映画出演交渉並びにイベント企画マネージメント依頼
スペックスビルのオフィスに着くと瑠璃がデスクで書類仕事をしており、紗雪がソファーに座ってスマホをフリックスワイプしていた。
「あっ! お義兄ちゃん、電話してんだから出てよ!! SNSで晒されまくってたよ!!」
え、鳴ってた? あらホント。
「で、今日は花蓮さんはどういったご用件で?」
女社長の棘のある発言。用件ってったって映画の件しかないだろうに。
「失礼します、今日は紗丹さんの映画出演についての交渉の進捗についてご報告に上がりました」
勧められてもいないのに花蓮さんは俺の隣へと腰を下ろす。紗雪の真正面、位置取りとしては決して良い場所ではないんだけれども。
まぁいいか、俺が気にする事じゃない。
「花蓮さん、お義兄ちゃんを連れ出してくれてありがとうございます」
「いえいえいえ、とんでもない」
ホント、とんでもねぇわ。
それにしても花蓮さんに紗雪が頭を下げるとは思ってなかった。少し意外だな。ってか面識あったっけ?
瑠璃が自らコーヒーを淹れてみんなに配る。そして紗雪の隣へと腰掛けた。何か俺が高畑芸能事務所側みたいになっててちょっと落ち着かないんだけど。
「では、進捗をお聞かせ願いましょうか」
瑠璃が女社長然としたままで話が始まった。
「……、といった展開となっております」
いやいやいや、それは違うんじゃないだろうか……。
話を纏めると、結城エミルこと夏希をどうしても主演として映画出演させたいらしい映画製作委員会が、ポカルCMの反響を受けて俺を相手役として起用する事に乗り気との事。
そして非常に意外なのが、高校生が主役の映画らしいのでロケというロケはあまりないそう。超能力が登場する世界観らしいのでCGを多用した作品になるそうなんだけれど、ブルーバック? クロマキー合成? っていう背景合成用のスタジオさえあれば大抵の撮影をこなせるようだ。
教室なんて学校を借りてロケすればいいし、何だったらスペックスの学校フロア使わせてもらえるんじゃないかって話まで出ているそうな。詳しいな、お断り屋の事情通かよ。
それだけでこちらの要求は大抵叶う事になる。
「で、肝心のギャラですが」
「ちょっとその前に。本当に、本当に何の経験もない俺に主演が務まるんだろうかと不安で仕方ないんだけど」
確かにプレイヤーとして日々演技をしている俺だが、カメラの前でしかも大勢のスタッフの中、緊張感に包まれた現場で演技をしている訳ではない。
「観客に見られた状態で公開プレイするって話も進めてるんだし、それは早いか遅いかじゃない?」
紗雪め、お前はどっちの味方なんだ……。今度美少女メイドモードの時にこの鬱憤を晴らす事にしよう。
そして俺と紗雪の会話をギラギラした眼で見つめる花蓮さん。この人もAランクアクトレスなんだよな……。
「ギャラのお話に関しては改めさせてもらってもいいかしら? 今牡丹が外しているから、後日私達が事務所へお邪魔させてもらうっていう事でお願いしたいんだけれど」
瑠璃の言葉にニコニコと頷く花蓮さん。ギャラに関しては俺が言及する事ではないな。相場とか時間単価とか全く分からないし。
「では、後日改めてお話の続きをさせて頂きたいと思います」
そう言って、花蓮さんは上機嫌なまま帰って行った。
「いやはや、またお待たせしてしまいましたね、すみませんねホント」
日は変わって今日。瑠璃と牡丹、そして大学の講義を終えた紗雪と4人で高畑芸能事務所を訪ねた。
事務所にて俺が映画に出演するかどうかの最終の話し合いをする事は目の前の2人も把握している。
でも何でお前らそっち側に座るんだよ!?
高畑社長を真ん中にして右側に夏希、左側に姫子が座っている。いつもの天然な笑顔ではない夏希。無表情と言うよりも張り詰めた凛とした表情のひめ。
2人とも膝の上に両手を置いて、胸を張って真剣な眼差しで俺を見つめている。
「ゆーちゃん、出演オッケーしてくれるよね?」
「優希、この映画には私の助演女優賞がかかってるの。お願い」
敵か! お前らは敵なのか!?
「実はエミルが追加で条件を出してね。姫子ちゃんをバーターで出してほしいと。どうやら本人がエミルに直接お願いしたそうなんだ。聞いてなかったの?
ともかく、姫子ちゃんもそろそろ舞台だけでなく映像の世界へ進んでほしいと思っていたタイミングだったからね、僕としては渡りに船というもんだ」
「今は敵の力を借りてでも前に進むべき時だと思うの。そしていつかきっと乗り越えてみせる」
バーター、物々交換という意味の英語ではなく、メインとなるタレントと若手の所属タレントを束で出演させてくれという事務所からの抱き合わせ商法である。束を逆さ読みしてバーターと言われている業界用語である。
ってそんな事はどうでもいい! ひめのその心意気は分かるけど今なの!?
夏希はキスシーンがあるからどうしても俺以外の男とキスをしたくないという動機で俺を映画に出演させようとしている。
ひめは舞台のお疲れ様デートで行った映画館で上映された宣伝にエミルが出て来て、俺といい雰囲気になっていたのを邪魔された事から急激にエミルに対するライバル心を燃やすようになった。
例えそのライバルの手を借りてでもステップアップをしたいのだろう。
だからって何の実績もない俺を主演で出演させようとする!?
「紗丹さん、もう製作委員会側との話は大詰めとなっています。ギャラの交渉はスペックス側の条件を前提に話を進めますので、後はあなたの意思だけなんです。
どうか、このお話を受けて頂けませんか? お願いします」
高畑社長の後ろに立っていた花蓮さんが俺に向けて深く頭を下げる。
そうだ、俺は映画に出る事はもう覚悟を決めていたんだ。全てはリアル迷宮イベントを円滑に進める為。その為には高畑芸能事務所の力を借りなければならない。
これはお互いウィンウィンな案件なんだ。後は俺がやるという意思を示すだけなんだ。
よし……。
「このお話、お受けしようと思います」
「ゆーちゃん!」
「優希!」
「紗丹さん!」
「ですが、スペックスサイドからもう一つお願いがあります。これは製作委員会へ向けてのお願いではなく、高畑芸能事務所に対するご依頼です」
高畑社長が腕を組む。
すごいなこの人は。これから風向きが変わるのを瞬時に理解している。少しでも自分が優位に立てる可能性があるのをすぐに察知する。見習わなくては。
「今、お断り屋業界全体で一大イベントを開催しようと企画を進めています。詳細な内容についてはこちらの企画書をご覧下さい。
高畑芸能事務所へのご依頼内容は、このイベントを共催してくれる企業、団体、テレビ局などのメディア等を集めて頂きたいという事です。もし畑違いだと仰るならば優秀なイベント会社をご存知であれば紹介して頂きたい。
そしてイベント会社との折衝、もしくは共催企業との仲介をお願い出来ればと思っております。
僕達としても、映画出演で知名度が上がればイベントが成功する可能性も上がるだろうと考えています。こちらからも、よろしくお願い致します」
座ったままではあるが、高畑社長に頭を下げる。
高畑社長はペラペラと企画書をめくり、内容に目を通されている。
「なるほどなるほど、分かりました。企画のマネージメントは私がさせてもらいましょう。
いやぁ、しかしお断り屋業界はこれからもっと伸びそうですなぁ。少し思い浮かべただけでも別に何個か企画が浮かびますよ」
調子のいい事を言ってるけど、本当だろうか。いや、今はそれよりも。
「ありがとうございます。初めての試みなものですから、何分どうやって資金を集めればいいか、どうやって各共催者の意見を纏めていけばいいのか分からないものでして。
ご助力頂けるとの事でほっとしました」
「お話を受けて頂きまして感謝致します。ギャラのお話に関しては、この事を考慮した上であまりご無理を押し付ける事のない範囲でさせて頂きたいと思います」
俺に合わせて牡丹も高畑社長へ頭を下げる。
食えないお人だけれど、大手芸能事務所を切り盛りされている実績のある高畑社長に参加して頂けるという事で、随分と肩の荷が降りた気がする。
「うへへ、ゆーちゃんとベッドシーン……♪」
「優希と台本が読める……♪」
2人も先ほどの表情からいつも通りの表情に戻ったようだ。
ん? 今ベッドシーンって言わなかったか?
「少し早いですが、姫子ちゃんから台本の話が出たので先に渡しておきますね」
花蓮さんも先ほどの真剣な表情からいつも通りの軽そうな笑顔に変わり、俺に台本を渡して来る。
台本の表紙には『ネバーエンディングバッドエンドを乗り越えろ(仮)』と印字されている。タイトル長いな、仮だとしても長い感じ。
「さてさて、映画のお話がようやく纏まりそうだ。後はギャラのお話だけですな」
この人の表情は先ほどと変わらずいつもの張り付けたような笑顔のままだ。高畑社長との交渉は骨が折れそうだけど、後は牡丹に任せよう。
「ありがとうございます。何とか上手く行きました」
花蓮さんが紗雪に礼を言っている。どういう事だ……?
「あの日お義兄ちゃんが喫茶店に行くって知ってすぐに花蓮さんに連絡したのよ。多分ちょっとした事件が起きるだろうなぁと思って。
何とか想定通りに事が進んで良かった!」
内通者がいた! 犯人はお前か!!
いつもありがとうございます。
誤字・誤表記訂正致しました。




