06 エピオ領
「ふっふっふ、山越えはすこぶる順調よ。あたし達のLVも20にまで上がったし。もうあのワニが出て来てもレンセ君なしで勝てるんじゃないかしら」
山越えは順調に進んでいた。
シルリアス達を助けてからはボスクラスの魔物も出ず絵理香達のみで対処が出来ている。
もちろん苦戦する場面もありはしたが、LV27に上がっていた彩亜が助けに入れば対処できるレベルだった。
当然エミリスやシルリアスに出番はなく、トキナに至っては魔物よりもエミリスに対して注意を払うほどである。
(妾の目から見れば、この行軍は捕虜の輸送のようなものじゃの。逃さぬよう注意を払わねば。レンセは聖女を信頼して何でも話してしまうし。それも悪いことではないのじゃが。信頼を得るには必要じゃと妾も理解は出来るしの。じゃがここまで知られた以上絶対に逃げられるわけにはいかぬ。転移石は没収しておるが、対魔族機関のウサ耳の方はそれがなくとも油断できぬからの)
ちなみに兎人エミリスの方もトキナに対して警戒していた。
(今に始まったことじゃねえけど聖女様はお人よし過ぎんぜ全くよ。黄金魔族の方もお人よしっぽいけど聖女の職能まで話ちまうとかやりすぎだっつーの。だいたい黄金魔族の方がお人よしでも赤髪の方は違うだろ。見た目は子供の癖にあたしのこと隙なく監視してやがるしよ。そんなに見つめられたら恥ずかし、じゃなくて緊張するっつーの)
そんな二人を尻目にレンセとシルリアスは楽しく会話を弾ませる。
だが雑談を交わしつつもシルリアスは全く別のことを考えていた。
(わたくしが一番信じられないのは、魔族であるレンセさんにまで使徒化の適性があることです。魔族でありながら使徒化に適性のある人をわたくしは初めて見ました。でも正義の心と言うならレンセさんに適性があるのは納得の行く話です。むしろこのレンセさんが魔族になったことの方が通常ではありえないのでしょう)
教会の教義において、魔族化するには世界全ての破滅を願うほどの強い怒りの心が必要だと言われている。それは概ね当たっており、魔族化する際における強烈な苦痛に耐えぬくには強い意志の力が必要だった。
その強烈な意志を引き出す為に、怒りの感情は不可欠である。
レンセがそれほどの怒りを他者に抱くことは通常ではありえないことだった。だがレンセは要塞から落ちる際、他者ではなく自分自身を許せないと言う思いによってこの魔族への転生を果たしている。
(恐らく魔族でありながら使徒化に適性のある人間は、この世界においてレンセさん以外にはありえないでしょう。もし魔族であるレンセさんがさらに使徒化することなどがあり得るとするのなら、それはとてつもないことになるに違いありません)
シルリアスはレンセのことを好ましく思いながらもその潜在的な力に脅威を感じる。
だが使徒と魔族の体に巡る魔力の性質は真逆の性質を持つとも言われていた。その両方を体に受けて制御できるなどとはシルリアスにも思えない。
真逆の性質を持つ魔力が暴走すれば耐え切れずに体の方が崩壊してしまう可能性もある。
そのような存在が歴史上存在しない点から見ても、それは不可能なのだろうとシルリアスは結論付けていた。
(レンセさんがもし魔族化していなければ、魔族ではなく使徒として力を振るうことも可能だったはずですが。その点だけは、少しだけ残念に思います)
そんなことを考えながら、シルリアスはレンセと意気投合していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「やっとで領内に帰れたにゃー」
丸二日近くの時間をかけて、レンセ達は山越えを終了する。ロキディナル高地を越えた先は、なだらかな平野部となっていた。
所々に森が点在する先に、小さな集落があるのが見える。
「叔父の屋敷は村の中にある丘の上にゃ。もう人目を避けて変な道通る必要もないからにゃ。叔父のとこまでもすぐなのにゃ」
こうしてレンセ達はエピオ領内を進んでいく。
エピオ領の領内は人口密度が低かった。小規模な村がいくつか点在し、さらにその周りに一軒家が点在するような感じである。
それらの間には小さな林が点在し、一軒家の方では自給自足に近い生活を送る者も多かった。
その点在する一軒家に住む者が穏健派の魔族である。
エピオ領内でも普通の人間の方が数は多く、彼らは集落の方で暮らしていた。その上で穏健派の魔族とは一定の距離を取りつつも、協力しあって生きている。
そうした領内の様子を眺めつつ、レンセ達はビリーバラの屋敷がある丘の上へと到着した。
屋敷の門の前で、小学生程に見える小さな少年がレンセ達を出迎える。
「ようこそおいで下さいましたレンセ様。それにアロちゃんもお帰り。ご苦労だったね。ところでそちらのお二人は」
「わたくしはシルリアスと申します。ゆえあって聖都の方から参りました。ビリーバラ氏との謁見を希望いたしております。レンセさんには道中で助けて頂きここまで同行させて頂きました」
「なるほど、ではしばらく待合室でお待ちください」
そうしてレンセ達は中へと通される。
レンセ達を案内する少年の落ち着いた態度は、見た目の年齢とは相反する物だった。だがそのことに対して疑問を持つ者は誰もいない。
案内する少年の目はおだやかにだが赤い光を放っており、彼が魔族であることを示していた。
「叔父様の家の中は魔族の方が多いからにゃ。アロはちっちゃな頃からこっちに遊びに来てたから魔族にもすっかり慣れきってしまったにゃ」
領内に帰れて上機嫌なアロと共に、レンセ達は待合室へと入って行く。




