。どうしても来てくれないと困るって言うから約束を断って来てやったのに!!
買い物に引きずり回すわ、奢りも飲み物一杯だけ?
人の事舐めやがて!」
「そ、そんなつもりじゃっ……、だって潤一が来てくれたのは私の事が好きだからでしょ?
潤一が臆病で気弱で押して行けない性格だって、私知ってるんだもん。早く告白してくれないかなって待ってたけどいつまで経っても言ってくれないから、だから私は……」
「そんな都合の良い事ばっかよく妄想出来るな、逆に笑えるわ。お前みたいな我儘な女はお断りだ。
俺はもっと大人な女が好きなんだよ、お前どっから見ても幼女じゃねぇか! ランドセル背負って小学校から出直して来いよ!!」
私がノって来たのを感じたからか、二ノ宮さんが少し突っ込んで私自身の容姿について言及をして来た。
台本に書かれているまま読むだけでなく、そこに演技が乗っかっている。
面白いと、楽しいと感じた。
これがプレイなのか……。
プレイの中の私は今、彼氏だと思っていた、私の事を好きでいてくれていると思っていた潤一から手酷く振られてしまった。
過去に実体験した失恋の上に今のプレイが被せられて、2つの別々の出来事がまるで1つの出来事であるかのような感覚を覚える。
そして、このプレイは私が望んで二ノ宮さんとしている演技である。
そう認識すると、ふっと身体が軽くなった気がした。
そして、当時の悲しみやショック、今感じた安心感などがごちゃ混ぜになり、つつつっと頬に涙が伝い落ちた。
「うっ……、ううっ……」
「なぁ、泣けば許されるとでも思ってんの? 何で泣いてんのか知らないけど」
ちらっと台本を確認する。
え~っと、顔の半分を両手で覆い、何とか謝ろうと小さな声を出すっと。
「ごめんなさい、私……」
「ごめんとかいらないから。金輪際呼び出すなよ、じゃあな」
え~っと、荷物が一杯あるのに置いて行かれそうになって縋り付くっと。
「ひっ、ひどいよっ! そんなに言わなくったって良いじゃん!
ちょちょちょっ、ちょっと待って! この荷物どうすんのよ、私1人で持って帰れる訳ないでしょ!!
あんたが言ったのよ、私の身体小さくてロリロリしぃのに無理だよぉ!!」
「あー精々したわ、ちんまい女のせいで時間がムダになったわ」
このセリフで台本は終わり、だけども。
ふふん、これで私が終わる訳ないんだよね~。
「お願いっ、何でもするからこの荷物運ぶの手伝って!
タクシー呼んで積み込んでくれるだけでいいから……」
「だーかーらーさぁっ!! タクシー呼んでってそれくらい自分で出来るよなぁ!?」
「だって、自分でタクシー呼んだ事ないんだもん……」
「せめてやろうとしろよ、調べろよどうやったらタクシーが来てくれるかさぁ!
人がしてくれるのが当たり前だと思ってんのが大間違いなんだよ!!」
プレイ終了の合図であるセリフが出た後も続ける私に対して何の動揺もなく、そして間髪入れずに返してくる二ノ宮君。
さすがハイプレイヤー総選挙暫定1位。仲間内からの働きかけがあったとはいえ、やはり実力は申し分ない。
残り時間など気にする必要はない。
アクトレスカウンターからずっと私について来ているギャラリーも気にする必要はない。
今このプレイを楽しむ、ただそれだけ。
「じゃあ教えて、どうやったらタクシーが呼べるの?」
「うるさいよ! もう俺は行くからな、二度と連絡して来んなよ!!」
あらー、ちょっとそのお断りは頂けなくない?
私を楽しませようというよりもこのプレイを終了させる方にばかり意識が行ってるんじゃないの?
これがあの人ならば、どうやって納得する形でお断りをしてくれるのかしら……。
「お客様、申し訳ございませんが他のお客様のご迷惑になりますので……」
先ほどケーキを持って来てくれたウエイターさんが、本当に申し訳なさそうな顔で注意して来た。
さて、あなたは何てお断りしてくれるのですか?
「ちっ、じゃあな!!」
あらまっ、後輩プレイヤーに任せてこの場から逃げるつもりなのかしら。
二ノ宮君、ちょっと減点だなぁ~。
「ウエイターさん、私振られちゃったんです……。
うるさくしてごめんなさい。でも……」
「聞き耳を立てるつもりはなかったのですが、やり取りを聞いてしまいました。
余計な事かとは思ったのですが、タクシーはすでに手配しております。お荷物は私がお運び致しましょう」
「えっ!? そうなんですか……、ありがとうございますっ!!
もしかしてウエイターさん、私の事が……」
「いえ、他のお客様のご迷惑になるので対応させて頂いたまでです。
この喫茶店の従業員としてすべき事をしただけですので他意はございません」
おー、従業員としてのお断り。言葉遣いは丁寧、しかしお客が好意を感じる前にそんな物はないと切り捨てる。
いいわいいわ、さっすが。私も負けていられない!!
「そう、分かったわ。でも私あの男に振られて悲しいんだー。
慰めてくれない? ほら、このケーキをあーんして食べさせてくれるとかさー」
「ここは執事喫茶ではございませんのでそのようなサービスは致しかねます。
タクシーが来ましたらお声を掛けさせて頂きますので」
「何よ、私は客なのよ! あーんくらいしてくれてもいいでしょ!!
お客様は神様なんでしょっ、それくらいやりなさいよっ!!」
ソファーに仰け反って脚をバタバタさせ、テーブルをバンバンと叩く。我儘女と呼ばれるに相応しい振る舞い。
ギャラリーが見守る中、これくらいするのがちょうどいいでしょう。
私と紗丹君のプレイなんですもの、よく見ておきなさい!!
ほらほらほっらぁ! 紗丹君の表情が穏やかそうなウエイターから怒り狂った恐怖の魔王のような表情に変わったわ!!
ここから怒涛のお断り展開よ、他のプレイヤーもよく見て勉強しておきなさい!!
「うるせー! マナーが守れない客は客じゃねぇんだ!!
出てけ、今すぐ出てけ。客じゃないから代金はいらねぇ、二度と来るな。荷物も店先に放り出してやるからありがたく思え!
ほら立てよ! それともお前も放り出されたいか!!?」
ほらほらほらと責め立てられ、気付けば店の入り口まで来ていた。カランカラン、背中に扉が当たる。
紗丹君が手を伸ばして扉を開け、そのまま後ろに倒れるような形で店の外へと追い出されてしまった。
尻もちをついてウエイターの顔を見上げる私。
さぁ、彼は何と言ってプレイ最後のセリフとするのか……!!?
って、ええっ!!!? 何も言わずに扉を閉めて戻って行った……。
無言のお断り、なかなかに高度な技術。さすが紗丹君と言ったところね。
紗丹君が店内に戻ると同時に喫茶ルーム内が拍手と歓声に包まれる。
ってちょっと待ってよ、主役は私でしょうがっ!!
急いで店内へ戻ると、ギャラリーとしてプレイを見守っていたアクトレスとプレイヤー達が私にも拍手を送ってくれる。
「さすが千里さんですね!
Aランクアクトレスの実力、間近で拝見出来て光栄ですぅ~」
「新人アクトレスとしてアクトレスデビューする、というプレイ。とっても勉強になりました!
俺も紗丹君みたいになるんだ……」
「台本の使い方も分かりやすかったし、これなら友達を誘っても続けて通ってくれそうですね。
沼に引きずりこま込まなくては……」
「でも一度に2人もプレイヤーにお相手してもらえるってすごくないっ!?
デモンストレーションとはいえ羨ましいぃぃぃ~」
「最後の千里さんと紗丹君のアドリブでの掛け合いが最高だったね、また見たいなぁ~」
「でもこんなプレイを間近で見る機会なんてなかなかなくない?」
ふふふっ、どうやら優希さんの目論みは全て上手く行ったみたいね。
台本を使ったプレイのデモンストレーションと、そしてハイスペックス向けの構想であるオーディエンスに見せるプレイのテスト。
どちらにしてもアクトレス達の反応は良さそう。
ハイスペックスからの招待状が来なかったとしても、観客としては通う事が出来るもの。
公開デモプレイでこれだけの好感触なのだから、ハイスペックスが営業開始してからの客入りを心配する必要はなさそうね。
二ノ宮君と目が合った。すっと逸らされた。何よ、何か思うところがあるのかしら?
「いえ、その……、パンツまでロリっぽくする必要はないんじゃないかなぁと……」
くまさんパンツは趣味よ。自分の体形で悩んだ事もあったけど、これを武器にしない手はないもの。
通常のプレイでも尻もちをついてスカートが捲れる事があるかも知れないと、そこまで計算に入れて楽しむのが、アクトレスとしての心意気なのよっ!!
いつからアクトレスが新人であると錯覚していた?
残念、千里ちゃんでした~~~!!
今後ともよろしくお願い致します。
アクトレスが石谷様と声を掛けられた時点で「これ千里さんじゃね?」って気付いてくれた読者はどれくらいいるのだろうか……。
ちなみに「いしやちさと」というフルネームは「異世界へ召喚されし勇者達、迷宮の入り口に立つ」にて既出です。




