06
自身の行いが悪いくせに、誰かのせいにする。
そんなことを人間は、よくやってしまう。
例えば、両親に。
例えば、兄弟に。
例えば、姉妹に。
例えば、先生に。
例えば、恋人にーーー。
斬嶺は、自分の彼女である琴木尊に対して行った行動を無視して、自分がまるで正しいことでもしていると、そう思っているのだ。
全ては彼女を守るため、全ては彼女を愛するため、全ては彼女を独占するためーーーそんな歪んだ愛情が、このような結果を招いているのだとすれば、誰がこんな事が【正しいこと】として教えたのか、嘆かざるおえないと、絆は思っていた。
そして、絆は、こいつらにならーーートラウマ以上を与えなくてはいけないのではないのかと思っていた。
琴木尊を救うためーーー自身の能力を全力で発動しなければならないのだと。
だが……。
「さて、王子様……そろそろ、寝てくれや……」
その斬嶺の言葉通り、絆の首筋にスタンガンが当てられ、絆は眠ってしまう。
やられた……と、そう思ったときは、もう時すでに遅かった。
心を壊す前に、身体を眠らされてしまう。
意識が無ければ、能力は使えないーーー。
絆はこうして、琴木尊の救出に失敗したのだった。
正しさを執行できずに、みすみす女の子を連れ去られてしまい、そして気が付くと川原に捨てられていた。
まるでゴミのように不法投棄されていた。
幸いに、服や財布、鞄は盗られていなかった。
強いて言うなら、クラスメートを盗られてしまったのだったーーー。
「やられた……」
絆は、虚空を眺めていた。
そして、涙を流していた。
自分の決断力が無いことに、怒りを感じ、そして、悔しかった……。
たった一人の女の子すら守れない、自分のバカさ加減と、力を使わなかった愚かさに。
悔し涙を流していると、川原の近くを巡回していた警察官が通り、絆は保護された。
救急車を呼ばれて、国道の医療センターへと運ばれる。
直ぐに絆は、治療を施される。
骨折はしていないものの、打撲痕が酷く残っていたので、湿布を貼られ、包帯を巻き付けられる。
その内、絆の両親が到着した。
母親は、目と鼻を真っ赤にさせて泣きわめき、父親は自身の息子の姿を見て、悔しがっていた。
そして、警察の事情聴取が始まるーーー。
医者は、入院はしなくてもいいから、取り調べは病院内で行うようにと、警察官に促し、近くの空いていた個室の病室を借りて、そこで話をすることになった。
絆は、これまで起きたことを懇切丁寧に説明した。
琴木尊が目の前で誘拐されたこと。
それを助けようと、潜伏先の廃病院に、1人で乗り込んだこと。
主犯格が、斬嶺岳という男であること。
そして、仲間の内、1人は村上信条という心根工業高校の生徒であることをーーー。
事情聴取を終えた警察官は「無謀なことをしないように」と、絆に釘を指して、病院を後にした。
警察にすべてを任せた絆は、ひとまず両親と共に自宅に帰った。
あれだけの情報を与えれば、日本の優秀な警察ならば解決してくれるだろうとーーーだが、事件はなんの解決も進展もせずに、次の日を迎えた。
昨日の誘拐の件は、大々的にテレビで報道されていた。
絆は、学校に登校する。
両親は勿論反対したが、それでも絆は学校に行かせてくれと、自分から学校に行くことを始めて望み、学校に向かう。
事件の噂は学校内でも広まっていた。
そして、その事件の当事者である心結絆の周りには、人だかりができていた。
普段はあまり話しもしない癖に、こういうときに限って、集団というのは出来てしまうのだ。
「心結くん、すごい勇気だね……」
「琴木さん、そんな事があったのに平気で笑って学校に来ていたとか、健気すぎる……」
「バカ‼健気じゃなくて、そこは頭おかしいだろ。普通なら、こんな隣町じゃなくて、もっと遠いところに逃げるっての」
「俺だったら助けられたのかな……琴木さん……」
「その前に、お前は不良に立ち向かう勇気が無いだろ。心結を見習えよ」
随分と勝手なことばかり言うクラスメートだな、と絆は思っていた。
話題ばかりを追い掛けているこのクラスに、何故絆が来たのかと言えば、低い確率で、琴木尊が登校してくるかもしれなかったからだ。
例えば、斬嶺によって解放されていたり、例えば斬嶺をうまく言いくるめられたりーーーだが、ニュースになってしまっている以上、それは無かった。
朝のホームルームから、最終授業時間である6時限目まで、彼女は登校してこなかった。
つまり、未だにどこかで監禁されているのだ。
そして、警察はその足取りをまだ掴みきれていないことを考えると、あの廃病院からは既に居なくなっていることが分かる。
つまり、監禁場所は移動したのだ。
故に、もしも助けるなら、その監禁場所を特定するところから始めなくてはならないのだった。
心結絆は決めるーーーもう、迷わないと。
もう、手段は選ばないと。
心を破壊することになっても、琴木尊を助けると。
「自分の目の前で拐われた女の子を助ける事が出来ない奴なんかに、人間の心なんか語れるかよ……」
絆は、再び駅に向かって歩いていた。
そして、彼の能力を全力で発動しながらーーー。
【第弐心】ーーーそれが、絆の能力だ。
弐心ーーーそれは、疑う心を意味する言葉だ。
人間に対して、人類に対して、恐怖を感じ、疑うという行為は心結絆にとっては、日常茶飯事なのだ。
心を読むことーーーそれは、即ち相手の心理を疑うことである。
人間には、表層心理と深層心理がある。
表層心理とは、表だって見える心ーーーつまりは、表面的な感情である。
そしてそれとは違い、深層心理は本心が語られる場所である。
故に人間には、2つの心が備わっていると言っても過言ではない。
絆の能力は、そんな深層心理ーーーすなわち、本心を読み、時に破壊し、時に治す事ができる力なのだ。
言うまでもなく、心は記憶にも関連しているーーー故に、心を読むことは記憶をも読む事ができるのだ。
絆は、そんな能力を現在フル活用している。
通りすがる人物たち、車で走り抜ける者たち、遠くに見える人物たちーーーありとあらゆる、人間の心を読んでいく。
少年、少女から始まり老人、老女まで。
老若男女問わずに。
誘拐された琴木尊の情報。
誘拐主犯格の斬嶺岳の情報。
誘拐犯の一味である村上信条の情報。
ワゴン車の目撃情報。
考えられる監禁場所の情報。
ありとあらゆる可能性の情報。
そして、ある1つの答えにたどり着くのだった。
それは、ある老人の目撃情報ーーー否、心の声だった。
「ふむ……もしも、ワシが……いや、この辺の住民全員なら、潜伏先として、あそこは選ばんじゃろうな……廃校、心根小学校ーーー【全校生徒集団自殺未遂事件】のあった、呪われたあの学校にはな……」