05 カルイラ・イブリンガー
芹は三人の生徒を連れ甲板へと飛び出した。
連れ出したのは《治癒術師》の間 絵理香、《付与術師》の高橋 水樹、《氷使い》の天羽 まゆの三人である。
他の生徒には外に出るだけの気力がなかった。
レンセが要塞を落ちてからまだ四日しか経っていない。生徒達はまだみんな精神的に弱っていたのである。
学級委員長の皇 騎士などは比較的気力が残っていたが、彼は残るクラスメイトを助けるために外に出ない決断をしている。
その為に、芹達は少女四名で戦場へと飛び出していた。
「黒ローブの方がイルハダルで、他の格好をしているのが襲ってきている方だな。襲撃側には統一感がないように見えるが」
芹は戦況を分析していた。
戦っている勢力は創世神教会とイルハダル。だが教会側は正規軍ではなかった。
教会側の戦力千人の内、対魔族機関のメンバーは百名前後しかいない。残りは金で雇った傭兵なのだ。
もちろん装備も揃っていない。イルハダル側が黒ローブで統一されているためにやっとで陣営の区別がつくといった所だ。
「私達はローブを着けたままでいるべきか……」
芹達も現在黒いローブを羽織っている。ローブの中には戦闘用の装備を着ているが、要塞内ではローブを羽織っている方が都合が良かっただめだ。
だがここでもローブを着たままでは、イルハダルの構成員と判断され教会側から攻撃を受ける。
「逃げることを考えればやはり脱ぐべきか」
そう判断した時、芹の全身に恐怖が走った。
目の前に、圧倒的な強者が近づいてくる。
ゆっくり歩いてくるように見える猫人女性の姿に、芹達四人は身動き一つ出来ない。
「少女が四人。イルハダルにしては珍しいですね。ですが関係ありません。魔族とそれに連なる不信心者。全て忌むべき存在です。対魔族機関機関長の名において、すべからくこの世から去っていただきます」
創世神教会・対魔族機関・機関長。カルイラ・イブリンガー。
よりにもよって芹達は、創世神教会の最高戦力の一人と遭遇してしまう。
創世神教会には《使徒化》という特殊技術が存在する。それを行使している間、行使者は魔族に近い能力を発揮出来るのだ。
つまり芹達は、魔族と同等の戦力と相対していた。
「怯えていますね。ですが仕方のない事です。魔族化し、人を捨ててまで仮初めの生に執着する。そのような組織に入った時点であなた達の末路は決まっていたのです。死に怯えているのならそのままに、甘んじて神罰を受け入れなさい」
「待ってくれ! 私達は被害者だ。異世界から奴らに召喚された。信じてもらえるとは思えないが、私達は今イルハダルから逃げようとしているのだ」
芹は必死で弁明する。
異世界からの召喚。そんな話がイルハダル以外の者に通じるかどうか不安だったが。
「……異世界、地球という星の日本とか言う所でしたか。確かに黒目黒髪ですね。そう……イルハダルは新たな異世界人の召喚に成功していたのですか」
話が通じたことに芹は一瞬安堵を覚える。しかし――
「なら尚のことあなた方を生かすわけには参りません。異世界人は魔族の温床。まだ魔族化してない今の内に、召喚された異世界人は全て皆殺しにします」
これが創世神教会の判断だった。魔族化したレンセやトキナでなくとも、異世界人そのものを教会は敵として認識していたのだ。
芹達は己の死を覚悟する。
「ですがあなた方が被害者であるというのは事実。抵抗しなければ苦しまないよう殺してあげます。抗うことなく――」
「《死撃》」
芹達の窮地を救ったのは《不可視化》状態で近くにいた彩亜であった。
だが――彩亜の《死撃》は失敗に終わる。
《死撃》はHPによるバリアを貫通して物理的にダメージを与えるスキルだ。相手のHPが多くとも、急所を刺せば一撃で仕留められる必殺技。
だがそれも誰にでも効くものではない。
バリアを突き抜ける為の魔力が足りなければ、HPにダメージを与えるただの攻撃にしかならないのだ。
もちろん彩亜は《死撃》に込められるだけの魔力を込めていた。
だがそれでも埋められないほどの実力差が彩亜とカルイラにはあったのである。
「……五人目がいましたか」
まとわりつくハエでも振り払うように、カルイラは手に持つクナイを彩亜に振るう。
彩亜は全力でそれを回避した。
全ての魔力を回避に集中させた影響で彩亜の《不可視化》が解除される。
「彩亜、お前……」
とっくに逃げているはずの彩亜が自分達を助けたことに芹は驚きを覚える。
彩亜は再び《不可視化》で姿を消しつつ芹達に叫んだ。
「逃げて。……レンセなら芹達も助けようとするはずだから」
彩亜の言葉を聞き、芹の体に力が戻る。
「《影の監獄》! 最大出力!」
芹は自分に出せる最大の攻撃を繰り出した。
芹の影がカルイラの周囲を覆い、無数の刃となって全方位からカルイラを襲う。
「ライトソード!」
「あいすすぴあー!」
絵理香とまゆも続けて攻撃を仕掛ける。
光の剣と氷の槍が影の外側からカルイラへと突き刺さった。
「スピードアップ! さ、彩亜もちゃんと逃げてよね!」
遅れて水樹が五人に補助魔法をかける。
この五人の中には彩亜も含まれていた。
水樹はレンセが要塞から落ちた後、彩亜の陰口を叩いていた。今とて彩亜に対する嫌悪感が消えたというわけではない。
だが彩亜は陰口を叩いていた自分達の命を助けた。水樹もそれに応える形で彩亜にも補助魔法をかける。
「こんな攻撃でダメージを受ける相手ではないはずだ。逃げるぞ!」
芹の掛け声と共に五人はその場を後にする。
この時点で、彩亜は芹達とは反対方向へと走り出した。
生徒達の連続攻撃を無傷で防いだカルイラは、どちらを追うか一瞬迷う。
「……消える能力はやっかいですね。魔力の方は隠蔽出来てないようですが。でも注意しなければ不意打ちを受けるのもまた事実。戦場に紛れて魔力が追えなくなる前に、確実に殺す必要があるでしょう」
芹達四人よりも彩亜の方が危険だとカルイラは判断する。
創世神教会最高戦力の一人が、彩亜の追跡を開始した。




