喫茶店にいるなう!
今日は珍しく信弥さんと2人で出掛けている。たまには男友達とも遊ばないと。そういう理由じゃないと常に嫁達に囲まれていて身動きが取り辛い。
いや、決してそれが苦痛だと言うつもりはないんだが、それでも気分転換は必要。うん。毎日甘い物ばかり食べていてはいけない。うん。
「常に女性を侍らしている気分ってどんなだい?」
まぁそういう話題になるよね。でも場所を考えてほしい。
ここ普通の喫茶店。金にモノを言わせてホテルの個室とかにしたら良かったか? いや、それはそれで逆に変な噂が立つと困る。うん。
「あ~、1人の女性だけと付き合った経験が少ないので、どこがどう違うのかと比較出来ないからね。
そう聞かれるとちょっといい返しが思い浮かばないな」
信弥さんから敬語は使わないよう言われているが、何度かこうして遊びに来るようになってやっとタメで違和感なく話せるようになった。
あ、今写メ撮られたような気がする。自意識過剰か?
「そういうもんなんだ。ちょっと想像が出来ないな」
信弥さんはお付き合いしている女性がいて、こないだ初めて彼女さんのご両親とお会いしたと聞いている。真剣な交際だ。
そう考えると、俺も夏希の両親は物心付く前から知っているし、宮坂三姉妹のご両親はすでに義理の両親だと思ってるし、姫子のご両親の事は分からないまでも兄である基夫さんとはやり合った仲だ。
結構なお付き合いだこと……。よく風呂に誘われるし、義父に。
「そうだね、想像もしてなかったかな……」
カランコロン、カランコロン。さっきから女性客の入店が多い気がする。チラチラと視線を感じる。気のせいではないような気がする。
隠れ家的な、カフェというよりも純喫茶的なお店をわざわざ選んだのにこの客入りはおかしい。
カランコロン。
「お待たせしました~、ささ、参りましょう参りましょう♪」
いや待ってないが。何だその有無を言わせないぞという表情は。
花蓮さんはそのままの勢いで伝票をさっと取り上げ、スタスタとレジへ歩いて行く。
信弥さんは花蓮さんと初対面だが、何の文句も言わずその背中について行く。花蓮さんは領収書の宛名はこれで、と自分の名刺をレジの人に渡した。
その間にふと店内を見回すと全席が埋まっており、座っている女性客は俺達3人を凝視している。
あ、あの人見た事ある。アクトレスじゃね?
「タクシー待たせてあるから早く!」
小声で怒鳴るという器用な急かし方をする花蓮さんに続き、店を出てタクシーに乗り込む。
俺と信弥さんは後部座席に、花蓮さんは助手席に乗り込んでタクシーが走り出す。
「はぁー、あのままだったらどうなっていた事か……」
「どういう事ですか?」
花蓮さんのため息交じりの呟きに問い掛けると、返事をくれたのは信弥さんだった。
「多分SNSで拡散されたんだろうね、みんなスマホ向けてたし。
それで、そちらの女性は?」
あ~、それでか! 写メは気付いても、SNSまでは思い当たらなかったわ。
「こちらは芸能事務所の社長さんのご令嬢で、高畑花蓮さん。エミルのとこの」
「へぇ~、そうなんだ。初めまして、プレイヤーの亀西信弥と申します」
「ご丁寧にありがとうございます」
花蓮さんが後ろを振り返って頭を下げる。運転手には先に目的地を指定していたのか、何のやり取りもせずにタクシーは進んで行く。
花蓮さんはSNSで拡散された俺達の情報を元にあの喫茶店に来て、そして俺達を連れ出した。連れ出されなかったら軽くパニックになっていたのだろうか? 何か本当に有名人みたいだな。
「紗丹さん、今後はもう少し変装したり場所を気遣ったりされるべきですよ。
瑠璃さん達とご一緒であればアクトレスも自制が効くでしょうが、人気プレイヤーがお2人だけで会っておられるなんて、ナンパ待ちしているようなものですからね!
サインや握手に応じるだけでも大変な事になるんですから」
さながらマネージャーから受けるお小言のような忠告。う~ん、そう言われてもなぁ。
くどくどと花蓮さんからお小言を受けている間、我関せずな感じでスマホをいじっていた信弥さんが小さく声を漏らす。
「これ見て、紗丹と花蓮さんの関係も知られてるみたいだね」
信弥さんから見せられたスマホ画面、SNSアプリには俺が芸能事務所の紗丹担当マネージャーによって連れ出されたと投稿されている。
まぁそうなるわな。バレンタインの時だって花蓮さんは声高々と芸能事務所のスカウトだとか映画の主演がどうのこうのと言っていたしな。
ん? これって……?
「花蓮さん、俺を騒ぎから未然に連れ出したというよりも、花蓮さんと俺の関係をアピールする為にわざわざ出張って来たんじゃないですか……?」
「やだなー、そんなわけないじゃないですかー」
棒読み! もっと芝居しろよ。いやそうじゃない、隠す気がないって事か。
いやでもこれは俺にとっても好都合かも知れない。あくまで高畑芸能事務所から俺に映画の出演交渉を持ち掛けている、という体で話を進めなければ。
こちらからリアル迷宮イベントの資金集めの為に力を貸してくれ、と言い出すと何を要求されるか分かったもんじゃない。
となると、映画出演の話も完全否定して無碍にしてしまうのは得策じゃないな。
これは本当に映画主演の可能性、あるな……。
静かに覚悟を決めていると、タクシーが停まったのはスペックスビル前だった。
「ついでですので瑠璃さん達を交えて映画制作サイドとの交渉の進み具合を報告させてもらっていいですか?
信弥さんには申し訳ないですが……」
「いえいえ、僕の事はお気になさらず。SNSの情報をくれたの、実は僕の彼女なんですよ。
近くにいるらしいので、これからデートして来ますから」
タクシーを降りてすぐ、信弥さんは再び街に向けて歩いて行った。ちょっと悪い事したな。また埋め合わせをしよう。
「ささ、参りましょう参りましょう」
交渉の進み具合の報告ね~。あのとんでもない条件で進む交渉なんてあるんだろうか。
結城エミルこと夏希からの条件提示が、全くの新人である俺、希瑠紗丹を相手役主演俳優にする事。
そしてスペックスサイドの条件提示が、ギャラの交渉に噛ませろ。スケジュール調整をこちらの言う通りにしろ。短期間で撮影を終わらせろ。連日撮影日にならないようオフの日を設定しろ。ロケ地は日帰り可能な距離で泊まりはダメ。
俺はどこの大御所なのか。それとも超売れっ子アイドルか。こんな交渉を飲んでまで俺を起用しようという映画制作会社はないだろう。
そのはずなんだけれど、どうしても花蓮さんのご機嫌な横顔を見ているとそのような雰囲気が見えない。とても順調に交渉は進んでいますよ、とでも言いそうな表情。
いやいや、俺が映画の主演なんて有り得ないから。うん。
「どうしました? あ、もしかしてエレベーターキッスですか?」
しません。目を閉じて唇突き出してもしませんから。
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