05 聖女
レンセとシルリアスはすっかり意気投合していた。だが次の質問で、シルリアスはレンセがただのお人よしではないことを再確認させられる。
「やっぱり気になるから聞いちゃうけど、エミリスさん、一度だけシルリアスさんのこと聖女様って呼んでたよね。あれって何か特別な意味とかあるのかな?」
「ぶっ! な、え、なんだと? あたしゃそんなこと言ってたか?」
「うん。僕が接近した時に一度だけね。その後はシルリアス様ってしか言ってないから聞かない方がいいのかなっても思ったんだけどどうしても気になっちゃって」
「い、いや……マジで? あー、あれじゃね。聖なる少女的に心が綺麗でとかそんな感じのアレじゃね? それでついそんな風に呼んじまったのかな? あははー」
エミリスは大量の冷や汗を流していた。旅に出るまでエミリスはずっとシルリアスのことを聖女様と呼んでいたのだ。
もちろんエピオ領への旅を開始してからはシルリアスと名前の方を呼ぶように気を付けてはいた。だが魔族に急接近されるという非常時において一度だけ聖女と口走ってしまっていたのだ。
それをレンセは聞き逃していなかった。
エミリスはどうするべきかしどろもどろになってしまう。だがここでシルリアスの方が口を開いた。
「聖女というのはわたくしの職能ですよレンセさん」
「言っちゃうのかよ! 頭ん中お花畑にも程があんぞ聖女様!」
「お花畑で悪かったですねエミリス。でも良いのです。どの道ビリーバラ氏には話す予定の情報ですし、お花畑と言われようとどうしようとわたくしはレンセさんの人となりを信用いたしておりますから。それに……レンセさんに疑問を持たれた時点で既にアウトなのですよ」
「あー、そりゃ……だよなあ。口走ったあたしの方こそ責任あんだろうし。ここはシルリアス様の考えに従うぜ」
そうしてシルリアスは《聖女》の職能についてレンセに語った。
「職能としての《聖女》の特徴は基本的に《治癒術師》に近いですね。絵理香さんと同様にわたくしも治癒魔法を扱えます。絵理香さんの使っている光の剣は彼女のユニークスキルなので当然わたしには出せませんが。でも代わりに、わたくしも《聖女》として特殊なスキルを持っています。迷宮を封印する力もその一つですね」
「うん。そうなんじゃないかと思ったよ。エミリスさんが守ってる時点で偉い人かなとは思っていたけど、封印の話を聞いたあたりで特別な力を持ってるのかなって思ってたから」
「あっ。……わたくしもボロが出てしまっていたのですね。わたくしは隠すのもへたなようですし、本題も話してしまいますね。《聖女》の持つ一番重要な力、それは《使徒》を生み出す力です」
「使徒を……生み出す?」
「はい。教会には《使徒化》という特殊な技能が存在します。一時的に魔族に匹敵する力を出せる能力です。空中会戦の場にいたのなら、レンセさんも《使徒化》した人間を見ていたかも知れませんが。わたしくのユニークスキル《使徒洗礼》はその《使徒化》の力を他者に与えられるスキルなのです」
シルリアスの話に、レンセはしばし言葉を失った。
「僕の方から聞いてなんだけど、それってすごく重要な能力じゃない? もしシルリアスさんがいなくなったら、もう教会は《使徒化》出来る人を増やせないってことなんでしょ?」
「その点は大丈夫です。数は少ないですが《聖女》の職能を持つ者はわたくし以外にもいますので。先代の叔母様も力を失ったわけではないですし。ただレアというだけなのですよ。でもこの身の希少価値を持って、ビリーバラ氏にお話を聞いてもらえるだけの価値はあると期待してはおりますけれど」
「なるほど。代わりがないわけではないけれど、やっぱりシルリアスさんは教会にとって貴重な存在だったんだね。そのシルリアスさんが危険をおかしてまで話をしに来たんだから、きっとビリーバラさんも真剣に話を聞いてくれると思うよ」
「そうですよね。レンセさんにそう言ってもらえるとわたくしも勇気が湧いてきます。ありがとうございますレンセさん」
「うん。シルリアスさん頑張って」
再び意気投合する二人を見て、エミリスはやっぱりこの二人お花畑だと改めて痛感したりしていた。
だがシルリアスの方には、レンセ達を信頼した理由が他にもある。
シルリアスは使徒を生み出す能力を持っているが、誰でも使徒化させることが出来るわけではない。使徒化する本人の適性も関わってくるのだ。
そのかわり《聖女》の職能を持つ者は、使徒化の適性を持つ者を見分ける力も持っていた。
シルリアスはレンセ達パーティーの中に、使徒化の適性を持つ者を複数見出している。
創世神教会において、使徒化には強い正義の心が必要であるとされていた。その言葉を素直に受け取るのなら、レンセ達は正義の心を持つ者が複数存在するパーティーという事になる。
もちろんそれがなくてもシルリアスはレンセ達を信頼していたであろう。だがレンセ達の中に使徒化の適性を持つ者がいるという事実もシルリアスを安心させる要素の一つとなっていた。
そして同時にシルリアスはこうも思う。
(異世界人は魔族の温床などと言われていますが、それはやはり大きな間違いです。これだけの少ない人数の中に使徒化の適性を持つ人が複数存在する。あきらかに異常な確率です。異世界人は魔族だけでなく、使徒化にも適性があると判断すべきでしょう。それなのに異世界人を危険分子と決めつけるのは、やはり今の教会は間違っている)
レンセ達と会話を続けつつ、シルリアスは改めて魔族や異世界人そのものが悪ではないのだと思い直す。
そして今の教会をあるべき姿に戻す決意を改めて固め直すのであった。