09
琴木尊を背にのせ、心根小学校から出た絆。
だが、正門を潜り抜けようとした直後に、パトカーのサイレンが辺りに響き渡る。
そして、ゾロゾロと、刑事たちが現れたのだった。
刑事たちは、始めは琴木尊を背にのせている絆のことを犯人と勘違いしたらしく「無駄な抵抗は止めて、大人しくその子を解放しろ‼」なんて、偉そうなことを言っていたのだが、以前絆を取り調べた警察官が居たらしく、すぐにその誤解は晴れた。
「間違ったら謝らないんですか?」
と、絆が刑事たちに言うと、刑事たちは黙って、校舎の中へと入っていった。
国家権力に身をやつすものたちなんて、所詮こんな程度だーーーと、絆は思っていたが、先程自身をかばい、そして取り調べをしてくれた警察官だけは違った。
「部下たちが、君を疑ってしまって申し訳ない……」
そう言って、深々と頭を下げたのだ。
「いえいえ……それより、どうしてここが分かったんですか?」
「村上信条という男が、先程交番に自首してきてねーーーよっぽど、恐ろしい目にあったのか、支離滅裂なことを言っていたんだけど、監禁場所がここだと供述したからね……それで、駆けつけたというわけさ。ところで、君はどうやって、ここの場所だと特定出来たんだい?」
この警察官の質問に対して、流石に「心が読めるから」とは、絆は答えられない。
もしも、異能のことがバレたらーーー自分は調べられてしまう。
どこの生まれか、どこの育ちか……どこの小学校出身か……。
そうなると、過去のあの集団自殺未遂事件についても、再び掘り起こされてしまうだろう。
それだけは避けたいと思った絆は、こう言う。
「俺、こうみえて推理力はあるんですよ。ほら、最初の廃病院も推理でしたからーーー」
と、嘘をつくことにしたのだ。
「そうなんだ……今時の、高校生って、凄いんだね」
どうやら、この警察官は、疑うことを知らなかったようだ。
「……あ、そう言えば前のときも、自己紹介してなかったね。私の名前は、桜井真常。一応、警部補をさせて貰っている」
そう言って、桜井は御丁寧に警察手帳を広げる。
結構年期の入った手帳なのだがーーーこの人、何歳から警察やってるんだろうか?と、思わせるほどに桜井は若々しい。
推定年齢19歳ーーーと、思わせるほどに容姿が若い。
「……さてと、んじゃ悪いけど、また事情聴取させてもらうよ、絆くん。経緯はどうあれ、君は事件の当事者なのだし、何があったのかを聞かせてもらうよ」
「あのその前にーーー」
「ん?トイレか?」
「いえ……琴木さん、下ろしたいんですけど、パトカーに寝かせさせて貰っていいですか?」
そう絆が言うと、桜井は慌ててパトカーを手配するのだった。
事情聴取、とは言っても、絆はあの医療センターからの後のことを、心が読めるという点を除いて説明するだけだ。
至って簡単で、至ってシンプルにしか話さなければいいのだ。
「ーーーという感じです」
パトカーの中での取り調べは、絆の説明でおおよそ終わりが見えていた。
後部座席ですやすやと眠ったままの、琴木。
運転席の桜井、そして助手席の絆。
こんな空間から、絆は早く立ち去りたいのだけれど……。
「うーむ……成る程ね……。んじゃあ、君がこの小学校にたどり着いたのは、地元民なら近づかないって事を知っていたからってことなんだね……」
桜井は、絆から聞いた事をメモした手帳を、復唱する。
確認の意味合いもあるが、説明に矛盾がないかを新たな会話で得ることも、警察としての危機管理能力を強める意味合いもあるとか、ないとか……。
とにかく言えるのは、まだ話は続きそうだと言うことだろう。
「そうですね。地元民なら、近づかない……故に、穴場であると、そう踏んだ訳ですよ。いやー、予想が当たってよかったよかった」
わざとらしく、嬉しそうに振る舞う絆の言動は、他者から見ればあからさまとも言えるほど不自然極まりないものだと言える。
だが、あからさまとも言えるそのわざとらしさは、桜井にとっては絆に対して、不信感を抱かせることはなかった。
むしろ、確信した。
「この子には、なにか秘密がある」のだと。
それも、他人には言えないような秘密だと……いうことを考えているのが、絆には見えていた。
心が読める絆は、大人に対しては特に気を付けている。
大人は平気で嘘をつく……そして、国家権力の中にいる警察官さえも、それは時として例外とは呼べないだろう。
だからこそ、大人と接するときは、心を読むように心掛けていた。
けど、この桜井という大人は、他の大人と比べても全然違った。
表情は変わらないが、絆は内心驚いている。
この警察官は……この桜井という男は、なにかが違うと。
「あの……そろそろ、帰りたいんですけど、いいですか?」
だからこそ、一刻も早くこの男から逃げ出したいーーーそう思った絆はそう切り出していた。
現在の時刻は、夜の9時。
下手をすれば、寝ている人もいる時間帯だ。
受験の近い高校3年生としては、早く帰って勉強したいんですと、主張すれば大抵の大人はそれで、通用する。
しかし、桜井は首を縦に振ろうとはしなかった。
「任意とはいえ……君には、まだ聞きたいことがある」
そう言って、桜井は校舎の方をちらりと見る。
ちょうど、主犯の斬嶺が連行されているーーーそして、同時に恐怖でおどおどと怯えている。
絆の、深層心理の破壊に伴った、トラウマ……そして、恐怖心と言うものが未だに続いているようだ。
「私はね、数年前にある事件に遭遇したんだーーー」
桜井は斬嶺を見ながら続ける。
「偶然にしては、出来すぎているんだよね。そのかつての事件現場で、かつての被害者たちのようになってしまった今回の誘拐の犯人……」
絆はぎょっとした。
そして、桜井はギロリと、絆を睨む。
「元【心根小学校】出身にして、集団自殺未遂者が一番多かった【三年二組】の心結絆くんが、この現場に居ることもね……」
絆はぎょっとしていた。
というか、どうしてなのかと疑問に思うことが多くありすぎて混乱していた。
まず、情報だが……これは、日本の警察ならば、身辺調査とか言って、すぐに周りを調べれば得られる情報だろう。
例えば経歴を調べるとか、例えば親から聞くとか、例えば同級生に聞くとかーーーなんら不思議ではない。
では、何が一番驚きなのかと言えば、先程覗いた……いや、ずっと除き続けている桜井の心から、それが読み取れなかったことだ。
心根小学校の集団自殺未遂事件ーーーそして、先程の発言から事件当時の捜査官であったこと……そして、絆と心根小学校の繋がりを調べてあったにも関わらず、絆はそんな桜井の心から、記憶から、それを読み取ることが出来ていなかったのだ。
「……調べたんですか?」
「まあ、一応……君が、今回の被害者である琴木尊を助けた少年と聞いたとき、ちょうどあの事件のファイルを読んでいたからねーーーまさかとは、思っていたけど……やはり、君は君だったというわけだ。集団自殺未遂者の中での、数少ない【自殺未遂をしていなかった生徒】の1人である心結絆くん……」
「……あの時の話は、思い出したくもないんですけど……というか、今はこの誘拐事件の事情聴取ですよね?なのに、なんで俺の過去の話になっているんですか?」
絆は疑う。
絆は心を見る……だが、目の前のこの男の心を全て読みとることはできなかった。
絆にとって、こんなことは、始めてだった。
他人の心が全部読めないなんて……これまでの人間には居なかったことだ。
だからこそ、余計に焦ってしまうのだ。
この桜井という男の、不自然さに。
「ふむ……それもそうだね。この話は、またの機会にさせてもらうとするよ、心結くん……」
そう言ってにこりと笑う桜井の笑みは、絆にとって始めて人外と思えるほどの不気味な笑顔だった。
果たして、桜井の真意とはなんなのかーーーそれは、心を読める絆でさえも分からなかったままで、この取り調べは幕を下ろすのだった。