続:情とビジネス
「基夫さんの所有するTop Statusの株を全て譲り受けた場合の総額がコチラです」
スペックスのオフィス。俺と瑠璃と牡丹の3人で、トプステの買収についての話をしている。
牡丹から見せられた資料、そこに記されている数字を見て目玉が飛び出るかと思った。
「え、こんなにかかるの……!?」
「そりゃあ一企業の株ですもの、これくらいにはなるでしょうね」
瑠璃が腕組みしながら真面目に答える。瑠璃や牡丹からしたら想定内の金額だったようだ。
瑠璃の元カレ、基夫さんが仕掛けてきたスペックスへの妨害工作が発端となったトプステの買収交渉。
妨害工作は俺がプレイヤーとしてスカウトされる以前より行われており、俺が瑠璃のお気に入りであろうと思った基夫さんが、美代を使って俺を瑠璃達から離反させようとした結果、みみの暴走により俺は怖いお兄さんから殴られ蹴られするという展開に至った。
そしてそれにキレた俺が勢いでトプステを買収すると宣言。そして感情のみで動き出した買収交渉で、基夫さんの持っていたトプステの株を全てスペックスが譲り受る方向で話が進んでいる。
「これで終わりじゃないですからね? 投資会社のトプステ持ち株はまだ金額面で折り合いが付いてませんから。
正直に言って、基夫さんの持っておられる株に関しては相当買い叩いてますよ。優希さんがされた事が事ですから。
うちの父が言ったように、いくら瑠璃ちゃんにも悪い所があったとはいえ、情とビジネスは別ですから」
「今さら言わないでよ……。でもアナタが痛い目に合わされた分の報復として、余分に買い叩いてって牡丹には言ってたの。だからベンチャーキャピタルからの買収金額は、一株当たりもっと高くなると想定しています」
それはすでに復讐という情を持ち込んでいるのでは?
それにしても、そうなると買収の総額としてはどれくらいになるんだろうか。スペックスの経営者だとはいえ、まだ経理や経営といった難しい事は勉強中で、実際に買収にあてる事の出来る使えるお金がどれだけあるのかも分かっていない。
「え~っと……、ちなみに基夫さんの分とベンチャーキャピタルの分と、即金でポンと買えるのか?
やっぱり銀行にお金借りたりとか?」
「いえ、銀行から借りる必要なく即金で振り込めます」
瑠璃が即答する。うわぁ、やっぱお断り屋ってめちゃくちゃ儲かってんだな……。
「うちはほぼ無借金ですから」
「ほぼ? 牡丹、これだけの金額をポンと支払えるという事は、これ以上のキャッシュが銀行口座に入ってるって事だよな?
なのに少しは借金があるって事なのか?」
「そうですね、またの機会にじっくりとお見せしますが、先に何故借り入れがあるのかの説明をしておきますね」
牡丹曰く、企業はいくら経営が順調で利益がバンバン出ている状態でも、銀行から借り入れをしておくのが一般的らしい。
何故かというと、どんな理由で急に経営が悪化するかは分からない。お断り屋の場合は接客業の為、客足が遠のくだけで売り上げは落ちる。
その他の要因としては、火事や地震でビルが使えなくなったり、競合する他のお断り屋にお客様を取られたりと、数えればキリがないほどだ。
火事や地震は保険に入っているとしても、ビル自体が使えなくなったのならばすぐに原状回復させる事はまず無理。
保険金が入ったからといって、すぐに通常営業を再開出来る訳ではない。また、災害の場合はそもそもアクトレスが娯楽としてお断りされに来れる状況ではない為に、当然経営は傾く。
そういう時の為に、日頃から銀行とのお付き合いを密にしておく必要がある。
今すぐお金貸してほしいんですけど! と、普段は全くお金を借りてくれない企業に言われて、ハイどうぞと貸してくれるような銀行はない。そう牡丹は断言する。
ではどうするか。そういう、もしもの時の事を想定し、必要がなくてもお付き合いとして借り入れ実績を作っておくのだそうだ。
銀行がお金を貸したい相手、それは借りる必要がないほどに経営が順調な企業。何故ならば、絶対に返してくれるから。本当にお金を必要としている企業は、もしかしたら返せない状況になってしまうかも知れない。
お金があるから返済能力がある。お金がないから返済能力がない。
銀行の事を、「雨が降っていない時に傘を貸すと言って来て、実際に小雨が降り出したら慌てて傘を取り上げようとする」と揶揄する人もいるのだとか。
銀行としても出来るだけ多くの企業にお金を貸すよう金融庁から通達されているので、頑なに貸さないという事はないが、普段付き合いのない企業よりも、日頃から付き合いのある得意先の方を優先するのが人の情という物だ、との事。
「何だ、結局は情とビジネスは切り離せないんじゃないか」
「そうですね。でもAI技術の進歩によって、人の情という物の介入が全くない世の中になる可能性もあるそうですよ。
銀行の融資審査をするのはもちろん人なんですけど、今後はAIでの判定を取り入れようという動きもあるそうです。数字を入力すれば融資の可否がすぐに出るのだとか。
そこに宮坂家の人間だからとか、うちの父に対する恩義だとかが入り込めない世の中になりそうですよ」
ま、宮坂銀行だって特別扱いしてくれる訳ではないんですけど。そう瑠璃は続けた。
AIねぇ~、そのうち人間が電池代わりにされないように気を付けないとね。
「それよりも優希さん。基夫さんとベンチャーキャピタルと、合わせてこっちの資料の通りの金額になりそうなんですが、そもそもトプステの使い道を考えないとこの分のお金を回収出来ないですからね?」
「そうそう。父から出資金額をどれだけの期間とどれだけの売り上げで回収出来るか教えるように言われてましたね。
何か良いアイディアありますか?」
いやいやいや、確かに俺がトプステ買収しようって言ったけどさ、2人も一緒に考えてくれよ。あんたらがお断り屋の元祖でしょ? 本家でしょ? 真打でしょ? 真打とはまた違うか。
「いや、考えてはいるけど、実際に行動に移すとなると何かにつけてお金が掛かるだろ? 内装をいじったり、必要な機材用意したりさ。
やってみたはいいけどダメだった、ってのが本当に怖い」
俺の本音の告白に対して、今度は2人がいやいやいや、と揃って首を振る。
「その為のトプステでしょう? 例え失敗しても何度でもやり直せるじゃないですか。瑠璃ちゃんと私と、そして紗雪とで作った成功例はすでにあります。
優希さんは別な形での成功例を作ってほしい。私はそう思います」
「ちょっと! それ私が言いたかった!!」
瑠璃、ちょっと黙って。
「そんな感覚で経営ってしていいもんなのかな。俺自身のリスクってないよな? スペックスのお金使って、もし失敗しても俺自身の腹は痛まないって事だろ?
何かすごくズルいような気がして」
「それは違いますよ、アナタ。優希君1人で経営する訳じゃないんですもの。私達全員の意思と責任で、新しい事業を進めるんです。
失敗するも、成功するも私達で分け合いましょう」
「そうですよ、それに私は成功する可能性は大いにあると思ってますから。優希さんはプレイヤーとして一流です。プレイヤーだからこそ出来るビジネスがあるんでしょ。
だって、私達は情をビジネスとしているんですから」
牡丹はキメ顔でそう言った。
「だからそれは私が言いたかったってばっ!!」
話はそれだけでは終わらない。
トプステの買収交渉は着実に進んでいる。その先、トプステをどう経営して行くのか。それが一番重要な事項なのだ。
「賢一さんには企業に株を持ってもらって、福利厚生的な感じで利用してもらえればって言ったけどさ、どう考えても無理があると思うんだ。
だから、その案は却下しようと思う」
2人が頷く。あ、やっぱり無理があるって思ってたのか。それならそうと、早く言ってくれたらいいのに。
これからリアルお断り迷宮を進めて行くにあたり、それ自体が文字通り冒険的な企画な為に、通常営業にあたるトプステの営業形態としては、あまり冒険し過ぎるようなものでは本当に赤字を出して潰してしまいかねない。
より現実的な、現在の成功のその先を目標とした内容にするべきだ。
「で、どんな営業形態にしますか? スペックスと同じだったら意味がないし」
瑠璃の言う通り、トプステを買ったからこそ出来るサービスを提供しないと。
「ん~、より高級なサービス、それも選ばれた人にだけ提供するタイプのサービスがいいかと思うんだ」
「上得意様向けですか……」
何やら牡丹が思案顔。人数が絞られる分、よりプレイ料金は跳ね上がる。そうしないと元が取れないからだ。
通常でさえ高いお断り屋のプレイ料金の、さらに高級なサービスというとどのようなものがあるだろうか。
「例えば、本物のジムを作って24時間営業にし、毎日誰かしらプレイヤーが来るようにするとどうだろう。本物のトレーナーの指導の下、身体のシェイプアップも出来るし、タイミングが合えばプレイヤーとのちょっとしたプレイも発生する、かも知れない。
もしくは、リアル迷宮へ向けてデータを取る為に、お断られ屋を作ってもいい」
黙って俺の話に耳を傾ける2人。否定も肯定もない。今までやっていないサービスだからこそ、経営者としては先を読む力が必要になる。
サービス利用者の立場となって、そのサービスを受けたいかどうかを考える。
サービス提供者の立場として、どれだけのお客様が来てどれだけの料金を頂ければ、経営が続けられるのかを考える。
こうしてゆっくりではあるが着実に、トプステの買収後のプランが練られて行くのであった。
いつもありがとうございます。
前回の投稿時に報告するのを忘れておりましたが、バレンタインSSの際にお願いしておりましたアンケートの結果を活動報告にて公開しておりますので、ご確認下さいませ。




