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クラスメイトside2 金元芹

 彩亜は悲痛な決意を胸に秘めつつ剛の言葉を聞いていた。


 だが単純に我慢の限界が来そうである。


 彩亜は剛を殺してしまう前になんとかその場を去りたかった。


 だが元来口下手な彩亜である。怒りに満ちた頭では上手い言い訳も思いつかず、なかなかその場を離れられずにいた。


 だがここで助けがやってくる。


 金元かなもと せりだ。


「その辺にしておいたらどうだ剛」


「ああん?」


 二人の仲を邪魔するなとでも言いたげに剛が芹をにらむ。だが芹は気にするそぶりも見せずに続けた。


「レンセが死んでからまだ二日。他の生徒達も皆心が沈んでいる。まして彩亜はレンセの幼馴染だったのだ。皆を助ける為とは言え、彩亜はレンセに止めを刺す役を自ら引き受けた。だがだからこそ、今回の件に一番心を痛めているのは彩亜自身なのだ。少し時間をやったらどうだ? 黙って見守ってやるというのも男の度量というものだろう?」


「…………」


 剛は芹の顔を見ながら少しの間考える。


 言葉を発したのが芹でなければ、剛は無視していただろう。


 今この要塞内で彩亜に優しくする者はいない。一部の生徒に至っては、殺人犯を見るような目で彩亜を見ていた。


 そんな生徒達が何を言おうと剛は気にも留めなかっただろう。


 だが芹は違っていた。


 芹もこの二日間、彩亜とは距離を置いている。だが他の生徒のように彩亜を罵倒したりはしていなかった。むしろ芹自身が今言ったように、彩亜に心を整理する時間を与えるために見守っているという印象だ。


 剛がそこまでのことを理解出来ていたわけではない。だが話くらいは聞いてやろうと剛は思う。


「それにな剛。彩亜は今非常に立場が悪い。それはお前もだから分かっているとは思うが。そのお前達がこうして一緒にいてみろ。他の連中はどう思う? 彩亜は剛と恋仲になって邪魔なレンセを二人で殺した。そんな噂でも立った日には彩亜の立場は今以上に悪くなる。彩亜の立場を悪くするのは、お前の本意でもないだろう?」


「そりゃもちろんだ。他の奴らはみんなクズばっかだからな。そんなクソ共から俺は彩亜を守ってやりたいだけだぜ」


「そうだろう。なら……少しの間待ってやれ。ほとぼりが冷めれば悪い噂も立つことはない。彩亜の気持ちも今より少しは落ち着くだろう」


 芹の言葉に、剛もしぶしぶ納得する。


「分かったぜ。じゃあ彩亜、俺はもう行くぜ。でも辛くなったら……いつでも俺の部屋まできな。他のクソ共が何を言おうが、俺だけはお前の味方だからよ」


 そう言って剛は廊下を歩いていった。


「…………」


 彩亜は無言である。


 無言のまま、芹を見ていた。


 芹も無言で彩亜を見つめる。彩亜が何を考えているのか読み取るように。だがやはり芹の目では、彩亜が何を思っているのかなど見当さえつかなかった。


 そうして少し間が空いた後、彩亜がぽつりと口を開く。


「……どうしてまだわたしに構うの? わたしは……レンセを殺したのに」


「本当に殺したのならな。本当にそうなら、私がお前を殺してやる。剛と二人仲良くな。だが私にはどうしてもそれが信じられん。だから彩亜、お前の口から聞かせてくれ。レンセは……本当にもう死んでいるのか?」


 芹はあの時の彩亜の行動がどうしても納得いかない。


 いや、ただ単に、レンセが死んだ事実を認めたくないだけなのかも知れない。だが芹は確かめずにはいられなかった。


 芹の言葉に、彩亜はしばし考える。そして考えて、自分の思いだけを彩亜は口にした。


「……レンセが生きていないなら。わたしにも生きる意味はない」


 その言葉で、芹は彩亜の想いを理解する。


 レンセが死に、彩亜に生きる意味がもうないのなら訓練を続ける理由もない。だが彩亜はこの二日間も訓練をし続けている。つまりそういうことだ。


「分かった。お前があの時何を思い、何をしたのかはあえて聞かない。だが希望を捨てていないのなら、お前は絶対に生き続けろ。もしレンセがここに戻ってくるなら、それは……お前を助ける為以外にはありえないのだからな。だからその時に、レンセがお前を助けられるようにする為に、お前は耐えて生き続けろ。レンセにこれ以上悲しい思いをさせない為にな」


 それだけ言って、芹も彩亜のそばを離れる。




 芹はこの二日間、自責の念に満ちていた。


 レンセが生贄にされたあの日、芹には何も出来なかった。


 もしレンセが生きているのなら、それは彩亜が何かしたからだ。彩亜の様子やあの日のことを思い出し、芹はいくつか仮説も立てている。


 その仮説も幸運がなければ成立しない、希望的観測にすぎないが。


 だが彩亜は今も生きている。だとしたらレンセも生きているはずなのだ。芹はそう自分に言い聞かせていた。


 そう言い聞かせていなければ、芹自身心がくじけてしまいそうだった面もある。だから芹はレンセは生きていると自分に言い聞かせ、その前提で行動し続ける。



 レンセが生きているのなら、きっと彩亜を助けに戻ってくる。


 だがレンセが助ける者の中に、彩亜以外は含まれない。


 なぜなら他のクラスメイトは誰一人として、あの時何も出来はしなかったのだから。


 自分はレンセを助けられなかった。


 なのにレンセに助けてもらえるなどと思うのは、あまりに都合のいい話だと芹は思う。


 だから芹は、自力で要塞を出ることを考えていた。


 レンセが彩亜を助けに来るのなら、きっと何かが起こるはず。その時にはイルハダルにも必ず隙が出来るはずだ。


 通常の方法で空中要塞からは逃げられない。


 だがレンセがここに来るのなら、その時は脱出に繋がる何かもあるはずだ。


 空に浮かぶ要塞があるのなら、似たような空飛ぶ乗り物もこの世界には存在するかも知れない。


 もしレンセがそうした助けを連れてやってくるのなら。そしてそれが複数なら。自分もそのどれかに乗って脱出できるかも知れない。


 それがいつかも、どういう状況になるかも分からない。


 だがレンセが生きているのなら必ず変化はやってくる。


 だからその変化が訪れた時、チャンスを逃がさない為に出来ることをすると芹は行動し続ける。


 芹の行動は、逃避に半ば近かったかも知れない。


 レンセが死んだという事実。そして自分には何も出来なかったという事実。その耐えられない真実から目を背ける為の現実逃避。


 だがそれでもいいと芹は割り切る。


 人が生きていく為には、希望が絶対に必要なのだ。


 だから例えどんなに小さな希望でも、それを信じて芹は自身を鼓舞し続けるのであった。


 そうして、イルハダルでの一日も終わりを迎える。



 だが芹が思うより遥かに早く、わずか二日後に大きな変化はやってくる。


 それも創世神教会とイルハダルの空中会戦という、予想だにしていなかった形となって。


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