月崎朋果の提案
紗雪にアパートまで送ってもらい、その場で別れのキスをしている時に俺とさゆのスマホが同時に鳴った。俺のスマホには瑠璃から、さゆのスマホには牡丹から。
「「もしもし」」
『アナタ、オフなのにすみません。
ですがどうしても耳に入れたい案件が持ち込まれたので……』
案件が持ち込まれた? 妙な言い方だな、案件……? スペックスに関する事なんだろうとは思うが。
『それが、今朝私がオフィスに顔を出した時に聞かされた問題がありまして、ちょうどそのタイミングでその問題の解決策が持ち込まれたんです』
スペックスの運営において何か問題が発生したと同時に、その解決策が外部から持ち込まれた……?
現在スペックスではハイプレイヤー総選挙を開催しており、普段以上の客入りでただでさえ混乱しているのだ。その混乱には瑠璃の言う問題も含まれているのだろう。
すでに誰かが混乱を問題視しており、解決策まで用意して運営に接触して来てくれているのだ。丁寧に対応しないとマズい事になる。
そこまでしてくれるお客様を無碍に扱うと、とんでもないクレーマーになってしまう可能性もある。
逆に誠心誠意対応すると、その方はさらにスペックスへの愛着を抱いて下さり、なおかつ多くの新規アクトレスを呼び込んで下さる事だろう。
「分かった、緊急を要するだろうからすぐに戻る。解決策を持ち込んで下さった方には申し訳ないけどお待ち頂くように伝えてくれ」
『オフなのに本当にごめんなさい』
「いや、そんな事言ってる場合じゃない。とにかく急いで戻るから、じゃあ」
経営者は労働者ではない。オフだからといって役目から離れる事は出来ない。他に代わりになる人物はいないのだ。
さらに言うと、プレイヤーとしての予約が入っていたとしても経営者としての役割を優先せざるを得ない事も今後は出て来るだろう。
スマホを仕舞ってさゆを見ると、同じく牡丹との通話が終わったようだ。さゆにも電話が掛かって来たという事は、役員レベルで事に当たるというつもりだろうか?
「さゆは大学だろ?」
「ううん、スペックスの方が大事だから。それに車で戻った方が早いよ」
さゆも経営者として学業よりもスペックスが直面している問題解決を優先したようだ。
俺達は車から降りる事なく来た道を引き返し、束の間のドライブデートは終了した。
スペックスのオフィスに到着すると、瑠璃と牡丹がソファーに座っており、その斜め右側のソファーに姫子が座っていた。
瑠璃と牡丹の向こうには、茶色の丸眼鏡を掛けたサラサラストレートな黒髪の美人さんが座っておられる。
月崎さんか、なるほど。生放送の後に頂いたアドバイスも的確だったし、これはじっくり時間を取ってお話を伺わなければ。
まずはきちんとご挨拶をしないとな。
「お待たせして申し訳ございません。
私、スペックスの役員を務めております桐生優希と申します」
月崎さんの前に立ち、両手で名刺を差し出す。月崎さんも立ち上がり、バッグから名刺入れを出して同じく名刺を差し出して下さった。
「ご丁寧にありがとうございます。
私、舞台脚本家をしております月崎朋果と申します。
本名ではなく活動名義ではございますが、名刺はこちらしか用意しておりませんので……」
同時に名刺を受け取りながら、ペコペコと頭を下げ合う。同じく紗雪とも名刺交換をする月崎さん。
舞台脚本家さんか……、なるほどなるほど。いつまでも立ったままではアレなので座って頂く。
どこに座るべきかと考えていると、瑠璃と牡丹がさっと左右に避けた。俺に真ん中に座れというつもりらしい。まぁいいけど。
「やはりお名前は優希さんでしたか。それにしても良く出来たプレイヤーネームですね。皆さんのお名前の漢字を一字ずつ使って、なおかつ魔王を倒す勇者であるというダブルミーニングですか?
とっても素敵です」
「そうですか? それはどうも」
紗雪が俺と自分の分のお茶を淹れて戻って来た。月崎さん達の分は事務方の女性が用意してくれたのだろう。
お茶を啜ってダブルミーニングの件を誤魔化す。それについては正直、意識していた訳ではないので。
「月崎さんは脚本家をされているんですね」
ええ、と返事しながら月崎さんもお茶に口を付ける。うん? 俺のように何か誤魔化したい事でもあるんだろうか。
「月崎様は育てて下さるアクトレスとしてスペックス内で非常に有名な方なんです。
優希さんとはまだプレイされた事がないと思いますが、新人プレイヤーは必ずと言っていいほど月崎様のお世話になっております。
月崎様のご指名を何度も受けた新人プレイヤーはその後グンと実力を上げ、プレイヤーランクを駆け上がって行くんですよ」
あぁ、自分で脚本家としてプレイヤー相手に演技指導してますなんて言えないもんな。牡丹の説明に少し居心地を悪そうにしておられる。
育てるアクトレス、か。
前回俺がご指摘を頂いたように、もっとこうした方が良いと指導して下さっているんだろう。舞台脚本家からの指導となればそれはもう的を射たもののはずだ。
俺がその指導を受けられなかった事が悔やまれる。
「そうなんですか、それはそれは。プレイヤーを代表してお礼申し上げます、いつもありがとうございます」
「いえいえいえ! 私は好きでやっている事ですので……。
それに、すごく面倒そうにプレイされるプレイヤーさんも中にはおられますので……」
ギクリっ、ちょっと前の先崎を思い出す。全くやる気のなかった当時ならあり得る。
「もしかして、そのプレイヤーって先崎って名前じゃありませんでしたか……?」
おっとビンゴか? 月崎さんが目を丸くしてらっしゃる。何で分かったんだろうか、そう言いたげな表情。
まぁ先崎1人だけって事もないだろうけど。
「先崎には今回のハイプレイヤー総選挙が始まるに当たって、研修を受けさせましてね。
最初は何も言っても全く響かなかったんですが、亀西や青葉を交えて公私共に付き合った結果、まぁ何とかアクトレスの前にお出ししても問題ない程度にはなったと思っています」
「そうなんですか、それは是非お相手願いたいものです」
そう仰る月崎さんの表情は、懐疑的なそれではなくむしろ、新たな標的を見つけた肉食獣のような……、いやそれは言い過ぎか。誰でも仕事が出来ないと思っていた人物が、あいつしっかりとして来たぞ、と第三者から聞けば興味を持つだろう。
それにしても……。
「是非私も月崎さんからのご指導をお願いしたいのですが……」
「アナタ、それはどうでしょうか。アナタは予約が取りにくいプレイヤーナンバーワンなんですよ?
いくら月崎様とはいえ、その困難な予約を勝ち取った上で指導をしてくれだなんてそんな……」
すかさず瑠璃からストップがかかる。
いやいや、演技指導してもらうんだからスペックスの受付を通す必要ないだろうに。プライベートでお招きして、なおかつこちらからいくらかの謝礼をお渡しするくらい当たり前の話だ。
そう思って口を開くと、月崎さんが申し訳なさそうに手を挙げられた。
「あの……、どうしても気になる事があるんですが、よろしいでしょうか」
別に聞かなくても支障はないけど……、いやでも気になって集中出来なさそうだし……、などぶつぶつと独り言を言っておられる。
うわぁ、前回のブツブツガールズを引き摺ってらっしゃる。あれ? ブツブツシスターズだったっけ。まぁどっちでもいいけど。
「はぁ、どうぞ」
気になって集中出来ないそうなので、先に月崎さんの疑問点を解決しておいてから用件をお聞きしよう。スペックスの現在の問題点と、そして解決策について。
「あのっ、優希さんと皆さんはそのっ、どういったご関係でしょう、か……?」
あ~、それですか。完全に忘れてたわ。もうこの人が全て知ってる体で話してたわ。
そりゃ気になるよね。ちゃんと説明した方がいいのだろうか。それとも上手い事はぐらかすか、もしくはプライベートな事なので! と突っぱねるか。
「おほんっ、優希君は私達のハーレムの主であり、そして私達の主人公なんです!」
あ~~、瑠璃はプレイヤーネームのダブルミーニングに気付いてもらえたから気を良くしているな?
まぁ俺が意図して付けた訳じゃないにしても、初めてその解釈を言い出したのは瑠璃だもんな。
それから瑠璃は止まる事なく俺がいかにハーレムの主としてすごいか、自分達がどれだけ俺を愛しているかをべらべらと捲し立てた。
話が長すぎてひめがウトウトし出し、隣に座っていた紗雪が肩を貸してやったほどだ。
「瑠璃」
「それで私は気付いたんです! やっぱりこの人しかいないと!!
……、はい?」
「もうそのへんでいいから」
「あっ……、すみません」
しゅんとする瑠璃。気付くのが遅い。色々と手遅れではあるが、とりあえず仕切り直そう。
「長々と申し訳ないです。それで、現在スペックスにおいて発生している問題点と、その解決策を月崎さんからご提案頂いたとお聞きしたのですが、お手数ではありますがもう一度ご説明頂いてもよろしいでしょうか?」
「えっ!? ……、あぁ、分かりました」
月崎さんも完全に瑠璃に圧倒されてたな。瑠璃も社長業をしているだけあって人に話を聞かせるのが上手いからな。
ただ舞台であったりカメラを意識したりすると緊張するんだけどな、瑠璃は。
月崎さんがずれていた眼鏡の位置を直し、問題点について話し始めた。
う~ん、月崎さんのお話を聞いてから、もしかしてこの問題の原因の一因は俺にあるのではないだろうかと思い始めた。
ハイプレイヤー総選挙が始まり、新人アクトレスが増え、どのようにプレイして良いか分からず、新人プレイヤーに怒鳴り散らす。
はい、完全に道子さんが仰るところの若いコ達が原因です。
喫茶ルームやカラオケボックスのあるフロアでアクトレスが大声を上げたり、はたまたオフィスフロアで隣のプレイルームへ逃げ込むプレイヤーがいたりと、俺が想定していた以上に混乱を来しているようだ。
二ノ宮推しのプレイヤーグループが壊滅した後、若いコ達はもう来られないだろうと思ったんだが、アクトレス側の二ノ宮グループは活発に活動しているという理由で通い続けておられるのが現状だ。
道子さんの一声で集まった若いコ達も、二ノ宮派閥と共に道子さんからのお説教を受けていた。
道子さんはからたっぷりと教育的指導が行われ、アクトレスとしてしっかりプレイをするよう言い付けられた。
しかし、アクトレスとしてしっかりプレイをしようと思って出来るものでもない。
お断り屋とは何ぞや、アクトレスとは何ぞや、プレイヤーとは何ぞや。自ら望んで調べてスペックスに来店している訳ではないので、プレイが上手く進行出来ない。
ましてや今はプレイヤーガシャの期間中だ。アクトレスカウンターの手配で、新人アクトレスだからと上手に導けるプレイヤーとマッチングさせる事が出来ない。
以上が、今スペックスで起こっている問題だ。
完全に見逃していた。というか、俺に予約を入れて下さるのは経験豊富なAランクアクトレスが圧倒的に多く、新人アクトレスのデビュープレイにお付き合いした事がない。
ので、アクトレスデビューがどのようなプレイで行われ、どの程度満足して頂けているのか把握出来ていない。
「現在のスペックスとしては、お断り屋ってどんなところ? 何をするんだろう、そんなお客様への対応は想定されていなかったと思います。
スペックス立ち上げ当初であればそんなお客様ばかりだったと思いますが」
月崎さんのお話を聞き、宮坂三姉妹が神妙な顔で頷いている。
経営が軌道に乗ってからは、派手に宣伝をせずとも向こうから新規顧客が舞い込んで来るようになったんだろう。凄まじいまでのリピート率も相まって、真っ白で何も知らない状態の新規顧客という方への配慮が失われて行ったのかも知れない。
これは完全にスペックスの落ち度だ。ハイプレイヤー総選挙を前にしてプレイヤー側に研修を実施したのにも関わらず、プレイ経験のない新規アクトレスへの対応を考えていなかった。
俺も含め、これは深刻な運営のミスである。
「そこで、以前からその事を危惧していた私が用意した、この台本を見て頂きたいと思い今回こちらへお伺いしたという事です」
月崎さんはそう言って、バッグから分厚いファイルを取り出した。台本、と言ったか。
「拝見しても?」
「もちろん」
A4サイズのファイル、中身の書類は横書きで左の中央部分に穴で閉じられている。
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※こちらの設定要望では、選んだ台本をプレイヤーにどんな方向性でプレイして欲しいか、リクエストする事が出来ます。
① シリアス調
② コント調
③ 罵倒調
④ その他貴女の希望があればアクトレスカウンターへ伝えて下さい
台本はその1からその4までご用意しております。
例えば、台本その3を方向性①のシリアス調でプレイしたい。もしくは、台本その1で方向性②のコント調でプレイしたいなどお好みでカスタムする事が可能です。
プレイに慣れていない内は、どの台本でも方向性①のシリアス調でオーダーすることをオススメ致します。
それでは良いアクトレスライフを!
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「紗雪、すぐにこの台本を7部、いや10部コピーして来てくれ」
紗雪が立ち上がった事で、すっかり寝入っていたひめが目を覚ます。
が、今はこの台本についてだ。紗雪に台本を手渡してから、月崎さんに断りを入れていない事に気付く。
「すみません、先に月崎さんに了解を得るべきでしたね」
「いえ、構いません。まだ台本をじっくり読んでおられないというのに、行動が早いんですね?」
それはもちろん、月崎さんというアクトレスを信頼しているからだ。あれだけ熱心に演技指導をして下さる方が、中途半端な台本を書いて持ってくる訳がない。
「この後まだお時間を頂戴出来ますか?」
「もちろん、その為に伺ったんですから」
良かった、月崎さんに居てもらわないと意味がない。
「ひめ、今日は1日オフなのか?」
「ふぇっ? うん、今日はお休み」
そうか、都合がいい。ではひめにも付き合ってもらおう。
「実際に月崎さんが用意して下さったこの台本を元に、ここにいるメンバーでプレイするぞ」
新規顧客にも満足して頂ける為の台本。これはイケるぞ、新規顧客にも優しいスペックス。そして上得意様向けのハイスペックス。どんなお客様であれ楽しんで頂けるお店としての態勢作り。
新たな協力者、月崎さん。
スペックスはまた1つ、大きく前進しようとしている……。




