02 猫耳少女アロ
レンセと彩亜が一つに結ばれている頃、トキナは街の中ではなく小高い丘の上に立っていた。
そして近くの木に自らの拳を突き立てている。
「……妾はレンセに恩がある。じゃからレンセの邪魔をするなどありえぬ」
木を何本も叩き倒しながら、トキナは独り言をつぶやいていた。
「それに……妾は二人を再会させてやりたいと思っておった。それが叶い妾も嬉しく思っておる。これは本心じゃ。妾は二度と姉上に会えぬ。じゃがあの二人を再会させることが出来て、妾の無念も少しだけじゃが救われた」
トキナは自分の思いを再確認する。
「じゃがこの胸にあふれるもやもやはなんじゃ。妾はもし姉上と会えたら、姉上に謝り、愚かじゃった妾を許して欲しかった。じゃが……あの二人は何か違うことをしておる気がする。いやそれで全然構わぬはずじゃ。妾もそれを祝福すべきじゃ。なのじゃが……じゃが……」
トキナは一人自問自答を繰り返していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝。レンセは一番先に目が覚める。隣には彩亜が裸のまま寝ており、三つあるベッドの反対側ではトキナがレンセ達に背を向けて寝ていた。
ちなみに本来彩亜のベッドだったはずの真ん中のベッドは空いている。
「…………」
レンセと彩亜は愛を確かめ合った後そのまま寝入ってしまっていた。レンセはトキナが戻っているのを見てやっちゃったかなと色々思う。
だが過ぎたことを考えても仕方がないのでレンセは普通に朝の支度を始めるのであった。
「……ん。もう昼過ぎか」
最後に目覚めたのはトキナである。トキナは約束通り夜明け頃に戻っていたが、一つのベッドで寝ているレンセと彩亜を見てもやもやしてふて寝していた。そしてそのまま寝入ってしまい起きたのは正午を過ぎてからである。
部屋にはレンセの姿がなく、彩亜だけが残っていた。
部屋の中に長い沈黙が訪れる。
だがしばらくして彩亜の方が口を開いた。
「……助けてくれてありがとう」
彩亜はトキナに礼を述べる。
「妾はレンセを手伝っただけじゃ。妾が主を助けたわけではない」
「……うん。……でもありがとう」
「うむ」
目覚めてからもトキナはもやもやしていた。だが彩亜にお礼を言われそのもやもやも小さくなっていく。
「ところで、レンセはどこへ行ったのじゃ?」
トキナは疑問を投げかけた。
「……街の外で怪しい気配を感じたって。……ちょっと見てくるって出て行った」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
グラリエン帝国の首都エンバランの城壁の上には一人の猫人少女が立っていた。
健康そうな褐色の肌に短い金髪の髪。そして髪と同じ色のネコミミとしっぽが生えている。
この小さなAカップのネコミミ少女、アロ・エピオは眼下の街を眺めていた。
「ふっふっふ。この広い街のどこかにあの黄金魔族がいるはずにゃ。魔力を抑えて潜んでいるようだけどアロは顔も知ってるからにゃ。どこに隠れてようとすぐ見つけて――」
「――その黄金魔族って誰のこと?」
「にゃんにゃとぉーーーー!!!!」
急に後ろから声をかけられアロは変な声を上げてしまう。振り向くとそこにはレンセが立っていた。
レンセは今オリハルコンマントを羽織っていない。ニムルス地下迷宮の最下層で見つけた地味な服のみを着ていた。
魔力を極限まで落とすことにより、赤い目の光も注意しなければ分からないほどに弱くなっている。
だがアロはレンセの顔を魔道具で見て知っていた。
「ぎゃぁっ! 黄金魔族にゃぁー!! にゃにゃにゃにゃんでっ? アロは気配も消したのに、なんでいきなり後ろにいるにゃー!!」
アロは街に入る前に《気配隠蔽》と《魔力隠蔽》のスキルを使用していた。
隠蔽スキルを使っても格上には見破られることもあるが、それも相手が注意していた場合の話である。そのため格上相手に対しても、尾行時にこれらのスキルを使うのは有効であった。
そうしてアロは隠れてレンセの人となりを観察するつもりであったのだ。
アロ・エピオという小さな猫人少女は、どんな人間かも分からない魔族に無防備に近づくほど愚かではない。のだが――
「街の外で突然気配消す人がいたら気になるよね?」
「墓穴掘ったのにゃーー!!」
実際にはアロに落ち度はない。街の外にまで常時感知能力を広げている者など普通は存在しないのだ。能力的にそれが可能な者自体、この街にはレンセしか存在しなかった。
「魔族の力を甘く見たのにゃ……。黄金魔族。思っていたよりずっとやっかいな奴なのにゃ」
「うーん……とりあえずその黄金魔族って言うのやめてくれないかな。僕にはレンセって名前があるから。それでちょっと悪いけど、僕達の泊まっている宿で少しお話を聞いてもいいかな?」
「うう……っ、いきなりとっつかまったのにゃー。叔父様ごめんなさいなのにゃぁ。身代金用意して欲しいのにゃー」
こうして元気なネコミミ少女は彩亜達の待つ宿へと連行される。