07
心根小学校で起こった【全校生徒集団自殺未遂事件】。
2000年以降の今まで起こった事件の中でも、惨くて生々しい事件だと、今尚語られているこの事件。
未だに犯人は特定されておらず、当時は【学校側の施設管理不足、ならびに教育不足】として葬られた、事件である。
地元住民たちは、呪い、悪魔、化け物、怪物のせいだと、オカルト的な何かのせいにしているので、誰も近寄ろうとはしない。
故に、地元警察も、ここを視野に入れようとはしていない。
むしろ、ここを一番最後に調べるのではないだろうか……老人からの心の声により、絆には潜伏先の仮説が生まれた。
この地区の高校に通う村上信条が主犯格ならば、この場所は絶対に選ばないだろう。
だが、今回の事件は斬嶺岳が引き起こした誘拐事件ーーー別の町の、別の地区の住民だ。
それならば、彼がそこを根城にしていてもおかしくはない。
なぜなら、彼はあの小学校で起こった惨劇を、詳しく知らなくても不自然ではない。
まあ、噂程度なら知っているかも知れないけど、少なくとも地元住民みたいに怖がったりはしていないだろう。
ならばこそ、あの場所にいる可能性が高い。
ならばこそ、あの場所に行ってみるべきだろうーーーと、絆は考えていた。
心結絆は、本当ならばあの場所へは生きたくない。
自らの能力の暴走によって引き起こされた、あの惨劇の地へ。
だが、今は事情が違う。
クラスメートの女の子を救わなければならない。
人間恐怖症の青年が、人間を助けるなど、変な感じがするけどーーー目の前で拐われてしまったという罪悪感からか、彼は使命のようなものに駆り立てられていた。
彼女を救わなければ、自分の正しいという正義が腐敗する……。
自分が嫌いな、腐った人間と同じになってしまう。
そんな思いも連なってしまって、彼は彼の地へと赴くのだった。
かつて絆が通っていた、この心根小学校。
見る人によっては、トラウマを呼び起こしてしまう、この寂れた校舎。
傾いた看板と、割れた窓ガラスーーーそして、入り口には夥しいほどの魔除けの札などが貼られている。
そんな、不気味で気味の悪い校舎へと、絆は入っていく。
下駄箱の棚が倒され、まるでバリケードのような状態になっていた。
そして、壁には、赤いペンキで「死ね!」と、書いてある。
絆は、昔のままだな……と、感じている。
事件後から、なにも変わっていないのだとーーー。
唯一変わっているのは、絆は高校生になっているということだろう。当時の明るさなど無く、人間の腐った心を見続けた彼の目からは、あの頃にはまだあった、純心は無い。
疑心だらけの、毎日ーーーそれは、彼の性格をひねくれさせたのだった。
「さてと……もしも、ここにいるなら……どこにいるのかな……」
絆はバリケードの隙間を通り抜け、校舎内へと侵入する。
窓ガラスの破片が床に散らばり、ビリビリに破かれた教科書が放置され、当時の小学生が遊んでいたボールが破けて落ちている。
そんな散らかっている通路を進んでいく。
心結絆の能力は、あくまでも他者を認識しなければ発動できない。
だから、相手の心を見るためには、視覚にいれる必要があるのだ。
なので、エコーロケーションのように、超音波で広範囲を調べると言うことは出来ないのだ。
故に、ここに犯人たちと、琴木尊が存在するかどうか……それは、ここに誰かがいない限り、証明できない事なのだ。
「……どこだ?隠れられる場所……体育館か?それともーーー」
「校長室かな?」
スッと、何処からともなく現れた覆面の男たちに、絆は一階の階段のホールで囲まれてしまう。
男たちは、廃病院で絆を蹴りまくった、彼らだったーーー。
そう、絆の読みは当たったのだ。
いや、絆の読みというより、あの時のおじいさんの考えがある意味答えを導いてくれたのだ。
「やあやあ、王子様……また、お姫様を助けに来られたのかな?でも無駄だよ……お前はまた、ここでボコられるんだからね……」
「ふぅ……やれやれ……もう、そう言うのはいいよ……西村悟くん」
「‼」
余裕そうに暴行の執行をしようとして、偉そうに喋っていた男は、驚いたような顔をして、ピタリと止まっていた。
「それと……君塚吉名くんと、阿羅人仁義くんに、吉岡菊徒くん……それと、村上信条くん……」
この場にいる全員の名前を、絆は呼んだ。
村上信条は、あの時の恐怖を思い出したようで、腰が抜けたように、その場に座り込んでしまう。
そして、ガタガタと、歯音を奏でている
「な、な、な!言ったろ?こいつ、心が読めるんだよ!」
と村上は言うが、他の仲間たちは鵜呑みにしていない。
「ふん、心が読めるだなんて馬鹿馬鹿しいーーー俺たちの名前を何処かで知っただけだろ?それだけで、優位に立ったと思うなよ……」
西村は吼える。
だが、足元は少しだけすくんでいるように見えた。
「ふーん……まあ、信じるか信じないかなんて、どうでもいいよ……君たちはここで、忘れちゃうんだからねーーー」
と、絆は笑いながら言った。
未だに能力を信じていない、村上以外の彼らはその場にいる。村上は、叫びながら、校舎から飛び出していく。狂ったように、叫びながらーーー。
「ふん、ビビりめ……」
「いや、彼は正しいよーーーほら、君たちは逃げなくていいのかい?これが、最終警告だよ?」
「調子に乗るな‼雑魚がぁ‼」
西村の合図で一斉に絆に向かって、彼らは襲いかかる。醜い人間の争いーーーそれが、始まるかと思われた。
だがーーーその合図後、彼らはピタリと動きが止まる。それは彼らの意思ではなかった。
そのため、彼らは急に動かなくなった自分の身体に恐怖していた。
「なんなんだよ、これ!」
「動けよ!」
「地面に着いているのに、感覚がない……」
「うわぁ……ぁぁ……」
西村たちは騒ぐ。
だが、突然として、彼らは言葉さえも喋れなくなる。
「……‼」
「……‼」
「……。……‼」
「‼」
制止して、静止したこの空間内で、絆の声だけ、彼らに響く。
「俺はね、心を読めるだけじゃないんだよーーー心を壊すことも出来るんだよ……君らが動けないのは、動きたいという心が壊れたから。君らが喋れないのは、喋りたいという心が壊れたからーーー唯一、思考だけは残してあげるけど、それ以外の行動がしたいということも、壊しておいた方がいいのかな?」
西村たちは、ここで始めて村上の言葉を信じることになった。
自分達が、とんでもない化け物を相手に、啖呵を切っていたことを。暴力を加えていたことをーーーそして、その化け物によって今、殺されてしまうかもしれないという恐怖があることを。
「……‼」
彼らは、残された思考で、心結絆に許しを求めていた。心の底から、全力で謝っていた。涙がこぼれ落ち、失禁して、汗が流れ落ち、醜く醜く生き恥を晒す彼らは、命乞いをしていた。
先程まで、平然と暴行を加えることが当たり前だと思っていた彼らは、自分達の愚かさを呪った。
「どうしよっかな……どうしよっかな……」
絆は、そんな恐怖心を更に煽った。
そうすることで、自身を化け物にしたてあげて、トラウマを植え付けることで、彼らが二度と暴力が【正しいこと】だと信じないようにーーーそして、彼らが、改心出来るように。
「じゃあ、おやすみ……君たち……」
そう言って手を彼らに翳そうとした瞬間、彼らは恐怖のあまり、立ったまま気を失ってしまった。
自分達の命が終わったーーーそう、感じてしまったようだった。
その証拠に、気絶した彼らの髪の毛は真っ白になっていた。あまりの恐怖心から、髪の色さえも変色してしまったらしい。
「……治れ」
佇む絆がそう言うと、彼らの意思で止まっていなかった身体は動き始め、意識を失っていたために、彼らは地面に頭を垂れるように、倒れていったのだった。
絆は、壊した心を治してあげた。
これで、彼らはまた自由に動く事ができるだろうーーーだけど、もう暴力が【正しいこと】だとは思わないだろう。
こんなにも、強烈なトラウマを植え付けられてしまったのだから。
「あーあ……人間って本当に脆いな……」
そう言いながら、絆は先程彼らが言った【校長室】へと向かうのだった。
というか、心を読んだときに見えたのだ。
磔にされた琴木尊と、それをまじまじと眺めてうっとりとしている斬嶺岳のビジョンがーーー。