04 傭兵ギルド
傭兵ギルド本部。中は煩雑とした雰囲気だった。木で出来た椅子やテーブルがたくさんあるがどこも人で埋まっている。
特に受付カウンターの前には列が出来ているほどだった。
「これが傭兵ギルドの本部。……さすがにすごく混んでるね」
「にゃんたって本部だからにゃ! でも今日はちょっと込み過ぎにゃ」
アロは近くにいる傭兵に事情を聞いた。
「理由が分かったにゃ。単なる人手不足だにゃ。ギルド本部の人間は結構な数が対イルハダル戦に参加していたのにゃ。そのせいで通常業務が滞ってたみたいでまだその消化の真っ最中みたいにゃ」
「それだけじゃねぇぜ」
そばにいた中年の傭兵が話に割り込んでくる。
「教会の最終兵器、剣聖キルリールがやられたって話は知ってるだろ? 今頃上は大慌てさ。緊急の諸国会議が開かれるらしい。各国の外交官や軍事顧問に、うちらギルドのお偉いさんも軒並み出席。事務が滞ってるのはその影響もあるかもな。でも一番はそこじゃねぇ」
傭兵の顔が険しく変わる。
「……総動員のうわさが流れてやがる。それも一国だけじゃねえ。上は連合軍を組織してイルハダルを本気で壊滅させる気だ。諸国会議の結果が出るまで分からねえが、英雄キルリールを失った聖国のお偉方は本気だぜ。こりゃへたをすると……大陸全土を巻き込む大戦になるかも知れねえ」
大戦と聞きレンセの顔にも緊張が走る。中年の傭兵はそんなレンセ達の顔をみながら話を続けた。
「総動員まで発動されるかは分からねえが部分動員はほぼ確実。その時点でギルドはフル回転だ。すでに各地で傭兵の大募集が始まってる。見な。あの混んでるカウンター、ありゃ全部傭兵の新規登録だ。嬢ちゃん達だってその口だろ。今は猫の手も借りたい状況だからお嬢様だろうがなんだろうが登録は簡単に出来るだろうさ。だが――」
ここで男の目付きが鋭く変わる。
「登録制度自体がほぼ機能しなくなっている。犯罪者だろがなんだろうが構わず雇っちまってる状態だ。中には魔族も紛れてるって噂だぜ? ハハッ、まあ魔族なんざ俺は見たこともねえけどよ。ともかくだ。今なら傭兵になるのは簡単だが気をつけな。怪しい奴には近づかねえことだ。もし他の傭兵と組む時は、俺みたいな紳士な男にしておきな。女だけの四人パーティーなんておじさんにはほっとけないからよ」
そういって中年の男はレンセにウインクを飛ばした。
レンセは背筋に恐ろしいものを感じるが軽く礼を言って傭兵登録のカウンターへと並ぶ。
「今の奴、完全にレンセのこと女じゃと勘違いしておったの」
「みたいだね。あそこまで頭から勘違いされるのは珍しいけど」
「……レンセは可愛いから」
「だにゃ。叔父はすぐ男の子だって見抜いていたけどにゃ。その叔父もレンセは可愛いって言ってたのにゃ」
「そのビリーバラさんにも少し怖いもの感じるんだけど……」
そんな感じでレンセ達が列に並んでいると次は三人組の男が話しかけてくる。
「へっへっへ。お嬢ちゃぁん。女の子が四人で傭兵なんて危ないぞお。お兄さん達が一緒に依頼を受けてやるぜえ。ふへへっ、傭兵稼業についても先輩として手取り足取り教えちゃうよぉ。どうよ、こんないい話そうそうないぜぇ」
「いえ結構で――」
レンセは丁寧に断ろうとする。だがその時レンセの目に信じられない物が映った。
短剣である。それ自体は別段珍しい物でもなんでもない。だがレンセはその短剣に見覚えがあった。
短剣は――芹が使っていた物だった。
「ごめん。ちょっと抜ける。僕の分まで登録してて」
レンセは小さくそう言った。
「……ん」
すぐに彩亜が返事を返す。彩亜にも、三人組の傭兵達が身に着けている物がなんなのか理解出来ていた。
「お兄さん達。くわしくお話聞かせて欲しいな。登録があるから僕一人になっちゃうけど、もう少し静かな所でお話し出来るかな?」
レンセは感情の全く籠っていない笑みを男達に向ける。
「ひゅー。そうこなくっちゃあ。よしよし、じゃあお兄さん達ともっと人気のない所でお話しようね。うひひっ。お嬢ちゃん達は可愛いからいっぱい面倒見てやるぜぇ」
そうしてレンセは三人の男達と共に傭兵ギルドを後にする。
「い、いいのにゃ? レンセ一人でいっちゃったのにゃ?」
「……いい」
「どうやら事情がありそうじゃの。じゃが……彩亜も止めぬのなら仕方ない。妾は騒ぎにならぬことを祈るばかりじゃ」
そうして彩亜とトキナはアロと共にレンセの分まで傭兵登録の手続きをする。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ひいっ! お助けぇー」
グシャッ。
スイカをつぶしたような音を鳴らせて傭兵の顔がグチャっと潰れる。
人目はない。首都エンバランの道は入り組んでおり、少し脇へとそれるだけで人気のない路地へと入り込んでいた。
レンセはたいした尋問をするまでもなく、男達が芹達を攫った犯人だと知った。
「悪かったぁー。あんたらにはもう手を出さねぇ! 黒髪の女ももう攫わねえ。だから命は助けてくれぇー」
グシャッ。
スイカを割ったような音を鳴らせて傭兵の頭がパカッと割れた。
この傭兵達は、芹達に続き今度は彩亜を攫おうとしていた。人気のない場所までノコノコついてきたレンセを人質に、四人全員を奴隷として売り払うつもりだったのだ。
芹達を攫っただけでも手遅れだが、未来の危機として彩亜を攫う予定がバレた時点で男達の末路は決まっていた。
三人の傭兵達は一分もかからず全滅する。全員素手での殺傷だ。男達は傭兵として中級クラスの実力があったが、レンセにとっては黄金球を使うまでもない雑魚だった。
男達を瞬殺したレンセはここに来てやっとで我に返る。
「……殺っちゃった。いちおう僕達を攫うつもりだったみたいだし、正当防衛で通るかな。そもそも芹達攫った時点で人攫いだし。なんでこんな人達が傭兵に――」
そうしてレンセが男の荷物を漁っていると突然後ろから声がかかる。
「はぁー。人の獲物を見事に横取りしちゃってまぁ。しかもみんな殺しちゃうしさ。生け捕りの方が賞金高いのに。ま、見た感じ恨みたっぷりだったみたいだから仕方ないかも知れないけどさぁ」
振り向くと壮年の男が立っていた。バランス良く筋肉のついた、一目で強そうだと分かる男である。顔は飄々としているが確かな実力をレンセは感じた。
その男はレンセを見ながら言葉を続ける。
「でもその殺し方はいただけないねえ。プロの傭兵を三人も素手で殺すなんて、人間にはなかなか出来ないよぉ。もちろん無理ってわけじゃないけどさぁ。そんな馬鹿げた殺し方やってると、自分が魔族だって周りに宣伝してるようなもんだよぉ」
瞬時にレンセの瞳が真っ赤に光る。三人組の傭兵が彩亜を攫うつもりと言った時点でレンセの瞳は光っていたが、ここに来てレンセは完全に魔力を解放させようとしていた。だが――
「マジ勘弁。ダメダメおじさん敵じゃないから。魔力全開になんてしたら教会のアミにマジかかるって。おじさんまで捕まっちゃうよー」
男は全身でレンセに敵意がないことを示そうとする。そして男の目は――レンセと同じく真っ赤な光を発していた。