08 訓練
シュダーディの力の強大さに、レンセは打ちひしがれていた。
だがすぐに、レンセは冷静さを取り戻す。
確かにシュダーディの力は強大だ。レンセがシュダーディに勝つためには、正攻法では恐らく無理だろう。
だがしかし、それはシュダーディが強い理由であって、レンセが無能な理由にはならない。
そうして活力を取り戻すレンセを見て、再びシュダーディが口を開いた。
「そう言えばワシが最強である理由ばかり話してしまっておったの。ふむ……貴様の場合についてももう少し話しておくか」
シュダーディの右腕が再び銀色に発光する。
そして今度は、鉄の球ではなく剣がシュダーディの前へと飛んで来た。
「鋼鉄で出来た剣じゃ。ワシが操る分には純粋な鉄の方が良いが、それでは強度が落ちるのでな。まあ今する話には関係ない。問題なのはこれがオリハルコンの場合じゃからの」
シュダーディは目の前に浮かぶ剣を掴み、軽く素振りのような動作をする。
「さてこの剣、仮にワシが百パーセントの力で操れるとして、同じ剣を持つ戦士系の能力者と戦えば一体どちらが勝つと思う?」
あまり現実的な例えではない。そう思いつつ、レンセはシュダーディの質問に答えた。
「使い手同士のレベルまで同じなら、戦士系能力者の方が勝つ。そうあなたはおっしゃりたいのですね」
「ふふっ。その通りじゃ。扱う武器の量が同じなら、支配系能力者よりも戦士の方が強い。さらに言えば、戦士は武器自体に魔力を通わせて強化することも出来るしの。じゃからマテリアルの量が少ないなら、それは戦士が使った方が効率が良いのじゃ」
この時点で、レンセにはシュダーディの言いたいことが分かった。だがレンセに追い打ちをかけるように、シュダーディは嬉しそうに説明を続ける。
「貴様の操れるオリハルコン。これは非常に優れた素材でな。見た目は金に近いのじゃがその性質は全く違う。非常に硬い上に魔法に対する耐性も飛びぬけて高いのじゃ。そのため武器にせよ防具にせよ、オリハルコン製の武具は実に高い性能を持つ。それこそ戦士が使えば非常に強力な武器となるのじゃ。そんな貴重なオリハルコンであるからこそ、貴様の能力にくれるより単純に戦士に装備させた方がこちらの戦力は上がるのじゃよ」
もしレンセの操る対象が鉄ならば、余ったマテリアルをレンセがその手にすることも出来たかも知れない。だがオリハルコンは希少価値が高く、さらに優れた特性を持っている。
だからこそ、そのオリハルコンがレンセに渡ることはないとシュダーディは暗に告げていた。
もしオリハルコン製の剣でも見つかれば、それはレンセが使うよりもナイト辺りが使った方がその力をより発揮できる。
支配系能力者の強みは、大量のマテリアルを扱えることにこそある。
だから貴重すぎて手にすることさえ困難なオリハルコンは、支配系の能力とは相性が悪いのだ。
ここまで語り終えたところで、満足した顔でシュダーディが最後の言葉を述べる。
「異世界人達の能力も把握出来たし、謁見はこれにて終了じゃ。この後は各自にあった装備を支給してやる。オリハルコンはないがの」
こうしてレンセ達は謁見の間を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
レンセ達は再び広間に集められた後、イルハダルのメンバーから装備品を支給された。特に豪華な物ではない。だがよく整備され、実戦でもかなり使えそうな物だ。
生徒達全員が装備を受け取ったところでボコラムが声を出す。
「明日からは実戦だ。訓練用の弱い迷宮に放り込んでやる。お前らの能力と装備があればまず死なないが、死にたくない奴は必死に自分の能力を訓練しておけ」
ボコラムは吐き捨てるようにそう言うと、部屋の奥へと下がって行った。
監視はするが、生徒達を訓練する気などは全くないようである。
生徒達は当然誰も死にたくない。その為みんな必死になって己の能力を使えるよう試している。
ちなみにレンセに戦闘用の能力はない。《鑑定》を含め、状況を見るのに特化した能力構成だった。だがレンセはそんな自分の能力に納得していた。
他の生徒のように訓練をしないレンセを見て、心配した彩亜が話しかけてくる。
「……レンセは、戦いの練習とかしないの?」
そう言う彩亜は《不可視化》の能力で手にした刀を透明に変えたりしている。彩亜自身の体全体を透明にしたりもしていた。
「僕は戦闘用の能力が使えないからね。まあ能力構成そのものには納得もしてるんだけど」
「……どうして納得してるの?」
「うん。多分だけど、僕の能力はユニークスキルありきなんだよ。僕の能力は感知系の物が多いけど、これらは多分シュダーディの方も持っている。僕の通常スキルは、支配系のユニークスキルを補助するスキルなんだよ」
レンセはシュダーディが見せた《百万の鉄》を思い出しつつ彩亜に語る。
「シュダーディは百万個の鉄球を自在に操っていた。あれは魔力が必要なのはもちろんだけど、途轍もない演算能力も必要なはずだよ。百万もの鉄球を個別に制御するわけなんだからね。だからその為の《高速演算》に《並列思考》なんだ。これに《魔力精密操作》なんかを組み合わせて、初めてシュダーディはあれだけの量の鉄球を操っていたんだと思う。そしてそれがあるから、代わりに他の戦闘系スキルは備わってないのかも知れない。もっとも、シュダーディの通常スキルが僕と全く同じ構成だとは思わないけどね」
レンセは己のスキル構成に納得がいっていた。つまりレンセの通常スキルは、その全てがユニークスキルである《オリハルコン支配》を補助するものなのだ。オリハルコンさえ手元にあれば、レンセも通常スキルをフルに使って、シュダーディが鉄球を操るようにオリハルコンを自在に操れるだろう。
だがそのオリハルコンが今レンセの手元にはない。
「……レンセ」
彩亜が不安そうにレンセを見つめる。そんな彩亜の顔を見て、レンセは安心させるように優しく語りかけた。
「確かにオリハルコンがないと、今の僕は能力に頼らず剣を振るくらいしか出来ない。でも今も何もしてなかったわけじゃないんだよ。こうしてみんなの様子を見ながら、《魔力感知》と《気配感知》を鍛えていたからね。みんなの能力を見るのも結構楽しいし」
そう――レンセは何もせず皆の訓練を眺めているだけではなかった。
レンセはクラスメイト達の魔力の流れを感知して、その後の行動を当てる訓練を行っていた。これが高いレベルで出来るようになると、レンセは相手の行動をある程度先読みすることが可能となる。
「もちろん素振りくらいは後でやるつもりでいるけどね。《魔力精密操作》を応用して、魔力で身体能力をあげられるかも試してみたいし。直接戦闘に使えそうな技能がないからって、すぐあきらめちゃうほど僕はやわじゃないよ」
「……うん良かった。……やっぱりレンセはすごい」
嬉しそうに彩亜が微笑む。そうして彩亜も自分の訓練に戻っていった。