電子書籍版公開記念SS第五夜:牡丹
7月27日金曜日に電子書籍版お断り屋が公開される事を記念致しまして、六夜連続投稿致します。
電子書籍版の詳細情報につきましては私の活動報告からご確認願います。
第五夜は牡丹です。
「お久しぶりね、牡丹さん。あら、昨日はしっかり寝られなかったの? 寝不足に見えるけれど」
「あらヤダ、そんなに顔に出てる? 糸華さんはとてもお元気そうね?」
「お陰様で。それで、相変わらず牡丹さんは忙しいのかしら?」
所用からの帰り道、顔馴染みとばったりと再会し、そのままお茶でもと喫茶店へと入った。
香芝糸華さん、宮坂の家のお付き合いで社交の場へ出ていた際によくご一緒した彼女。
彼女の第一印象は線の細い儚げな女性。社交パーティー自体にさほど興味のなかった私は、気になって彼女に声を掛けた。印象に違わず今にも消えてしまいそうな彼女と打ち解けたのは、出会って3回目か4回目のパーティーだっただろうか。
ポツリポツリと自身の身の上話を聞かせてもらった。彼女のような人にこそ、お断り屋へ来てほしい。私はそう思い、糸華さんへ私がしている仕事を説明した。過去にした辛い経験、振り切れていない想いに区切りを付ける為のお断り屋。
初めは乗り気ではなかった糸華さんだけれど、優希さんならば、希瑠紗丹ならば辛い過去から彼女を解放してくれると信じ、託した。
その結果、糸華さんは過去と上手く決別する事が出来たと話してくれる。スペックスでのプレイで演技表現に興味を持ったのをキッカケに、社会人達が集まる小さな劇団で活動するまでの快方ぶり。
美味しそうに大きなパフェをつつくその姿からは、一時期の食の細さを感じられない。
「で? 牡丹さんはお仕事忙しいのかしら?」
「そうなんですよ。糸華さんにはまだお話していなかったですよね。
紗丹君、優希さんですけれども、スペックスでのプレイヤー業だけでなく、今や役員としてそのお力を振るってもらっているんです」
糸華さんがお上品な手付きのままでパクパクとカフェを攻略するという、なかなか器用な事をされているその手と口を止め、大きく目を見開かれた。
「役員というと、取締役という事?」
「ええ、その通りです。元々は私と従姉妹、合わせて3人で運営していたんですけれどね?
その……、優希さんを逃したくなあまりに役員としてもスペックスに席を用意したというか……」
「はぁ……、そんなに紗丹君を離したくないのね。
言いたくないけれど……、私はそういうやり方、どうかと思ってしまうわ」
自分の顔が真っ赤になるのが分かる。でも私達がした事はその通りなので、頷くしかなかった。
「でも、話の流れ的には紗丹君はそのままで終わらなかったという事でしょう?」
「そうなんです! 監査役をしてくれている従姉妹の両親に会ってもらった場で、こういう案はどうだ、こんなやり方はダメなのか、こうすればもっとお客様に喜んでもらえるんじゃないかって提案がいくつも出してくれたんですよ。
優希さんの発想というか、プレイヤーとしてだけではないお断り屋の捉え方を監査役がとても気に入りまして。
そこからです、今みたいに忙しくなったのは」
私が瑠璃ちゃんとお断り屋を立ち上げた理由、それは私の過去の辛い経験があるから。
私が家族を失った事件、姉が無理心中を図った原因に、想い人に振られた事が挙げられる。振られた原因は姉にある。
姉は妹の私から見ても美人だった。私に辛く当たるという事はなく、仲のいい姉妹だったと思う。
私には優しく、そして親の前ではいいコを演じ、だけれどもその分外では高飛車で、男の人をとっかえひっかえしていたのだ。
そんな中、その姉が夢中になってしまう人がいた。
あの手この手を使って振り向かせようとしたけれども、姉は手酷く振られてしまう。今まで自分が振る立場だった姉にとって、振られるという屈辱は耐えられるものではなかった。
その結果の無理心中。辛うじて生き残った私は、瑠璃ちゃんと紗雪ちゃんの家へと引き取ってもらった。
事件直後、私は塞ぎ込んでしまった。仲のいい家族を同時に3人失ったのだ。例えそれが姉の手によるものだとしても、当時の私がすんなりとありのままの事実を受け入れる事など出来る訳がなかった。
あの優しい姉が、可愛がってくれていた私の事を殺そうとした。この事実に向き合うだけでかなりの時間が掛かった。
そして、その辛い時間に私を支えてくれたのが、新しい両親であり、姉妹なのだ。
先ほど糸華さんには従姉妹だとか、従姉妹の両親だとか外面的に話していたけれど、私は賢一さんと花江さんの事を本当の両親、瑠璃ちゃんと紗雪ちゃんの事を本当の姉妹だと思っている。それくらい良くしてもらっているのだから。
それでも、なのか、だから、なのか……。私は私の境遇が恵まれている方だと気付いている。あのような事件があっても今は周りの助けがあり、こうしてやりがいのある仕事をし、ハーレムという気の許せる場所に身を置いているのだから。
時間は掛かったけれど、自分の足で歩けるようになった。でも、いつまで経っても心に深い傷を残している人だっているだろう。
そんな経験をする人を1人でもなくしたい、救いたいという想いだけでお断り屋を、スペックスを立ち上げた。売り上げや利益なんて二の次だと思っていたけれど、そこは瑠璃ちゃんの経営者としての才覚でとんでもない規模まで大きくなった会社。
そして、そこに優希さんが加わった事でさらに飛躍しようとしている。そう、まだまだお断り屋という業種には伸び代があるのだ。
私には気付けなかった事に、優希さんは気付いた。そして伸ばそう、広めようと精力的に動いてくれている。
あぁ、私の弟は何と素晴らしいコなんだろうか……。
「牡丹さん?」
「えっ!? ご、ごめんなさい!! ちょっと考え事してて、どこまでお話しましたっけ?」
「リアル迷宮の準備の為に紗丹君が頑張ってるって」
「そうそう、優希さんが自分から言い出した事だからって、芸能事務所のお誘いを受けたんですよ。
お誘い自体は前々からあったんですけど、リアルダンジョンのイベントマネージメントと共同開催の出資者を集めてもらう為の交換条件として、自分の主演映画への出演打診を了承したんです」
またも糸華さんの目が大きく開かれる。そうそう、本当は有り得ないお話なのだ。ただのフリーターがスカウトをキッカケに人気プレイヤーとなり、企業の取締役になって、そして俳優デビューする。
まるで瑠璃ちゃんが好きなラノベの主人公みたい。
でもそれが桐生優希のサクセスストーリーだ。それもまだまだ前半部分もいいところ。これからもっともっと成り上がって、より大きい成功を勝ち取ってもらわないと。
もちろん私も共に、全力で困難に立ち向かっていく決意だ。
「え、紗丹君が映画に主演って、初出演で主演ってこと……?」
「そうです、あの結城エミルとのW主演作品なんですよ。
あ、エミルさんは優希さんの幼馴染なんですけどね」
私の言葉を聞いた後、とてもお上品とは言えない様子でパフェを食べ切り、糸華さんは伝票を掴んで立ち上がった。
「ごめんなさい、ちょっと急用を思い出したからお先に失礼するわね」
返事をする間もなく颯爽と去って行った糸華さんの背中は、シャンと伸びてとても綺麗だった。
「って事があったの。映画の話をしたタイミングだったし、お芝居関係の用事だったのかな~ってお姉ちゃんは思うんだけど、ゆうはどう思う?」
「う~ん、分かんな~い」
「ふふふっ、そうよね~、分かんないよね~」
いよいよ明日! 電子書籍版お断り屋が公開されます!!
各電子書店様にて電子書籍版お断り屋の予約受付中、書影がご確認頂けます。
イラストレーターあおいあり様によるお断り屋表紙絵をチェックして下さいませ!!!
第六夜は明日22時投稿予定です。
感想・評価・ブックマーク・レビュー等で盛り上げて頂ければ非常に嬉しいです。
よろしくお願い致します。




