10 動き出す者達
「姉御。無事だったんすね」
空中要塞から脱出する飛空艇にカルイラが舞い降りると、ウサ耳を振り回しながらすぐにエミリスがやってくる。
「ええ大丈夫です。怪我も大したことありませんし」
「おー、そりゃ良かった。ってか怪我? うわっ! マジで怪我してるじゃないすかカルイラの姉御! 一体誰にやられたんすか」
エミリスが叫ぶ。
エミリスにとってカルイラは最強の人類だった。キルリールと同格である。カルイラがシュダーディやボコラムと戦っていないのは知っていた。ならば一体誰がカルイラに傷を負わせることが出来るのかと。
慌てるエミリスの顔を見ながら、カルイラは平坦な声で返事を返した。
「未知の魔族がいました。全身金色の少年の魔族に、真っ赤な髪をした少女の魔族」
カルイラの言葉にエミリスは反応を示す。金色の方は知らないが赤い少女の魔族には見覚えがあった。
エミリスがボコラムから助けた魔族だ。
それが自分の上司に傷を負わせた事実を知り、エミリスは少しばつの悪い気持ちになる。
「ですが……あの二人の魔族はイルハダルではなかったのかも知れません。フリーの魔族。イルハダル以外の魔族についても調べる必要があるかも知れませんね」
カルイラはこれからについて考えていた。
剣聖が破れた以上、もう教会の力のみでイルハダルを止めることは出来ない。だがあの場には第三の勢力が存在した。
フリーの魔族。イルハダルの他にも魔族はいる。ほとんどは人里を離れ隠れて暮らす者が多いが。そういう魔族の中に、イルハダルと敵対する新たな勢力が生まれていた?
(魔族との共闘などはありえませんが……)
剣聖亡き後イルハダルとどう対していくか、カルイラは考え続ける。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふぅ……とても見ごたえのある戦いだったね」
某所。深い森の中。ネコミミを生やした一人の男がつぶやく。男の目は赤かった。
イルハダルではないフリーの魔族である。
男は遠見の力を持つ魔道具でイルハダルと創世神教会の戦いを見ていた。
「うん。すっごくヤバイのにゃ! あのシュダーディって奴おかしいにゃ。魔族にしても強すぎにゃー!」
男の隣には小さな少女がいた。少女にもネコミミが生えている。ただし目の色は黄色。魔族ではないただの猫人少女であった。
「確かにアロの言う通り。剣聖がやぶれた今、彼を止められる者はいないだろう。でも――」
男は魔道具の画面を眺めつつ右手で黄金球をにぎにぎさせる。
「見てごらんアロ。可愛い男の子の魔族がいるよ。彼が使っているあのスキル、シュダーディのものとよく似ている。でも数は少ないようだ。使っているのがこのオリハルコンなら、彼は集めるのに苦労するだろうね」
男の後ろには黄金の山が存在した。全てオリハルコンマテリアルである。その量、実に1万トン。世界に流通するオリハルコンの約一割を彼は個人で所持していた。
男の名はビリーバラ・エピオ。世界一の大富豪である。
世界のオリハルコン相場は彼が牛耳っているとも言われていた。ビリーバラは画面に映るレンセの姿を見ながら隣の少女へと話かける。
「……彼は本当に可愛いね。一度会ってみたいな。アロ、彼をここに連れて来てくれないかな?」
「あの少年を食べる気にゃっ?」
「ははは。まさかそんな。……わはは。お兄さんは男だよ。いくら可愛くても少年を食べたりするわけないじゃないか。心配性だな全くアロは」
「にゃらいいけど……」
少女はビリーバラを警戒していた。だが男は真面目な顔へと変わる。
「……アバカル・シュダーディ。奴は魔族の存在を世界に示し過ぎた。それも悪い意味でね。教会もシュダーディが現れる前は今ほど魔族に敵対的ではなかったのだよ。穏健派の魔族にとって奴の存在は災いでしかない。それに私はこの世界が好きなのだ。それを壊そうとするイルハダルは放置できない。……あの少年なら、もしかしたらシュダーディを止められるかも知れない。私はそう思うのだよ。……それにやっぱり可愛いし」
「分かったにゃ! 叔父がそこまで言うなら連れて来てやるのにゃ! なんたってアロは天才だからにゃ!」
「うん。楽しみに待っているよ。彼は飛空艇を追ってグラリエン帝国に向かっているようだ。そこに行けば恐らく会えるだろう」
そうしてアロと呼ばれるAカップの小さな少女は屋敷を旅立つ。向かうはグラリエン帝国。この世界で最も栄えている国であり、傭兵ギルドの本部がある国でもあった。
レンセ達が追う飛空艇は、教会の本隊と別れてそのグラリエンへと向かっている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
イルハダルと創世神教会の空中会戦。この戦闘による死者はイルハダル側、創世神教会側ともに二百名にも満たなかった。
だが剣聖が破れた事実は世界全土を駆け巡る。
生徒達がこの世界へと召喚されてまだ二週間余り。レンセの仲間を取り戻すための戦いは始まったばかりだ。
その一方で、この世界にいる者達もそれぞれの思惑を持ち動き始めようとしていた。