変化
【追加キャラ設定】
・今井 義隆先輩
……高校3年生。イラストレーターでプロまがいのことをしている。
油彩画をやっていたのだが、手軽さが気に入ってデジタルにのめり込んだらしい。
美大志望なよう。
んーっ、と背伸びをし、見つめていたパソコンのディスプレイから目を逸らす。時計を見ると深夜0時を過ぎようとしていた。
「もうそろそろ寝ないと明日に響くな……」
僕は電気を消し、布団に潜って、眠気に誘われるように微睡んでいった……。
/ / /
経験はないはずなのに、なぜか既視感のある、不思議な夢を見た。
三歳くらいの、小さい頃の僕が目の前にいた。その僕は、ずっと塀しか見えない窓に向かって、話しかけていた。時々、面白い話を聞いているかのように笑っていた。
不思議と不気味には感じなかった。それどころか、暖かいものが、ただ見ているだけの僕に流れ込んでいくように感じた。とても、心地よかった。
あれ、この感覚、どこかで――。
そう思った時、僕は夢の外へ引きずり出されて、目の前にいた小さい僕は掻き消えた。
/ / /
目を開けると自室の白い天井が見えるだけだった。
「(ムダにリアルな夢だったな……。いや、リアリティがあっただけで現実味はなかったけど)」
意識が覚醒して、歯を磨く今も夢のディテールは、はっきりくっきりと頭にこびりついていた。でも、あの時感じた暖かい感じは、いつ感じたのか思い出すことはできなかった。
「(まぁ、単なる夢だし深くは考えないようにしよ……)」
僕は口を濯ぎながら、そう思った。
身支度をして家のドアを開くと、
「おっはよーです、先輩! ここで待ち伏せしてたら会えると思ったらドンピシャでした!」
とご満悦そうな笑顔の一井さん。
……バタン。
――テイク、2。
ドアを開ける。満面の笑みの後輩。
「もう一か」「させませんよ?」
がしっとドアを掴みテイク3(現実逃避)を全力で阻害する一井さん。ちょっと怒ってらっしゃる。仕方なく我が家のドア(関門)を開放する。
一井さんはもうっ、とあどけない顔を真っ赤にして、
「取って食うわけじゃないんですし、良いじゃないですかーっ!」
とぷんすか、やっぱりご機嫌斜め。
「いや、だってストーカーだし、君」
「カメラなんて持ってないですから。ほら、行きましょ!」
強く抵抗するわけにもいかず、軽くずるずると引きずられる僕。パワーあるなこの子……じゃなくて、このままの状態で知り合いに遭遇したら洒落にならんぞ……!
「わっ、わーったから! だから離して、な!」
「……本当ですか?」
さっき拒絶されたのがよっぽど嫌だったのか、じとーっとした目でこちらを睨む一井さん。
「ホント、ホントだって! だからっ、ね!」
「むぅ……。なら許してあげます」
不承不承、といった様子で手を離す一井さん。顔は可愛いくせになかなか手強いことをしよる……。
よれた制服を直しながら僕はやっぱりまだ機嫌の悪い後輩に尋ねる。
「で、今日は一体どういう風の吹き回し? 今まで尾行しかしてこなかったのに」
「あー、それはですねっ。昨日でツラが割れてしまったのでもう強硬手段しか無いなっ、って思いまして!」
さも当然かのように悪人が吐く言葉を使う後輩さん。いや怖ぇよ。
「昨日言ったじゃんか、ちょこちょこ行くようにする、って」
「あ、あぁ……。まぁそれもそうですけど……」
おもちゃを取られた子犬みたいにしゅんとなった一井さんは、僕の顔をやや潤んだ瞳で見つめて、言葉を続ける。
「じゃあ……、ただ個人的に、先輩と行きたい、とかじゃ……ダメですかね?」
「いや、ダメじゃないが……」
基本的女の子を泣かせたくない僕はどうもこういうのに弱い。……もしや恋愛小説の読み過ぎなのだろうか?
「じゃあ、いいんですねっ?」
僕の返事を聞いて花が開いたような笑顔をする一井さん。
「まぁ、尾行されるよりかはマシだからね」
「やった、小説のこと沢山聞けるっ!」
ガッツポーズを小さく決める一井さんに苦笑しながら、なんだか慌ただしい登校の時間は過ぎていった。
時間は経ち、時は同じ日の放課後。
がらがらっ、と木製の湿気を帯びて少し反った引き戸を開ける。
「どもー」
「おっ、鎌手がここに来るなんて珍しいな。どうした、小説、行き詰まってるのか?」
パソコン画面から目を離し、僕の姿を見て驚く人物。文芸部の先輩であり現部長、今井 義隆先輩、通称『こんさん』だった。
「いや、それは絶好調なんですけどね……。にしても先輩はいつもパソコンの前ですね、今何描いてるんですか?」
「魔法少女モノだな。いやはや、フリルがとても難しい」
そう、この先輩は文芸部に所属していながら実はネット世界では有名なイラストレーター、らしい。何でも毎年夏に頒布する同人誌五百冊は即完売なんだとか。それならもっと刷ればいいのに、と思うのは僕だけなのだろうか。
「魔法少女って朝にやっているアニメとかですかね?」
「うーん、まぁそんなところだね。……ふぅ。文章を書くのも楽しいけどやっぱり昔からやっているイラスト作業は手癖が付いている分スピードが速く感じるね」
「感じるというか、実際速いですよ。今回は何分で描き上げたんですか?」
そう聞いた僕に、先輩は何の気無しという顔でこちらを見ながら、
「さんじゅっぷんだけど」
と答えた。ありえないが、この先輩はガチでこう言っているのだ。もちろん、絵のクオリティはプロレベル。
「毎度すげぇスピードで描いてますね……ってそうだ、一井さん見ませんでした? 今日から定期的に来いって言われたんですよ」
定期的に、を強調する僕に先輩は肩をもみながら、
「あー、さっきまで居たぞ。飲み物でも買いに行ったんじゃないかな。――来いと言われて、来るんだな、お前は。惚れたか?」
とか的外れもいいことを言う。
「んな訳ないでしょっ」
ほほぉ、と笑いながら肘で僕を突付く先輩を軽くいなす。
「ただ気圧されただけですよ。この部屋で小説は書きにくいんで家で書きますけどね」
「わかるよ、その気持ち。俺だってここでガッツリと絵を描くのは躊躇われるもんなぁ」
ははは、と笑う先輩。
「まぁ、一井も鎌手の小説に憧れて入部してきたんだから、大切に扱ってあげなよ」
色んな意味でな、と意味深長な言葉を残して、パソコン画面にWordを開く先輩。今日は小説も書くらしい。
僕も適当な席に座り、パソコンを立ち上げる。
そういや、今井先輩と一井さんは部室に居る(来る)のはわかるけど他の部員はどうしたんだろうか。
きょろきょろと見回すと、ストーリーに悩んでいるのかくるくると座っている椅子をと一緒に回っている先輩と目があった。
「今度はどうしたよ、挙動不審に」
「いや、他の部員は今どうしてるんかな、って」
「あー、まぁ兼部している部員が多いからな、ウチは。専部なんて俺と鎌手、一井くらいで週一くらいしか来ないよ」
そんなことも知らないなんてよっぽど部室に来なかったんだな、お前、と呆れたような口調でそういう先輩。
『先輩を文芸部に戻すため、ですっ!』
一井さんがそう言っていたのは、単に寂しかったから、っていうのもあるのかもしれない。
今井先輩は優しい人だけれど対女性スキルが少ないのか口下手どころかマンツーマンでは重要なこと以外しゃべらない。
だから、ひとりぼっち。
寂しいならそう言ってくれればいいのに、と思いながら、あの後輩の性格じゃ無理かもな、とも感じる僕だった。
先輩は僕と話してストーリーを思いついたのか画面と向き合ってキーボードを叩きはじめ、手持ち無沙汰な僕はパソコンで暇つぶしにマインスイーパーをはじめてから五分と少しが経った後。
「すみませーん、遅くなりました……って鎌手先輩が来てるーっ!?」
軽く息を乱しながら一井さんはやってきた。どうやら少し遠いところまで行ってきた様子。
「約束は守れる範囲で守るからな、こいつは」
僕がいることで対女性スキルが少ないながらも会話に混じってくる先輩。
「今度は今さんが普通に喋ってる! 私実は『今さんロボット説』を密かに胸に抱いてたんだけど、違ったみたいですねー」
さらっと酷いことを言いながら僕の隣の席に座る一井さん。
「いやぁ、やっと文芸部に連れてこれましたよー、頑張った甲斐があったってもんです」
僕を見ながら、にぃっと無邪気に笑う後輩。僕らを見てなぜかニヤニヤする先輩。
僕はここで何もしないつもりだったが……文芸部のややうるさくも、和やかな空気に触発されたのか、気が変わった。
「僕……今から小説書きます」
僕のその発言に意外そうにする二人。
「えっ、鎌手今までここで小説書いたことなんて……」
「そうですね、ないですね。でも、今のモチベーションなら、いい作品が書けそうだな、って」
我ながらクサいセリフだ、と少し照れる僕を一井さんは、
「それじゃ、いつも使っているキーボードじゃないと使いにくいですよね、どうぞ!」
と言って差し出したのはいつも僕が使っているキーボードの箱だった。まだ封切りがされていないようだ。
「えっと……その気持ちはありがたいんだけれど、いつ買ってきたの?」
「さっきですよ! 昨日使っているキーボードを聞いたので、私も使ってみようと思って買ってきました! もちろん、部費で!」
「おい一井っ、俺そんなん聞いてねーぞ!?」
部費がぁー!と叫ぶ、劇画タッチとなった今井先輩と、このデザイン確かにかっこいいですね! 形から入るには確かにいいかもしれません、と自身の天然っぷりを遺憾なく発揮する一井さん。
「部費使ったってことはそのキーボード文芸部の備品になるんだけど、いいの?」
「はいっ、ここでしか私小説書かないので!」
「鎌手、お前の論点は間違っているぞ! ただでさえ部費に余力ないのにぃ!」
一つの質問に二つの答えが返ってくる。……一つの答えと一つの嘆き、のほうが正しいのかもしれないけれど。
「それじゃ、遠慮なく使わせていただきます」
一井さんが差し出した、K310というキーボードを受け取り、封を切る。
中には僕が使い込んでいるキーボードと同じ製品があった。
取り出したキーボードの端子を目の前のパソコンに挿し、さっきまで目の前に鎮座していたキーボードを机の奥に押しやる。
そして僕はメモ帳を立ち上げ、周りの目を気にすることもなく、黙々(もくもく)とプロットを組み始めた。
夢中になってキーボードを叩く僕を見て、すっかり蚊帳の外になった二人は苦笑しているように感じたが、実際のほどは、僕は知らない。
「鎌手せんぱーい、そろそろ帰りますよー」
僕は、肩を太鼓の達人よろしく叩かれ小説にのめり込んでいた意識が自分の身体の中へ戻される。
一井さんが僕の顔を覗き込んでいた。
「先輩の集中力、凄いですねー。ずっと呼んでるのに気づきもしないんですもん」
「ごめんごめん。一度書きはじめたらなかなか止まらなくて」
「厨二病セットがなくても書けるならこれからもここで書いてくださいよ」
「ちょっとっ、今井先輩がいる前でそれは内緒!」
慌てて黙らせる僕を見て、厨二病セット? と首をかしげる先輩になんでもない、と僕は手を大きく振ってアピールする。
『いい、そのこと、他言無用だからね。もし約束破ったらもう文芸部に来ないから』
一井さんは僕の耳打ちした言葉を理解したのか、びくん、と身体を大きく震わせて、ひたすらコクコクと頷いていた。
まだ続きます。子供の頃の鎌手くんが出てきましたねw




