台本テストプレイ後の話し合い
月崎さんとの台本を用いたプレイを試した翌日。
スペックスの営業が終わった後、俺は仲の良いプレイヤー仲間と宮坂三姉妹とで喫茶ルームに集まり、今日の営業について話し合いをしている。
姫子は女優業の為出席していない。俺と宮坂三姉妹の関係はある程度バレつつあるが、ひめとの関係まで公にするつもりはないので、例えオフだったとしてもこの話し合いに参加してもらう事はなかっただろうが。
「僕は割と手応えを感じているよ。今日はベテランのアクトレスに試してもらった形だけど、新人のお客様にとってはありがたいんじゃないかな?
台本に書いてある通りセリフを言えばいいんだ。慣れてくれば自由にアレンジされると思うけどね」
仲の良いプレイヤー仲間、信弥さんが台本を用いたテストプレイについて語り出す。
その言葉を受け、青葉さんと潤一さん、そして先崎が頷いてみせる。
昨日の台本を試したプレイの後、月崎さんと牡丹は手早く権利関係について合意し、スペックスと月崎さんとで契約書を交わした。その後より分かりやすい形に台本を手直しし、簡単に製本して配布出来るようにした。
そして今朝、その台本についてここにいるプレイヤーとアクトレスカウンターで主任をしている藤咲さんという受付嬢に集まってもらった。
その場で月崎さんによる台本の有用性を説明し、現在行われているハイプレイヤー総選挙の期間中に本格導入したいと伝えた。
今日は藤咲さんが、この人ならばテストプレイを任せられると思うアクトレスへ声を掛けて、台本のモニターを頼んでもらった。
「藤咲さんからあたしに上がって来た報告では、声を掛けたどのアクトレスも快く引き受けて下さったって聞いているよ。
逆に先行プレイをさせてもらってありがとうって喜ばれたって」
藤咲さんと紗雪は仲が良いらしい。
高畑芸能プロダクションから派遣されていた女優の卵だった藤咲さんを、是非ともスペックスの正社員として働いてほしいと引き抜いたのが紗雪だったとか。
意外に紗雪も役員として働いているんだなぁというエピソードだ。
「ただちょっと新人のアクトレスには難し過ぎる台本が混じってたっスね。
まぁ俺にとっても難しいんスけど。今回はたまたま当たらなかったから良かったっスけど」
先崎が言っているのは恐らく台本その4の事だろう。今回俺もテストプレイを優先してアクトレスのお相手を務めたが、その4を選ばれる方はおられなかった。
「俺はその4をプレイしたぞ。台本をそのままなぞるだけだったけど、アクトレスには満足してもらえたみたいだったな」
「青葉さんは最後、どうやってお断りしたんですか?」
俺がそう尋ねると、天井を見上げながら、思い出しつつテストプレイでのセリフを教えてくれる。
「プリクラ撮って告白されて、諦める覚悟はできてるから……、ってセリフの後だな。
俺が付き合うのは無理だって答えて、男だからかって聞かれたのに対して……、周りの目が気にならないくらいに愛する自信がないって答えたな」
世間体が気にならないくらいにまで男の娘を愛する、守ってやれるか分からないから付き合う事が出来ないという断り方か。
好きだとも無理だとも言わず、付き合った後の事を考えた上での消極的なお断り方法。なかなか現実味があるように思える。
「仕方ないね、の後はどうしたんですか?」
問い掛けた潤一さんの肩に両手を置き、青葉さんがプレイさながらにセリフを口にする。
「ごめんな、せっかく勇気を出して告白してくれたのに……。
俺、全然お前の気持ちに気付いてやれてなかった……」
「おー、すげっスね。俺の台本にメモさせてもらいますねー」
「ちょっ、パクんなよ!」
「いやいや、僕もメモしたいくらい良いセリフだと思うよ。なるほど、同じシチュエーションと同じプレイの流れであっても、プレイヤーが違えばセリフが変わってくるんだね。
これはアクトレスにも受け入れてもらえると思うな」
青葉さんのリプレイを見て、先崎と信弥さんがメモを取る。
先崎を含めて俺達は指名を受けるプレイヤーで、普段であれば人のプレイを間近で見る機会はなくなっている。
こういう風に人のプレイを見て参考にする事も減っているのでいい機会だ。
そうだ、月崎さんに頼んだ追加の台本にエキストラプレイヤーが必要なシチュエーションを入れてもらおう。後身の育成にも役立たせる事が出来る。
本当に台本は使えるな。いいシステムを持ち込んでもらってスペックスとしては一石何鳥にもなっている。とても喜ばしい事だ。
「プレイを終えられたアクトレス達と個別で感想を伺ったのだけど、どなたも楽しめたと仰っていたわ。
とても良い感触ね」
瑠璃と牡丹はアクトレスから直接プレイ後の感想をお聞きしており、モニターを務めて下さった皆さんから好意的なお言葉を得る事が出来たようだ。
ただ……、と牡丹が言葉を濁しながら瑠璃の後に続けて口にする。
「やはり台本の数が少ないのと、自分は慣れているからすんなりとプレイが出来ただけで、新人のアクトレスが上手くプレイ出来るかどうかは実際にやってみないと分からないんじゃないかっていう意見も多かったですね」
う~ん、こればっかりは本当にやってみないと分からない。従業員を対象にテストプレイをするのが望ましいのだろうが、基本的にスペックスで働いている女性は全てアクトレス登録をしているし、何ならエキストラアクトレスとしてプレイに参加した経験もあるしなぁ……。
「じゃあさ、アクトレス経験のない人がやればいいんじゃない?」
「いや紗雪、そうは言ってもだな……」
「いるじゃん」
いやいや、いるじゃんて言われてもだなぁ。ここにいる女性と言えば宮坂三姉妹だけな訳で、その3人はアクトレスの創造主にして元祖と言っても差し支えないような存在。
この3人ならば新人アクトレス役は出来るかも知れないが、新人アクトレスそのものにはなれないだろう。
「いるじゃん! ここに5人も」
……、はぁ? それってつまり、俺達にアクトレスをしろと?
「なるほど、それはとてもとてもおもし……、コホンっ。興味深いですね」
牡丹、絶対個人的趣味が入ってるよな!? 絶対に台本その4をさせようって企んでるよな!!
しかしこれも新人アクトレスそのものになれないのに代わりはない。ここは断固お断りをして話し合いを切り上げ、明日の営業に備えるべく……。
「ちょうど良いっスね! さっき青葉さんからセリフをパクらせてもらったんで、俺台本その4のプレイヤーをやりたいっス。
って事で紗丹君、アクトレス役で女の娘役やって下さい」
何でピンポイントにそれを選ぶんだ先崎ぃ!? しかもさらりと俺を巻き込むなや!!
「さぁさぁ紗丹君、このワンピースを服の上でいいから着て下さい。それとウィッグもどうぞっ♪}
ぼーたーんー!! 用意良過ぎやろ、何なん? 先崎と事前に打ち合わせしてたん!?
分かった、分かったって自分で着るしちょっと待ってや! ズボンは脱がんでええやん……。
「最初からやるのも何なんで、途中から始めましょうか。
ん゛ん゛っ!
まーたこんなん書いて、勘違いされるだろ?」
やるにしてもちょっと待てよ! まだワンピース着れてないしウィッグも着けてねぇんだよ!!
くっそ、急にやる気出しやがって。こうなったら全力でプレイして格の違いってヤツを見せ付けてやるよ……。
はぁ……、落ち着け。アクトレスの気持ちアクトレスの気持ち……。ワンピースを着てウィッグの調整を紗雪に任せる。
よし、やるか!!
「えへへ。………………、三郎はさ、ボクとの仲を勘違いされるの、そんなにイヤ、かな……?」
先崎の下の名前って何だったっけと考えてみたが、全く思い出せないので適当に呼んでみた。裏声は使わず可能な限り高音、そして少し小さめの声量で話す。
下を俯きつつ、上目遣いで三郎を見つめる。三郎と呼ばれた事に対するリアクションはなさそうだ。
「えっと……、嫌、って言うか……」
ここのセリフについて、青葉さんがプレイ中に何を当て込んだのか聞いていなかったな。
三郎は何を言おうか迷ったようにも見えるし、男の娘がぐいぐい来た事による戸惑いの演技にも見える。
「ぜ、絶対無理じゃないなら、このハートを本当にしていい? ボク、三郎が好きなんだ……。
少し前まで適当にやればいいんでしょ、みたいな態度だったのに、今は相手の事を見て、思って、考えている、そんな一生懸命な姿勢に惹かれたんだ。
三郎と一緒なら、ボクは誰に遠慮する事もなく、自分の気持ちそのままでいられると思うんだ!!」
勢い良く畳み掛けて言い切る。うん、俺アクトレスとてじゃなくプレイヤーとしてプレイしてるな。これではやる意味がない。
何の為にこんな茶番をしているのか……。
「それって、さ。……、付き合ってる必要あるのか?
今までも彦衛門はさ、俺の前で自然体だったと思うんだ。だから付き合う事に拘らなければ、俺達の関係は変わらないと思うんだけど……。
違うのかな、よく分かんなくなって来たわ……」
下を向いて頭を掻く三郎。あれだ、自分で男の娘の名前を彦衛門にした癖に自分で耐えられなくなっているヤツだ。馬鹿め。
「そうだよね。いきなりこんな事を言ったら、混乱させちゃうよね、ゴメンね……。
三郎が女の子と付き合いたいっていう気持ちは知ってる。
でもね、でも、好きになっちゃったんだもん。伝えたいって、思っちゃったんだもん!
この気持ちは、自然だから。三郎の隣にいて、自然体でいられる今のボクが、伝えたいって、思ったんだ。
諦める覚悟は出来てるよ。だから、答えを聞かせてほしい、な……」
プリクラのシートはないが、胸に手を当てて真っ直ぐに三郎の目を見つめる。
口を開いては閉じ、開いては閉じと、何か言おうとして止めるという演技をしている三郎。たまに首を左に向けて、またこちらを見直す。
実に嘘臭い演技。男性アイドルグループのリーダーが借金取り役で出てたドラマを思い出す。見たのは再放送だけど。あ、元アイドルグループか。
そんな演技をしばらく続けた後、ようやく三郎が口を開いた。
「付き合うのは、無理だ……」
間髪入れずにセリフを放つ。
「それって……、ボクが男、だから?」
さっと目を逸らし、遠くを見つめながら三郎が答える。
「周りの目が気にならないくらいに、彦衛門を愛するって言い切るほどの自信がないんだ」
いちいち彦衛門って言う必要ねーだろうが。
「そっか。そうだよね、彦衛門のクセにこんな可愛い格好してるボクなんて、三郎からしたら迷惑なんだね。気持ち悪いんだね、分かってた。
うん、分かってたけど……、酷いよ……」
「ちょっ!? んぐぐっ……、そうじゃない、そうじゃないんだ!
俺は、お前がせっかく勇気を出して……」
「ボク達もう一緒にはいられないね、バイバイ三郎!!」
「ちょ待てよっ!!」
待たねーよ! 今度は同じ元アイドルグループのメンバーのドラマのセリフ使いやがって。
三郎に背を向けて喫茶ルームのレジへと走り去る事でこのプレイを強制終了させてやった。
「はいお疲れ様でした。これはちょっと参考にならないので、もうちょっと話を詰めましょうか」
話を続けるのはいいけど、先にこのウィッグとワンピースを脱がせてくれ。いやそのままそのままじゃないから牡丹。
いやいや、マジで脱がせてって、腕から手を離してってば。引っ張るなって脱げないからさ。
「ほらほら座って座って」
「ちょ待てよっ!!!」




