01 開戦
二日後、天気は晴れ。抜けるような青空の下、十隻もの飛空艇がイルハダルの空中要塞めがけて進行中である。
そしてその前方には、さらに先行する人影があった。
この世界の空には天井がある。それは強力な魔方陣により構築される見えない壁であり、俗に天蓋結界と呼ばれていた。
その天蓋結界を駆け抜けて、人影は上下逆さのまま空中を走っている。
人影の名はカルイラ・イブリンガー。Cカップ。創世神教会・対魔族機関の機関長だ。
彼女の服装はシスターのようであり、事実彼女は創世神教会の聖職者でもある。ただし地球のシスターが着る修道服のように頭に被る頭巾はない。そのため彼女の顔は露出していた。
三つ編みにした深緑色の髪の上に、ちょこんとネコ耳がついている。この世界で猫人と呼ばれている種族であった。
年齢は二十代前半に見える。だがそれは平人と呼ばれる普通の人間で換算した場合の話。彼女の実年齢はそれより高い。
そのカルイラは全身に風の衣を纏わせて空の上を走っていた。天蓋結界を逆さに駆け抜けているのは空を飛ぶよりこの方が速度が出る為である。
カルイラが空を疾走する速度は、イルハダルの空中要塞よりも、創世神教会の飛空艇よりも速かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「一人やばそうなのがいるね」
カルイラの強い魔力を捉え、レンセはそんな感想を漏らす。
「うむ。異常に強いのは奴一人のようじゃが、あれはボコラムより強いかも知れぬ。じゃが……他は雑魚が多いの。あの戦力ではボコラムは倒せたとしてもシュダーディまでは無理じゃろう。数で押して、イルハダルの戦力を削るのが目的かも知れぬ」
レンセとトキナは既に要塞に追いついていた。その上でさらに先行し、小さな森の中に身を潜めている。
地下迷宮のあった密林からはもうずいぶん遠い。位置的にはニムルス地下迷宮よりももう神の塔の方に近かった。
レンセ達が身を潜めたあと空中要塞は二人の頭上を通り越す。その後それを追うようにして現在十隻の飛空艇艦隊が二人の真上近くまで来ていた。
「いずれにせよ、もうすぐ会戦が始まるの」
「うん。準備もろくに出来てないけど、戦いが始まったらすぐに飛び込む」
「妾は敵味方関係なく奴らを混乱させてやる。創世神教会もそもそも味方などではないしの。その間に」
「僕は……彩亜を助ける」
「うむ。主は全員を助けたい気持ちじゃろうが、目的は明確にの。一度に抱えられるのは良くても二人。まずはもっとも大事な者を助け、その後は状況に応じてとなるじゃろう」
「うん……分かってる」
そうしてレンセとトキナは息を潜めて上空を監視し続ける。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
空中を全力疾走するカルイラの魔力はイルハダルも感知出来ていた。続けて迫ってくる大型飛空艇十隻の艦影も察知する。
「シュダーディ様。創世神教会の飛空艇艦隊です。先行するのは対魔族機関のカルイラ・イブリンガー。創世神教会の本隊ではありませんが、対魔族機関は総出で来ているものと思われます」
「ワシらが本拠地を出ている所を狙ってきたか。じゃが本隊は動かせなかったようじゃの。機動部隊となる対魔族機関はそこそこ優秀じゃが数は百にも満たぬ。残りは傭兵か何かじゃろう。じゃが本隊が使えぬのはこちらも同じ。ニムルスに少し長居しすぎたかも知れぬの」
謁見の間において、シュダーディは部下の報告を受けている。シュダーディは顔色を変えることもなくその報告を聞いていた。
「総員甲板に出て迎撃準備。取りつかれた際には全力で敵を排除せよ。それとボコラムに本気を出すよう伝えよ。褒美は働きに応じてくれてやるとな。後は……異世界人か。子供らを教会に奪われるわけにはいかん。異世界人達は部屋に押し込め外に出ないよう見張りをつけよ」
「はっ、かしこまりました!」
通信兵はシュダーディの命令を伝えるため謁見の間を後にする。
「それにしても、対魔族機関も無茶をしよる。創世神教会が十日そこらで軍を起こせるわけがないからの。機関が独断で動いたか。じゃが傭兵などただの烏合の衆。真の敵は百人足らずの対魔族機関の者だけじゃ。返り討ちにして奴らの数を減らすいい機会かも知れぬの」
シュダーディは顔に余裕を浮かべたまま状況を整理していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「シュダーディ様からの御命令は以上です。ボコラム様」
ボコラムは自室で通信兵の報告を受ける。部屋にはちょうど剛もいた。この報告は本来剛が聞いていいものではない。だが剛は特別だとしてボコラムが同席を許可していた。
「さてと、俺も久しぶりに本気を出さなきゃいけねぇようだ。剛、お前はどうするよ? 他のガキ共と一緒に部屋で隠れてても構わねえが、お前が望むなら戦闘に参加させてやってもいいぞ」
ボコラムは試すような目で剛を見る。
「戦わせてくださいボコラムさん。俺は他のクズ共とは違う。イルハダルの役に立ちますよ。その代り……」
「おうおう。ちゃんと分かってるよ。お前を幹部にするのはもちろんだが、あの透明女、彩亜ってのもきちんと優遇してやる。あの時の殺しっぷりを見る限りあの女も使えそうだしな。透明女はお前の好きにすりゃいいさ。さてと、じゃあ初の対人戦をお前にも見せてやるとするか」
ボコラムは剛を連れて空中要塞の甲板に出る。
甲板では既に数百人のイルハダル構成員が戦闘態勢に入っていた。
「剛、お前は魔法が使えるからよ、遠くから殺すのに専念してろ。あと相手が強いと思ったらちゃんと逃げろよ。戦闘が始まったらお前の面倒まで見きれねえからな。お前はこの俺が幹部にしてやると言ってるんだ。くだらねえ戦闘で死ぬような馬鹿はするなよ」
「もちろんすよボコラムさん」
「さてと、じゃあ俺様も久しぶりに本気を出すとしますかね」
ボコラムの魔力が一気に膨らむ。
周囲に多数の魔方陣が構築され、中から次々と魔物が出現していった。
ボコラムの顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「召喚獣九十七体連続召喚。くくっ、俺の召喚獣だけで奴ら全滅しちまうかも知れねえなあ」