トプステ買収交渉報告会
「さて、では報告を聞かせてもらおうか」
俺達は宮坂家の応接室に座っている。瑠璃達の父親である賢一さんから与えられた宿題の成果を披露するべく呼び出された訳だ。
俺の右隣に瑠璃、そして左隣には牡丹、そしてそのまた左隣に紗雪が座っている。
ローテーブルを挟んだ正面に賢一さん、そしてその右隣には瑠璃達の母親である花江さんが座っており、俺から見て左斜めの位置に姫子、そして今日はオフの夏希まで同席している。
賢一さん、花江さんご夫妻の背後では宮坂家のメイド長、芹屋さんが控えている。
何やら物々しい雰囲気である。今後のスペックス、いやスペックスのみに留まらずお断り屋業界の新たなムーブメントがウォーウォートゥナイトするという訳の分からない事を花江さんが言っておられたが、それほどまでに大事な会議だという事が言いたいのだと思う。多分……。
「はい。ではトプステ、橋出基夫社長との最終合意に至った内容についてはこちらの書類に詳細を記載しております。
譲渡株式数は橋出社長の持ち株全て、一株当たりの譲渡額がこちら、最終金額がこちらになっております」
瑠璃が賢一さんと花江さんへの説明を開始する。頷きも相槌もせず、老眼鏡の奥の両目で書類に目を通すお2人。
チラリとひめの方に目をやると、早くもウトウトしている様子。夏希がトントンと突いて目を覚まさせようとしているようだが、そのたびにハッ! となるもののすぐに目を緩く閉じて意識を飛ばすひめ。
見ていて楽し可愛い姿だが、あまりにも場違いだ。自分の兄に関する話をしていると分かっているはずだが、まぁいいか。
「このお金はどう都合を付けるの?」
花江さんが質問を投げ掛ける。用意した書類には支払い方法まで記載されているはずだけれど……。
「はい、現預金で一括支払い可能です。一括支払いを条件に入れる事で、さらに譲渡額のディスカウントを計る事が出来ました」
牡丹が基夫さんと交渉する際に、現金で一括支払いするからもっと安くしてよ、と交渉したのだ。
でも本来株式を購入する際に分割や掛けでの支払いってあるもんなのか? と確認したところ、先方が納得された上での取引成立ですので、と言い薄く笑みを浮かべていた。牡丹は孔明。
「でもね、これだけの現金を手渡しするとなるとアタッシュケース何個いるのかしら、何人で運ぶつもり?
一億円で10キロって言うけど……」
「お母さん、もちろん銀行口座から相手の口座に振り込むのよ」
オロオロし出した花江さんに対してすかさず紗雪がツッコミを入れる。花江さんは何故オロオロし出したんだろうか……。
仮にアタッシュケースに現金を入れて運ぶにしても、絶対に花江さんにお願いする事にはならないと断言出来るんだが。
そんな母娘のやり取りには触れず、賢一さんが口を開く。
「まぁ、悪くないな。むしろ上出来だろう。俺の想定以上に安価に済むようだ。これはこのまま決めてしまえ。
問題は投資会社の方だが、どうなってる?」
……、え? 賢一さん本当に知らないのだろうか。
「すみません、お父さん。お父さんが裏から手を回してくれたのでは、ないんですね……?」
「いや、牡丹が何を言っているのか分からんが、どういう事だ?」
あ~、本当に知らないっぽい。
牡丹が投資会社と交渉を続けていたのだが、やはり欲しがる相手には少しでも高値で売ろうとするのが投資会社のお仕事という物で。簡単にはいどうぞ、とはならなかった訳だ。
あ~でもない、こうでもないと牡丹が先方担当者とやり取りをしていたところ、不意に投資会社の担当者が変わって、こちらの要求するままに株式譲渡に同意して来た。
あまりにもその対応の急変に違和感がある為、賢一さん辺りが圧力を掛けてくれたのかなぁと話していたのだ。
「あ~、なるほどな。紗雪、投資会社のホームページを確認してみてくれ」
何か心当たりがあるのか、賢一さんが紗雪にそう伝えた。
言われた通り、スマホでホームページを確認した紗雪が「へぇぁ?」と声を上げる。
「そんなはずないのに、何で……?」
「どうだった?」
「投資会社がうちの系列に入ってるんだけど……」
ん……? いつの間に?
さすがに宮坂グループの系列会社であればそのツテを使って何とでも出来るんだから、一番最初に確認している点だと思うんだが。
「もしかして、芹屋さんがやった……?」
紗雪の呟きを受けて、皆が賢一さんご夫妻の後ろに控えるメイド姿の芹屋さんに注目する。
当の本人は「はて、何の事でしょうか?」とでも言わんばかりに頬に右手を添えて首を傾げている。実に白々しい。若干腰を傾けてしなを作っているあたりが手馴れている。
状況的には、牡丹が投資会社との折衝に苦戦している事を知り、宮坂家メイド長の権限で裏から手を回して投資会社自体を買収。そしてスペックスとの交渉について口を出した、というところか。
実に回りくどく金の掛かる方法だ。
「ま、うちのメイド長の有能さが改めて分かったという事だな。なおかつ投資会社を買収した結果、利益まで出る見通しだからな。あの報告書はこの件だったのか」
健一さんが芹屋さんを褒めているが、それでも芹屋さんは白々しい態度を崩さない。あくまで自分がやったとは言わないつもりのようだ。
「よし。その件はいいとして、これでトプステはスペックスの100パーセント子会社になる訳だな?」
「はい、後は契約書を交わしたり、支払いをしたり、登記を書き換えたりという実務程度です」
賢一さんの問い掛けに、力強く瑠璃が返事をする。
視界の隅には完全に寝入ってしまい、夏希の肩を枕にするひめ。夏希ももう諦めているようだ。
「分かった、そのまま進めて行こう。問題は実際に旧トプステをどう使って行くか、だな。
が、その前に飯にしようか。で、その後風呂に入って……」
「あっ! 私の背中流してくれるんだったわよね!!」
花江さん、お断りします……。
こんな雰囲気のお話がしばらく進むと思われる。
今後ともよろしくお願い致します。




