07 下位互換
シュダーディはレンセのステータスを眺めながらしばらく沈黙していた。
レンセの持つ《オリハルコン操作》の能力。この能力をシュダーディが恐れている? そんな考えが一瞬レンセの頭をよぎる。
そんな風にレンセがいぶかしんでいると、シュダーディがレンセに能力の解説をし始める。
「自分の能力であれば、使える条件さえ揃えばその使い方も分かるものじゃが、貴様は今何も感じてはおらぬじゃろう」
そう言われて、レンセは自分のステータスを見つつ体の感触を確かめる。
まず通常スキル。
《言語理解》《魔力精密操作》《魔力感知》《気配感知》《高速演算》《並列思考》《鑑定》。
それぞれに、効果が出ているようにレンセは感じた。
魔力というか、体の中を不思議な力が巡っているように感じる。意識すれば周りの人間の魔力や気配を感じられる気もするし、思考も早くなった気もする。《鑑定》と《並列思考》については使ってみないと分からないが。
ともかくレンセは通常スキルに関しては、その力の一端を感覚で感じ取ることが出来ていた。
しかし、《オリハルコン操作》。このユニークスキルに関しては、レンセは体に何も感じない。だから自身の能力であるにも関わらず、これがどのような力かさえレンセには良く分かっていなかった。
そんなレンセの様子を眺めながら、冷たい声でシュダーディが話す。
「操作系の能力。能力の説明はワシが《鑑定》で見たので確かじゃが、オリハルコンを自在に操れる能力じゃ。オリハルコン限定の念動力とでも言えば分かりやすいかの? もしオリハルコンをその手にすれば、本能的にそれを動かせると感じることが出来るじゃろう」
レンセの能力は、とても限定的なものだった。ゲーム風に言えば専用の装備がなければ使えない能力とでも言えばよいだろうか。
そしてその装備が手元にないため、レンセは自分の能力について実感することさえ出来ないでいるのだ。
「丁度いい機会でもあるしの。貴様の能力と同時に、ワシの力についても教えてやろう」
一瞬、シュダーディの右腕に銀色の魔力光が発生する。そしてしばらく、外から鉄の球が一つシュダーディの手元へと浮いてきた。
「これが操作系の能力じゃ。ワシのユニークスキルは《鉄操作》。貴様がオリハルコンを操る能力者とするならば、ワシは鉄を操る能力者じゃ。どうじゃ? これだけ聞くと、貴様の方が能力は上じゃと思わぬか?」
シュダーディが質問してくる。
レンセ自身は、シュダーディの能力が自分より下だなどとは微塵も思っていなかった。
当然である。
シュダーディは既に、山をも削り取る力を見せている。自分があの力を簡単に超えられるとはレンセは考えていなかった。
だが、それは今答えるべきことではない。レンセはシュダーディが望んでいるであろう答えを返した。
「オリハルコンがどういう物かを僕はまだ知りません。ですから、現時点で言えることは少ないです。ですがあなたの操る鉄なら地球にもたくさんありました。ありふれた鉱物ですから、鉄そのものがそれほど優れているとは思いません」
「くくっ。貴様の言う通りじゃの。じゃが貴様が今語った言葉の中に、ワシが最強である理由があるのじゃよ」
シュダーディは鉄の球を操って、自分の顔の周りで旋回させつつ話を続ける。
「貴様は地球では鉄がありふれた鉱物じゃと言ったの。それはこの世界においても同様じゃ。そして鉄がありふれた鉱物であるからこそ、ワシは操作系として最強の力を行使できるのじゃよ」
この言葉で、レンセは全てを理解した。
シュダーディは鉄を操る能力で、山をも一瞬で削り取った。そのためにシュダーディが使ったのはただの鉄の球である。
だが、その数が尋常ではない。
百万個。レンセに数えることは不可能だったが、確かにそれだけの膨大な量の鉄をシュダーディは操っていた。鉄の球が一つ一キログラムとすると、シュダーディの操っていた鉄の総重量は千トンにもなる。
「どうやら、理解が出来たようじゃの。ワシは千トン近くの鉄を操って見せた。もちろんこれは、ワシの持つ膨大な魔力によってこそなせる技じゃ。じゃがそれ以外に、もう一つ必要な物がある。それは――鉄そのものじゃ。いくら鉄がありふれた鉱物と言っても千トンともなれば安くはない。じゃがその程度なら、ワシは手にするだけの力を持っておる。じゃが同じ量のオリハルコンを手元に集めるのは、ワシの力をもってしても不可能じゃ」
操作系の能力者は、操作する物質が手元になければ始まらない。そして所持する物質、マテリアルの量が多い方が、より強大な力を扱えるのだ。
「この世界に存在するオリハルコンは十万トン程じゃと言われておる。世界中でたったのそれだけじゃ。そして当然価値も高い。ワシが操ったのと同じ千トンのオリハルコンを集めるにしても、小さな国が買えるほどの金額が必要じゃ。そしてさらに、ワシが所持しておる鉄マテリアルの総量は、千トンなどという量ではない」
シュダーディはレンセの目をしっかり見据え、お前は絶対ワシには勝てぬとその目で訴えかける。
「ワシが手元に持つ鉄の総重量は、百万トンじゃ。もし貴様が世界中のオリハルコンをその手に出来たとしても十万トン。つまり何があろうと、貴様がワシを超すマテリアルを手にすることはありえぬのじゃよ。じゃから貴様は、能力者としてワシの下位互換でしかありえぬのじゃ」
勝ち誇った顔で、シュダーディはそう宣告した。
だがレンセはシュダーディとの勝ち負けよりも、シュダーディの持つ戦力そのものに恐怖する。
百万トン。
言葉にしても、あまりピンとこない数である。シュダーディの使った《百万の鉄》。その総重量が約千トン。つまり単純計算で、あの量のさらに千倍の鉄マテリアルをシュダーディは所持していることになる。
だがここで、レンセにさらなる疑問がわいた。
一体このシュダーディは、それだけの量の鉄をどんな方法で所持していると言うのかと。
あの《百万の鉄》でさえ、保管には広い空間が必要だ。その千倍にも上る量の鉄が、一体どこにあると彼は言うのか。
そこまでレンセは考えて、そして――気付いてしまった。
シュダーディが手元に持つという百万トンの鉄マテリアル。その正体に。
レンセは突然慌てたように、キョロキョロと辺りを見渡した。
そこにあるのは銀色に輝く、壁、床、天井――
――その全てが、『鉄』で出来ている。
それはこの要塞内全てにおいて同じだった。そして同時に沸く一つの疑問。一体この要塞は、これだけの量の鉄の塊は、どんな超常の力で空へと浮いているのか。
その全ての答えが、レンセの頭の中でつながった。
驚愕するレンセを見つめ、勝ち誇った顔でシュダーディは言う。
「気付いたようじゃの。そう――この空中要塞そのものが、ワシの持つ百万トンの鉄マテリアルの正体じゃ。こんな巨大な鉄の塊が、一体誰の力で空に浮いておると思っておった?」
スケールが……違いすぎる。
シュダーディの力のあまりの強大さに、レンセは心が折れそうになるのを感じていた。




