08 芹の思い
その後もオークションは進んでいった。
レンセが水樹を落札した後、百万を超える額は出ていない。もちろんレンセも落札には参加しておらず、大人しくなったレンセに男達は少し安心していた。
そして十五人目、次は天羽 まゆが出品される。
まゆはAカップの胸を張ってどうどうとした顔で立っていた。まゆの表情は読めないが、泣いたら負けだと思っているのかも知れない。
だがまゆは少ししてレンセの存在に気付き、その後は挙動不審にずっと目を泳がせ続ける。
「またまた珍しい黒髪の少女でございます。黒目黒髪の少女が日に複数出品されるのは非常に稀と言えるでしょう。胸は小さいですがこちらも奴隷になったばかりの新鮮な少女です。ではこちらも十万からのスタートとなります」
「二十万!」
レンセは当然のごとくすぐに入札を開始した。黒髪の少女の出品に合わせ再び動いたレンセを見て、すぐに会場がざわめきだす。
「おいまたかよ」
「そんなに黒髪が好きなのか?」
「黒髪の少女をコレクションでもしてるのか……」
会場に様々な声が溢れ出す。だがそれに反して、入札を試みる者はなかなか現れない。
少ししてやっとで値をつける者が現れたが。
「三十万!」
「六十!」
提示された金額は二倍の四十万ではなく三十だった。これにもレンセはすぐに倍で返す。
そして、六十万の次は出なかった。
「他にはいらっしゃらないようですね。では六十万エフで八番様の御落札となります」
六十万。オークションの相場である五十万は超えているが、水樹の三分の一程度の金額で落札出来たことにレンセは戸惑いを感じてしまう。
「あのガキがいくら出すか分かったもんじゃねえしな」
「それに胸なかったしな。性奴隷は珍しけりゃいいってもんじゃねえしよ。ってか黒髪ならなんでもいいのかよあの野郎」
「っていうかあの野郎? 自体女みてえな顔してるのによ、わざわざ性奴隷買う必要あるのか? なんであんなのがオークションに来てんだ?」
「やはりとても特殊な趣味をお持ちの方のようですね。買い付け係で裏に別の人間がいることも考えられますが」
様々な憶測が会場内にあふれるがレンセは一向に気にしない。
それよりまゆの評価が不当に低い気がしてレンセは微妙な気持ちになってしまう。
舞台を後にするまゆも、すごく複雑な表情でレンセと会場の男達を見比べていた。
その後もオークションは続いていき、まゆの次に出品された間 絵理香もレンセは百二十万エフで落札する。
Eカップの絵理香は性奴隷として需要が高かったようで複数人での争いになった。
だが際限なく値を釣り上げるレンセに対抗できる者はいない。レンセが百万超えの額を示した時点で会場にいる男達は皆があきらめてしまっていた。直前の金額が六十万であったため、結果として水樹より安く落札出来ている。
レンセの出した金額はすでに合計三百六十万。資金の底が見えないレンセに、男達はうんざりとした顔を見せ始めていた。
そしてオークション終盤。四十五人目になって次は金元 芹が出品される。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
舞台の前に来た芹は、強い意志を感じさせる表情で立っていた。その凛とした佇まいには、悲壮感は微塵も感じられない。
芹は傭兵に掴まり奴隷として売られた時点で、あらゆる辛い想像に思いを巡らせていた。
だからこれからどんな者に買われようと、涙を流さない自信を芹は持っている。例え性奴隷にされようと、絶対そこで終わらない。芹は強い決意を持って、このオークションの場に立っていた。
だがその芹の目に、信じられない者の姿が映る。
芹は舞台の上に立たされてすぐに、会場にいるレンセに気付いた。
だが――
これは芹にとって想像の範囲外だった。
芹はどんな目にあっても泣かぬよう、あらゆる辛い想像に耐えていた。だからどんな者に買われようとも涙を流さぬ自信があった。
だがこの場にレンセがいるなどとは、芹は想像もしていなかった。
芹は完全に虚を突かれ、思わず目に涙があふれる。
だが、芹は必死の思いで涙を抑える。
まだ、泣いていい時じゃない。レンセがいたからと言って、レンセがオークションに競り勝つと決まったわけじゃない。
それに――
レンセが要塞から落ちたあの時、芹には何も出来なかった。
芹は空中会戦の時レンセを見ている。
あの時芹は、迷うことなく彩亜を助けろとレンセに言った。その判断は、今でも間違ってはいなかったと芹は自信を持って言える。
だがその言葉の裏には、不安な思いが芹にはあった。
あの時、もしレンセに助けを求めて、それが受け入れられなかったら。自分はきっと希望を失う。
だからあの時、芹はレンセに自分の助けを求められなかったのだ。
傭兵に掴まり奴隷商に売られた後も、芹はレンセの助けを期待してはいなかった。
自分達がどうなったかなど、レンセが知るはずもない。
だから、助けが来るはずなどないのであり、自力でなんとかするしかないと芹は自分に言い聞かせ続けていた。
だがその裏で、仮にレンセが自分の境遇を知っていても、助けに来てくれるのかという思いが芹にはあった。
自分はあの儀式の日、行動しなければレンセが死ぬと分かっていながら何も出来はしなかったというのに。
あの時、レンセを助けるために行動できたのは彩亜一人しかいない。
他の者は、自分を含めて誰も何も出来なかった。
だからレンセにとって、彩亜以外を助ける理由など初めからあるはずがないのに。
その思いが、芹の心の中にはずっとあった。
だからレンセは自分達の境遇を知らないと理由をつけて、だからレンセの気持ちがどうだろうと、助けに来るのはどちらにせよ無理なのだと芹は自分に言い訳をしていた。
だがその一方で、頭では考えないよう必死に否定し続けてなお、芹は心の底で願っていた。
レンセなら、もしかしたら助けに来てくれるのではないかと。
考えてしまえば心が弱くなってしまいそうなその思いを、芹は捨てられないまま舞台に立っていた。
だからこうして舞台に立ち、レンセの姿を現実としてその目にしてしまった芹は――
自分の目から勝手に溢れ出てくる涙を、止めることがどうしても叶わなかった。




