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第弐心―セカンドハーツ―  作者: ただっち
第1話:心結絆の人生転機
6/18

05

病院内。

病院のあの独特の暖かさと、薬品の臭いは無く、建物内に風が通っている音と、埃っぽい匂いがするようだ。

そして、その埃によって床は白くなっているのだが、何者かが歩いた足跡が分かりやすく、くっきりと残っていた。

それが階段まで続いているのが見えた絆は、その足跡に沿って進んでいく。

勿論、先程のように後ろから襲われないように、辺りを、特に後ろには警戒しながら。

ゆっくりと、丁寧に、だが急ぎながらーーー「琴木さん……無事でいてくれ……」と祈るように進んでいく。

この廃病院に、絆は1度、ここに来たことがある。

勿論、経営している頃にだ。

心結絆が、6歳の頃ーーーこの病院は、小児科があったこともあり、インフルエンザで苦しんだ彼は、両親に連れられて来たことがある。

その時対応してくれたのが、この病院の院長先生だった。

何故に院長先生が対応してくれたのかと言えば、まあ明確な医師不足と言うこともあり、院長先生は何個か掛け持ちで仕事をしていたのだ。その一つが、小児科であったーーーただ、それだけの話だ。

心結絆は、インフルエンザの治療を自身に施してくれたので、感謝はしたものの、医者への憧れとかそう言うのはなかった。

何故ならば、この院長の心が見えていたからだ。

人間らしく、腐って生々しい光景ーーー実際、インフルエンザの苦しみより、この院長の心を覗くことに嘔吐しそうになったほど、この大人はダメだった。

数々の不正、裏金、賄賂、賭博、天下り、そして売春。

ダメな大人のビンゴゲームってのをやったら、見事にビンゴ!となってしまうほどに、ダメダメだった。

絆は、6歳にして、医者も終わっていることに知り、医者になるなんてことは、絶対にないと、心に思ってしまったらしいのだ。

こんなダメになるなら、絶対になりたくない……と。



「あらら?僕ちゃん、どうしたのかな?迷子?」

そう言って、2階のナース室から、覆面の男が2人出て来て、進路を塞いだ。

なぜナース室に隠れていたのか、それは知らない方が良いことなのかもしれない。

「むっくんが外にいたのにーーーどうやって入ってきちゃったんだか……」

「むっくん?ああ、村上信条か……」

「そうそう、村上信条……って、なんで知ってるんだ?」

心を読んだからーーーとは、流石に絆は答えるわけには行かない。

自らの手の内を晒してしまう程に、彼は愚かではない。

だが、困ったことにーーー今回は、先程の村上のようには倒せそうにないのも確かだ。

多勢に無勢ーーーナース室から、また2人程出て来た。

この事によって、絆は、合計4名に取り囲まれてしまう。

退路は断たれ、進路も断たれてしまったのだ。

同時に4人の心にトラウマを植え付けることはできない。

もし、同時にトラウマを植え付けることをすれば、今の絆の能力では、確実に心を壊してしまう。

心を壊すーーーすなわち、深層心理の破壊。

思考できずに、死ぬことしか考えられなくなる廃人製造行為。

絆は、別に彼らを殺すために来たわけではないし、殺す能力は、余程の悪でもない限り、使いたくないのだ。

「……村上信条さんに、琴木尊さんと会ってもいいと言われたので、中に入れと言われました」

勿論これは嘘だ。

しかも、分かりやすいほどに、バレバレの嘘。

男たちは、覆面の下からでも、絆なのことを低脳な野郎だとバカにしているような笑みが伺えた。

だが、絆の台詞はまだ続く。

「……斬嶺岳(きりみねがく)さんの許可は取っているそうです」

その名前に、男たちはぎょっとしていた。

なんせ、今回の主犯にして、彼らのリーダーの名前なのだから。

「もしもここで俺に何かしたら、斬嶺さんの意思は無視されたことになる……よって、あなたたちは、斬嶺さんを裏切った事になりますけど、追い返された場合は村上さんが斬嶺さんに報告してくれることになっていますし、指定の時間内に間に合わなければ、村上さんの方から邪魔が入ったと連絡が行くようになっていますけど……それでも、進路の邪魔をしたいのとあれば、どうぞ」

盛大な嘘を、平然とスラスラと話す絆に、すっかり騙された彼らは道を退いてくれた。

人間心理的に、知らないやつが知っている名前を出したら、そいつはその知っているやつと何らかの繋がりがあるのだと疑ってしまう。

そして、それに時間制限を設ければ、考えたり、確認をとる暇無く、すんなりと交渉に応じてくれるものだ。

まあ、無論、絆は村上信条とも友達でも知人でもないし、主犯である斬嶺岳とも赤の他人である。

だが、彼らの心を読めば、全員同時にトラウマを植え付けることは不可能でも、主犯格の名前と関係くらいは知れる。

得た情報をその場でうまく活用していくーーーそれが、人間社会で上手く生きるためのコツなのだと、絆は再認識するのだった。

だが、直後、絆は犯人たちが連絡を取っていたことに気が付かなかった。

自分の作戦が上手くいったと、過信してしまった。

その結果、階段を昇りかけたところで、スタンガンで電流を浴びせられてしまい、気絶してしまうのだったーーー。



暗い院長室ーーーそこで、絆は目が覚めた。

より良い目覚めとは言えなかった。

なにせ、手を後ろで縛られて、顔を蹴られた衝撃で目が覚めたのだから。

「痛っ……」

ぐっと、絆は痛みを堪えるが、顔は赤く腫れていて、そして今の衝撃で口の中が切れたようで、血の味がするのが分かった。

だが、その痛みに浸ることを許されず、更に絆は髪を引っ張り上げられる。

そして、下を見ていた目線が上に上がると、そこには、部屋の中央で目隠しと猿轡(さるぐつわ)をされ、椅子の上に縛られた琴木尊がいた。

そして、その隣で、覆面を外した主犯格ーーー斬嶺岳は、立っていた。

頬に切り傷があり、髪が赤色で、格好つけているつもりで、多数のピアスを耳につけている、世間一般的な不良と言うイメージを感じさせる男だった。

絆は、村上信条の心から、この斬嶺の情報は少しだけ得ていた。

斬嶺岳、18歳、O型、身長は村上とほぼ同じくらい、空手の師範代レベルの強さを持つという情報を。

「おや、お目覚めかい?王子様……」

そう言って、斬嶺は絆の元に歩いてきた。

そして、1発顔にパンチを喰らわせる。

絆は、その威力で床に叩きつけられる。

髪を捕まれた状態でのことだったので、ぶちぶちっと、髪は切れてしまう。

髪を掴んでいた男は、その場に髪を散らして、斬嶺の指示に従って早々に壁際の方まで下がった。

絆は、ペッと血を吐く。

地を這いながら、血を吐くのだ。

「おっと、王子様……まだまだ、俺の怒りを買った事に対して、謝罪を貰ってなかったな……だから、まだ落ちるなよ?」

「謝罪?俺がお前に?」

「俺の女に手を出そうとしたろ?そして、無謀にも助けようと、颯爽とここに現れた訳だーーーなあ?王子様」

絆は何故王子様とあだ名をつけられている理由をここで理解する。

琴木尊を助けようと、さながら童話の王子様のように姫様を助けようと来たから、王子様ってことらしいのだ。

「お前にーーーお前らに謝罪することなんか、何もねーはずだ。むしろ、お前らが謝罪するべきなんじゃねーのか?殴ってごめんなさいとか、拐ってごめんなさいとか、ダメ人間でごめんなさい、とか……ぐっ‼」

絆は、斬嶺にみぞおちを蹴られる。

口からだらしなく、唾液と血を溢して噎せかえる彼を見て、したっぱ連中も、斬嶺も笑っていた。

「なあ、お前らもほら、ごめんなさいしにこいよ……ほら、この王子様も望んでることだから」

そう斬嶺が言うと、壁際のしたっぱたちも、ゆっくりと絆に、近付いてきて、彼の身体を蹴る。


蹴る。


蹴る。


蹴る。


1人1度、謝罪の蹴りを喰らわせ、その謝罪時間は終わった。

絆は、ボロボロ過ぎるほどにダメージを受けてしまった。

奇跡的に骨は折れていないが、打撲による生々しい痕が、青あざになったりしている。

心結絆は、彼らの心を読んだ。

読んだーーー結果として、彼らに罪悪感が全くないことを知る。

こんなことをするのは、学業のストレス発散。

単にそれだけだった。

まあ、斬嶺だけは、また違ったようだ。


斬嶺岳、この男は琴木尊の元カレだ。

それも、粘着質で暴力的な、ストーカータイプの彼氏。

琴木尊は、この男から逃げるために、自分の学校に転校してきたーーーそれが、分かるほどにこの男の中には、琴木尊に対する歪んだ愛情が渦巻いていた。

高校1年生の時、斬嶺は琴木尊と付き合い始めて2日という短い間ではあったが独占欲に冴えなまれていた。

この美しすぎる女を他の男に横取りされるんじゃないのかーーーそう思うと、琴木が他の男と話しているところでさえ、妬ましく怨めしく思ってしまった。

3日目以降、琴木尊の周りに男子が近寄ることは無くなった。

それは、2日目の夜ーーー斬嶺と村上たちによって、2日目に話しかけていた男子クラスメート全員をリンチし脅したからだ。

彼女に近付けば殺すーーーリンチされた直後の、その斬嶺の言葉にはきっと彼らには妙に説得力があったんだろう。

その結果、3日目の朝から、クラスメートの男子はその命にしたがった。

命がかかっているのだから、そりゃあ当然だろう。

琴木尊は、男子全員から敬遠されているような居心地悪さに、戸惑いながらも、他の女子生徒と仲良く学校生活を楽しんでいた。

そして、斬嶺の裏側を知らずに、付き合っていた。

斬嶺との交際のきっかけは、不良に絡まれていたところを助けてもらったからーーーそんな純愛に見えることも、実は裏で斬嶺が計画したことと知らずに……。


そして高校2年生の3月、琴木尊は夜道に誰かにつけられているような事に気がつく。

後ろを振り向くと誰もいないーーーだけど、歩き始めると、再び気配を感じる。

最初は、自分の被害妄想なんじゃないかと、人を疑いたくないという彼女の心はそう思っていた事だろう。

だが、それは被害妄想では無かったのだ。

琴木尊は、以来ストーカーに悩まされていたので、思いきって彼氏である斬嶺に相談して、下校中、登校中、様々な場所に行く際に、彼を連れていく。

だが、そんな中、斬嶺とカラオケに来ているときーーー斬嶺がトイレに行ってしまった後、彼のスマホが点滅する。

彼女として、彼氏の携帯の中身が気になるということはよくあることだ。

だからこそ、彼女もここで彼のスマホの中を開いてみてしまった。

開いてみてしまった結果、彼女は仰天する。

そこには、自分の写真が盗撮されたと思われるアングルからの写真フォルダと、ストーカーから彼女を守る自作自演のための友人たちとの会話が、SNSで表示されていたのだった。

このとき彼女は、怖くなって逃げ出した。

自宅に帰ると、急ぎ帰った琴木尊のスマホには着信が380件も入っていた。

それは、斬嶺からのものだった。

斬嶺からの着信は、延々と続くーーー彼女は、学校に行くことさえも怖くなり、登校拒否をした。

両親に事情を説明するが、斬嶺の本性を知らない両親には、分かって貰えなかった。

故に彼女は、家を出た。

逃げるようにーーー2度と帰らないと決めて。

親戚の叔母がいるこの町に単独で越してきて、転校届けを両親に書いてもらって、そして斬嶺に見つからないように、ひっそりと暮らそうと……。

だが、斬嶺は諦めなかった。

四方八方探し回り、たまたま今日彼女を見つけた。

だが、そこで彼女は見知らぬ男と仲良く下校していた。

彼女は自分を裏切ったーーーそんな逆恨みで、今回の誘拐をしたのだ……と、絆は斬嶺の心を読んで理解したのだった。


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