07 奪還計画
「体の方はもういいの?」
「大丈夫じゃ。この部屋は魔素が濃いからの。もう行動する分には支障ない。ちゃんとした物が食えるようになるにはまだ時間がかかるはずじゃがの」
レンセはトキナを膝枕しつつ砂糖水を飲ませていた。その砂糖水を一しきり飲み終えた時点でトキナは驚くべき回復力を見せている。体の線こそまだ細いが、肌には色艶が完全に戻っていた。
「この部屋は元々妾を生かす為に設計されておったような物じゃからの。水さえなしで何十年も生きられていた場所じゃ。しばらくこうしておれば妾の体力も半分程度は回復するじゃろう。お主の膝の上も……なかなか寝心地が良いしの」
レンセはもうしばらくの間トキナを膝枕し続ける。
そうしながら様々な情報をトキナから得た。
「……妾は魔族になった時点でイルハダルに攻撃をしかけた。じゃがシュダーディにはかなわずこの様じゃ。その妾がこうして生かされておったのは、異世界とのリンクの為とか言っておったの。イルハダルも任意の異世界から好きに召喚できるわけではないらしい。じゃが生きた異世界人がここにおれば、その異世界人が元居た世界からの召喚は可能じゃと言っておったわ。くわしい仕組みは知らぬがの」
トキナは追加の砂糖水を飲みつつ話を続ける。
「……妾達をこの世界に召喚したのはボコラムじゃ。異世界召喚は奴のユニークスキルじゃと聞いておる。ボコラム以外に同種のスキルを持つ者はおらぬという話じゃ。つまり奴さえ殺せば地球から新たな被召喚者が召喚されることは防げるし、生きたまま捕らえられれば地球への帰還も可能かも知れぬ」
レンセ達を召喚した召喚者がボコラムであることはレンセ達も知っていた。だがそのことについて、要塞で話したことはほとんどない。
それはあまりに無意味なことであったからだ。
要塞にいた時点では、レンセ達とボコラムとの間には圧倒的な力の差があった。そのためボコラムを制圧すれば地球に帰れるかも知れないとしても、なんの慰めにもなりはしなかったのだ。
だが今は違う。
今のレンセならボコラムとも互角に戦える。
トキナの力も加われば、生きたままボコラムを制圧するのも不可能ではないだろう。
「ボコラムを捕らえられたとしてもすぐ地球に帰れるとは思えぬがの。そもそも奴らは数十年に一度しか異世界人を召喚出来ぬ。ボコラムのスキルで地球への帰還が可能としても、帰還ならいつでも出来るとは限らぬじゃろう」
望みは薄いと言えた。
異世界からの召喚が可能であれば、送還も出来る可能性は高い。ただし、その召喚自体が数十年に一度しか出来ないのだ。
送還にも同じ条件が必要なら、そのタイミングでしかレンセ達も地球へ帰ることは出来ない。
「もっとも、今はそんなことを考える段階でもないじゃろう。地球に帰れるに越したことはないはずじゃが、まずは主の仲間を救うのが先じゃ。その交渉材料としては、ボコラムは十分使えるかも知れぬ。なにせ奴らの言い分を信じるなら、ボコラムがいなければ今後召喚自体が不可能になるのじゃからの。ただし――」
トキナは厳しい口調で続ける。
「もちろんボコラムも雑魚ではない。本人以上に奴が召喚する召喚獣もやっかいじゃしの。そしてシュダーディじゃ。奴もボコラムが人質に取られる危険は考慮しておるじゃろう。結論として、シュダーディの目を盗んでボコラムを拉致するのは現実的ではないかも知れぬ」
地球に帰るためならともかく、現時点ではボコラムを倒すのは難しいとトキナは結論付ける。
レンセとトキナは、生徒達を助けることに重点をおいて話を進めた。
だがレンセもトキナも魔族と言えど、二人だけではクラスメイト全員を助けるのは不可能という結論に達する。
「どうしても全員を助けたいのであれば、やはりイルハダルそのものを倒せる戦力が必要じゃ。一応、妾が知るだけでもそれに足る戦力は存在する。――創世神教会。この世界における最大の宗教組織じゃ。その中にある対魔族機関。奴らはイルハダルの天敵と言ってもよい。ただし妾達が創世神教会の助力を得るのはまず不可能じゃがの。創世神教会は魔族そのものを滅ぼすべき悪じゃと認識しておる」
トキナは他にもこの世界における主要な勢力について話を続けた。だがそのどれもが、レンセ達の助けにはならないという結論にいたる。
理由は、二人が共に魔族化していたためである。
創世神教会の教義において、魔族は死人とされていた。既に死んでいるから成長することも老うこともなく、子供が生まれることもない。つまり人としての生を終えてなお動き続けるのが魔族であるという考えだ。
濃い魔力さえあれば水なしで何年も生きられるという魔族の特性も、彼らの考えをより強固な物へと変えていた。
そのため創世神教会にとって、魔族はこの世にあってはならない物とされていたのだ。
つまり魔族化しているレンセとトキナは、この世界において存在そのものが悪なのである。
「……正攻法で助力を得るのは難しそうだね」
「じゃろうな。じゃからどういう方法にせよ、仲間全員を助けるのは困難を極める。じゃが数人だけなら、主と妾の力があれば助けるられると思うぞ。妾が囮になれば、彩亜という娘一人くらい主の力だけで助け出せるはずじゃ。うまくいけばもう一人くらいは助けられるかも知れぬの」
レンセの心が揺らぐ。
出来ることなら、クラスメイト全員を助けたいとレンセは思っている。だが状況は厳しく、現状では全員を助ける手立てがない。
だが少数なら、彩亜に加え上手くいけば芹までは助けられるかも知れない。
「まあそれも上手くいけばの話じゃ。この最下層を調べておれば状況が変わるような情報が出るかも知れぬしの。主に介抱してもらったおかげで妾もだいぶ回復した。結論を出す前にまずはここを調べるべきじゃろう」
トキナに言われ、レンセも結論はひとまず保留にする。
イルハダルに潜入して彩亜と芹だけを助け出すにせよ、入念な準備と計画が必要だ。そのためにもまず、ここを調べるのが先決だとレンセは思う。
レンセは体力を取り戻したトキナを抱っこして封印部屋を後にした。
「……もう自分の足で歩け……いや何でもない」
すっかりレンセになついてしまったトキナである。
だがここで、レンセの感知能力が人の気配を感じ取る。
「……奴らか?」
「ううん。多分イルハダルのメンバーじゃない。反応が弱いし、一人だけみたいだ」
二人に緊張が走る。
「でもこっちに気付かれても良いことはないよね。まずは制圧して、その後何者か確かめようか」
「うむ。じゃが殺すなよ」
「もちろん」
レンセはトキナを地面に立たせ、身に纏うオリハルコンマントの調子を確かめる。
「黄金球を使うと相手が死んじゃうかも知れないからね。飛行で一気に近づいて素手で制圧してくるよ」
言うと同時にレンセは高速で飛翔する。そしてすぐ侵入者を制圧した。
そのまま侵入者の男を抱えトキナの元まで戻ってくる。
「……ただの雑魚じゃったか」
「うん。大したことない相手だったよ。迷宮の魔物の方が強かったくらい」
レンセは侵入者を床に下ろした。気絶している男を床の上で仰向けに寝かせる。
だがここでトキナの顔色が変わった。
男の着る服を見て、トキナは真剣な顔つきで告げる。
「驚いたの……こやつ、創世神教会の人間じゃ。しかも対魔族機関の者じゃの。実力的に下っ端ではあるようじゃが」




