09 待遇
「明日は朝から迷宮に潜る。休んで疲れをとっておけよ」
訓練が終わるとそう言ってボコラムは去っていった。
その後イルハダルの若いメンバーがここでの暮らしについて説明を行う。
召喚された生徒達には一人ずつに個室があてがわれること。食事も三食出ることなどが説明された。
今日はやるべきことももうないので、後は自由にしてよいと生徒達は伝えられる。
こうして意外なほどあっさりと、レンセ達はイルハダルの監視から解放された。
生徒達は訓練の疲れもあり、全員がその場に座り込んだ。
レンセも精神的に疲れており、冷たい鉄の床へと腰を下ろす。もちろん隣には彩亜も座っており、向かいには芹も座り込んでいた。
「二人はこの後どうする?」
芹が口を開く。
「僕は少し頭を整理したいかな。今が何時か分からないけど、部屋に行って色々考えてみたいと思う」
「……わたしはレンセと一緒にいたい。……レンセが邪魔じゃなければ」
レンセと彩亜の考えを聞いて、芹が提案してくる。
「良ければだが、私もレンセの部屋にお邪魔して良いだろうか? 考えをまとめるにも、一人で考えるより相談出来る相手がいた方が良いだろう?」
「いいけど、芹さんの相談相手は僕達でいいの?」
レンセが答えると、芹は広間にいる生徒達の顔を見回した。そして落胆した表情で、再びレンセ達の方へと向き直る。
「他の者は駄目だ。全員、憔悴しきった顔をしている。学級委員長のナイトでさえな。これは訓練の疲れのせいだけではない。クラスメイトを目の前で殺され、さらに裸になることまで強要された。ショックでみな心が折れている。奴らに監視されてる間は緊張感も保てていたのだろうが、ここに来てみな死んだような顔をしている」
「確かにみんな疲れた顔をしてるね」
「……今日は色んなことがあったから」
今日起きた様々なことを想い出し、レンセ達の顔にも暗い影が落ちようとする。
だがここで暗くなっても状況は改善しない。レンセは気を取り直して彩亜と芹に話しかけた。
「とにかくまずは、僕の部屋までみんなで行こうよ」
レンセは二人の美少女を連れて大広間を後にする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三人はレンセの個室として用意された部屋へと入った。
部屋はそこそこの広さがある。壁や天井などが鉄で出来ているのは他と同様だが、ベッドもあれば机もある。
レンセと彩亜は隣り合ってベッドへと腰掛け、芹は机から椅子を引き二人と向かい合って座った。
レンセの個室は、窓がないことを除けばそれなりにいい部屋だ。
これはレンセの部屋だけがそうではなく、生徒達に用意された部屋全てがこうである。一人部屋があてがわれるということ自体も含め、奴隷として召喚されたわりには恵まれた環境だ。
そんな待遇に違和感を感じつつ、芹が口を開いた。
「どうして私達は何もされなかったと思う?」
第一声がこれだ。芹は生徒全員がイルハダルのメンバーから何らかの暴行を受けると思っていた。
「……分からない。でも……人道的な理由ではないと思う」
簡単に人を殺し、全裸を強制するような男達である。彼らが人道的な理由で暴行を躊躇するとは考えにくい。
「安心するのは早いけど――」
そう前置きを述べた上で、レンセは自分の考えを二人に伝える。
「彼らがあえて僕達に危害を加えなかったのなら、それには理由があると思う。彼らは神の塔とかいうのを攻略するために僕達を召喚したと言っていた。僕らはそのための優秀な駒だとも。つまり僕達は兵隊として使われるにしても、この世界の他の人より、能力は高くなるんだと思う」
「優秀な駒だからある程度は優遇されるということか?」
「うん。これは小太郎君が言った言葉だけど、僕達はわざわざ地球から召喚されたんだ。待遇が奴隷だとしても、遠い異世界から召喚されたからには、それだけの理由があるはずだよ。もちろん、異世界召喚のコストが高くない可能性もあるけれど」
「その可能性は低いだろうな。もし召喚のコストが軽いなら、他にも地球から召喚されている者がいるはずだ。だがそんな事件が多発したという話は聞いたこともない」
「うん。だから、彼らには理由があるんだと思う。高いコストをかけて召喚したのだから、僕らを痛めつけて兵士としての質を落としたくないだけなのか、他にもっと直接的な理由があるのかは分からないけど」
レンセは一通りの予想を二人に語った。
「しかしあれだけの情報でここまで考えをまとめられるとは、レンセはやはりさすがだな」
「……レンセは頭いい。知的」
二人の美少女に褒められてレンセは少し恥ずかしくなる。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、それでどうするかに繋がらなきゃ意味はないよ」
「今後どうすべきかについての案はないのか?」
「今ある情報だけじゃ、対策なんて取れないよ。ただ、反抗が過ぎれば殺される。……渚さんの件があるから。僕らの安全が保障されてるなんてことはない。あと僕達が兵士として召喚されたなら、兵士としての優秀さを示せば危害を加えられる可能性は低くなるかも知れない。今言えるのはこんな当たり前のことくらいだけだよ」
「いやそういうことだけでも、自覚出来るか出来ないかでは全く違う。それに自分達に情報が足りないことも理解出来れば、どういう情報を得るべきかも分かるしな。やはりレンセは頼りになる。……私はそろそろ部屋を出るが、何かあれば、またレンセの部屋に来ても良いか?」
「もちろんだよ芹さん」
「ふふ。ではまたな」
そう言って芹はレンセの部屋を後にした。
部屋にはレンセと彩亜の二人だけとなる。
彩亜は少しだけ不満そうな顔をしていた。その顔をレンセが不安げに見つめていると、彩亜が小さな声で言う。
「……芹は頭いい。必要。だからまた……レンセの部屋に来るのは仕方ない」
彩亜はレンセの体にもたれかかりながら、不安そうな目でレンセを見つめる。
「でも……少し寂しい」
彩亜はその小さな手で、レンセの着るローブを軽くつまんだ。そのまま上目づかいでレンセを見つめる。
「……だからちょっとだけ、レンセに抱きしめて欲しい。……駄目?」
彩亜はレンセと同じく、裸の上から黒いローブだけを羽織っていた。その姿で前かがみとなったため、彩亜の豊かな胸の谷間が露わとなる。
レンセは顔を真っ赤にして思わず目を逸らしてしまった。その視線に気づいた彩亜がさらにレンセを攻める。
「……見ていいよ。レンセが見たいならもっと先まで。だからわたしのこと抱きしめて……もう一度、キスしてほしい」
「彩亜……」
レンセが彩亜から目を逸らすことはもうなかった。レンセは優しく彩亜を抱き寄せ、その唇へとキスをする。そのまま二人はベッドの上へと転がり込んだ。
二人は互いの感触を体で感じ合いながら、何度も何度もキスをする。
そうして長い時間レンセと彩亜は互いに抱きしめあっていた。
「じゃ、また……」
名残惜しそうにしながら、彩亜はレンセの部屋を後にする。
こうして長かった一日は過ぎて行った。
そして――
それからさらに十日の月日が過ぎる。