07 救出
彩亜は空中要塞の外を落ちていた。
体へのダメージはそれほどない。
カルイラの放った竜巻は広範囲を巻き込むタイプの攻撃である。姿の見えない彩亜を捉え、要塞の外へと弾き飛ばすのが目的だった。
だが彩亜の死は確定している。
高度五千メートルからの落下。これに抗う術を彩亜は持っていない。
彩亜の脳裏には、走馬灯が巡っていた。
思い起こされる記憶は地球にいた頃の楽しかった思い出。そのそばには常にレンセがいた。
そしてこの世界に召喚されてからの辛い出来事。何よりもレンセを刺したあの日のことが脳裏に浮かぶ。
高高度からの落下に抗う術も存在せず、彩亜はこのまま死を受け入れるしかない。
対するレンセはどうだったのか。
自分に裏切られ、腹を刺されて蹴り落とされたあの日のレンセ。その絶望は今の自分などよりもっと大きかったに違いない。
そんな絶望的な気持ちで落ちて行く中で、どうしてオリハルコンに気付けただろう。
彩亜は自らがレンセと同じ境遇に陥って、あの日のレンセがいかに苦しかっただろうと思い直す。
そして彩亜は、目から大粒の涙をあふれさせた。
自分は絶望を味あわせた上でレンセを殺した。
その自分がこうしてレンセと同じ死に方をするのは当然の報いだと彩亜は思う。
自分の力ではどうすることも出来ない絶望の中で、彩亜は全ての思いをあきらめていた。
絶望にまみれた彩亜の目に、どこまでも晴れ渡る大空が映し出される。
こんな悲しみしかない世界でも、空だけは綺麗なんだと彩亜は思った。
絶望しかない最期でも、こんな綺麗な景色を見られたのなら、少しはレンセも浮かばれたのかなと彩亜は思う。
彩亜の心に、もう希望は残ってなかった。
だが、それでもなお。
どうしてもあきらめきれない思いがあった。
自分はこのまま死んでも仕方がない。
でも最後にもう一度だけ、レンセの笑顔が見たいと彩亜は思う。
自分はレンセを刺して要塞から突き落とした。そんな自分にレンセが笑顔を見せてくれるわけがないのに。
そう思うだけで彩亜の目からは大粒の涙があふれる。
でもそれでも。そんな資格などないと分かっていても、どうしてもレンセの顔がもう一度見たい。
彩亜は絶望に支配されながらも、ただその願いだけを捨てきれぬまま落ちていた。
そんな彩亜の瞳に、不思議な物が見えてくる。
太陽が無数に分裂していた。
初めは涙のせいかと彩亜は思う。
涙でにじんだ視界の中、太陽の周りに十二個の小さな光が輝いていた。
だがそれは、ただの幻像などではない。
金色に輝く十二個の光の中に、同じく金色をした人影が見えてくる。
金髪の髪に真っ赤な目。それは彩亜の知る彼の姿とは変化していた。
だが彩亜は、それがレンセであると一瞬で理解する。
「レンセ……」
彩亜の目から、先程までとは違う喜びの涙があふれ出す。
幻覚でもなんでもいい。
最後にレンセの姿が見られただけでも自分には過ぎた幸運だと彩亜は思った。
だがそんな彩亜にレンセが叫ぶ。
「彩亜! 手を出して!」
必死に叫ぶレンセの声に、これが幻などではないのだと彩亜もすぐに理解した。
「レンセ!」
彩亜も両手を伸ばしてレンセの名を呼ぶ。
レンセを刺した自分にはレンセに助けられる資格などない。
にも関わらず絶望の淵から自分を救いに来てくれたレンセの姿に、彩亜の目からはとめどない涙があふれ出す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
落ちる彩亜を全力で追いつつ、レンセの心には様々な思いが駆け巡っていた。
あの日彩亜は自分の命を救ってくれた。その感謝の思いがレンセにはある。
そしてあの時、レンセは最後まで彩亜を信じきれなかった。その後悔と、彩亜に謝りたい思いがレンセにはある。
彩亜に伝えたい思いが、レンセの心にはたくさんあった。
これは彩亜の方も同じである。
あの日彩亜はレンセを刺した。それを謝りたい思いが彩亜にはある。
そして今日、こうして自分を助けに来てくれたレンセに感謝の思いが彩亜にはある。
レンセも彩亜も、相手に伝えたい思いがたくさんあった。
必死で両手を伸ばす彩亜に追いつき、レンセは彩亜の体をきつく抱きしめる。
二人の顔が、くっつきそうなほど近くにあった。
伝えたい思いが、二人の心にあふだす。
だが二人の口から出た言葉は、頭で考えていたのとはまったく別の言葉だった。
「彩亜……」
「……レンセ」
「「愛してる!」」
レンセも彩亜も、自らの口から出た言葉に自分自身で驚いていた。
だが二人はすぐに、これこそ自分達には一番大事なことなんだと気付く。
「彩亜。好き、大好き、愛してる」
「うんわたしも。……世界で一番レンセが好き」
鼻がくっつくほどに顔を寄せ、互いの目を見つめ合いながら二人は愛の言葉を口にする。
レンセも彩亜も、伝えたい思いがたくさんあった。謝りたい気持ちに感謝の思い。他にも伝えたい言葉はたくさんある。
だが考えていたその全てより、愛してるの一言こそ二人にはもっとも大事だったのだ。
それさえ確認出来たのなら、あとの思いなど二人にとってはおまけみたいな物である。
大空の彼方から落下しつつ二人は互いの体を抱きしめる。そして互いの目を見つめ合いながら、二人は唇を重ね合わせた。
二人を包み込むように回る十二個の黄金球も、再会を祝福するかのように優しい光を放ち続けていた。




