08 創世神教会
レンセとトキナは最下層にある部屋を探索し、侵入者を縛るのにちょうどよい縄を見つける。
そうして侵入者の男が目覚めるまで待ち、男に尋問を開始した。
男は対魔族機関の人間ではあるが戦闘能力は低く、偵察などが主な任務であるらしい。
レンセ達が召喚されてしばらく、イルハダルの空中要塞はこのニムルス地下迷宮の上空にあった。
シュダーディが神の塔を離れるのはかなり珍しい。これは召喚そのものが地球とのリンクを繋ぐトキナのいる、このニムルス地下迷宮の上空でしか行えなかったことが原因だ。
そしてこのイルハダルの特異な動きに、魔族を滅するべき組織、対魔族機関も動いていた。
彼らはイルハダルの動きを観察し、空中要塞が移動を開始した時点でニムルス地下迷宮へと侵入したのだ。
ちなみにこの男は本当にただの下っ端である。ニムルス地下迷宮を突破するだけの力さえなかった。
そんな彼がこの最下層までやってこれたのは、階層のボスが全ていない状態だったためである。いやボスどころか、通常の魔物ですらほぼ全滅状態だった。
これはひとえにレンセが原因である。
男はほぼレンセの後を追うような形で地下迷宮を降りてきたのだ。
そうして今へと至るわけである。
「……本当にただの下っ端だったというわけじゃの。生かしておく価値もないか」
「待ってくれ! 俺は雑魚だが下っ端じゃない。超優秀な諜報員なんだ」
命乞いをする男をレンセとトキナが冷めた目で見つめる。
「嘘じゃない。機関はイルハダルが神の塔に戻る前に攻撃をしかけるつもりだ。そのために有用な情報がないか調べるために俺はここまでやってきた。俺が持ち帰る情報次第では攻撃を止めることも可能だぞ? だが俺が戻らなければ予定通り攻撃は実行される。貴様らイルハダルも終わりと言うわけだ」
男はレンセとトキナをイルハダルのメンバーと思い込んでいる。その上で自分を使えばイルハダルに対する攻撃をやめさせられるぞと提案していた。
とんだ勘違い男である。この男が優秀な諜報員などではないことはあきらかだった。
「あなたが戻らなかったら予定通りって、やっぱりあなた下っ端じゃないですか。助けが来るわけでもないんでしょ? しかも情報喋りすぎだし」
「いやいやいやうん。だが話の方は本当だぞ! 飛空艇艦隊十隻による大規模作戦だ。このままなら明後日には攻撃が始まるんだぞ!」
男が優秀な諜報員かはともかく、攻撃があるのは確からしい。
千人以上の兵を動員する大規模作戦であるため、この男のような下っ端でも情報を持っていると言うわけだ。
男の話を聞き、レンセとトキナは互いに顔を見合わせる。
「創世神教会とイルハダルの大規模会戦。空中要塞に侵入するにはまたとない好機じゃの」
「そうだね。全員を助けるのは難しそうだけど、この機を逃す手はない」
「……決まりじゃな」
創世神教会とイルハダルの戦闘に紛れて仲間を助け出す。レンセとトキナは互いに顔を見合わせ方針を確認しあった。
話が飲み込めない侵入者の男だけが、まぬけな顔で二人を見ている。
「この男の人はどうしようか?」
「いらぬことを話されても面倒じゃしの。妾が封印されてた部屋に放り込むのはどうじゃ。水でも置いといてやれば普通の人間でもしばらくは生きられるじゃろう」
「そうだね。じゃあ出発まであの部屋で監禁して、僕達がここを出る時に解放する感じでいいかな」
「うむ、それで良いじゃろう」
二人は男を封印部屋へと閉じ込め、改めて次の行動を確認する。
「降ってわいたような好機じゃが、与えられた時間は少ないの」
「うん。創世神教会は要塞が神の塔に着く前に攻撃をしかけるつもりだ。空中要塞はここからすでに離れてる。僕なら一日あれば追いつけるはずだけど」
「妾も魔法で空は飛べる。速度も問題はないはずじゃ」
「じゃあ今日一日は休めるね。情報を得るには少ないけど今日中にここの探索を終わらせて、明日の朝には出発だね。空中要塞に追いついたら戦いが始まるまでどこかに身を潜める感じで」
「うむ。道具や何かも、ここで貰える物は貰っておこう。使える物があればよいがの」
「うん」
レンセとトキナは素早く行動を開始する。
二手に分かれ最下層の探索を開始した。
質は良くないが装備品も備蓄があったため、トキナはボロボロだった服を着替えている。
レンセの方は今つけているものよりいい装備が見つからない。ただし回復薬などの消耗品は手に入った。中には魔力を回復させるアイテムもあり、明日の強行軍に備え道具入れにつめられるだけつめておく。
情報の方については、大したものは得られなかった。
ただし地図を発見する。ニムルス地下迷宮から神の塔までが範囲に含まれる地図だ。レンセは地図上で改めて進むべき方向を確認する。
その後はトキナと二人で軽めの食事を取り、風呂にも入る。
この最下層には小さな浴場もあったのだ。
ちなみに風呂に入る際には一悶着あったりしたが。
「……妾は助けられた身じゃからの。主に背中を流せと命じられれば、妾には一緒に風呂に入るのを断る権利はないじゃろう」
「僕そんな鬼畜じゃないよ!」
そんな感じで風呂には別々で入っていた。
ただし寝るのは二人一緒の部屋である。これは安全面を考慮した上でのものであり、トキナの方から言い出したことだ。
レンセも二人一緒の方が何かあった時対処しやすいと考えトキナの提案を受け入れる。
二人部屋があったためその日はそこで寝ることにした。
だが。
「その……なんじゃ。……一緒に寝させてもらってはいかぬかの」
部屋にはベッドが二つあった。だがトキナがレンセのベッドへと入りたがる。
「……恥ずかしい話なのじゃが。一人ではどうしても眠れる気がせぬでの。もちろん主が嫌でなければなのじゃが」
「えっ、でも……トキナさん封印されてた間はずっと一人じゃ」
そこまで言いかけ、レンセはトキナの言葉の真の意味に気が付く。
「……もしかしてトキナさん。封印されてる間……ずっと眠れてなかったの?」
「……あまりの。良くは分からぬ。自分が寝てるのか起きてるのかも分からぬ状態は多かったが」
封印部屋の中で、トキナは両手を鎖に繋がれたまま“座った状態”でそこにいた。
トキナは封印されている数十年、ずっと座ったままだったのだ。とても熟睡出来る状態ではない。
魔族は高濃度の魔素さえあれば、飲み食いなしでも生きられる。
だが飢えないわけではない。
眠れなくても生きられはするが、眠くならないわけでもない。
トキナがこの数十年いかに過酷な状況におかれていたのか、レンセは改めて痛感する。
「……僕で良かったら。いくらでもトキナさんのそばにいるよ」
「……ありがとうの」
もぞもぞとベッドに入るトキナの姿をレンセは改めて見つめる。
小さいなとレンセは思った。何がと言うわけではない。彩亜と比べて小さいとかレンセはそんなことを考える男ではない。
トキナはやはり中学生くらいにしか見えなかった。事実魔族化した時には十四歳だったとレンセはトキナから聞いている。
トキナはその後すぐに封印された。
たった十四歳の女の子が、その後何十年も飲み食いも出来ず、まともに眠ることさえ叶わぬ状況で生き続けて来たのだ。それがどれだけ過酷であったか、レンセは想像するだけで思わず涙がこぼれそうになる。
レンセはきつくトキナを抱きしめた。だが力を込めすぎたと思い、レンセは慌てて力をゆるめる。
トキナは平気そうだったが。
トキナの体は折れそうな程に細いが魔族である。レンセが強く抱きしめただけでどうにかなるわけがない。
トキナは心配するレンセを楽しそうに見つめ、その後少ししんみりした表情でつぶやいた。
「……この世界に来て初めて、妾は人間らしい気持ちになれておるかも知れぬ」
改めてレンセはトキナを優しく抱きしめる。トキナもとまどいがちにレンセの体を抱きしめた。
二人は眠りに落ちるまで、互いに体を抱きしめ続ける。




