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06 願いと贖罪

 レンセは少女を膝枕しつつ彼女に砂糖水を分けていた。正確には薄い蜂蜜のようなドロップアイテムを飲ませている。


 何十年も何も食べていないであろう少女に固形物はまずいと判断したためだ。


 そうして砂糖水を飲ませているだけで、少女の体にわずかずつだが生気が戻るのをレンセは感じていた。


「……きな」


「ん?」


「……京極きょうごく 時奈トキナ。妾の名じゃ」


 少女は顔を横に向けたままつぶやいた。


「トキナって言うのか。いい名前だね。僕は国松くにまつ 煉施レンセだよ。よろしくねトキナちゃん」


「……ちゃん付けはやめよ。少なくともぬしより年上のはずじゃ」


「あ、そっかごめんね。んと……トキナさん」


「うむ」


 そうしてまたしばらく沈黙が訪れる。



 トキナと名乗る少女の回復は早く、砂糖水だけでトキナの体には生気が戻り始めていた。


 体が元々小さいため、トキナの体は抱きしめれば折れてしまいそうなほどに細い。だが肌にもつやが戻り始め、トキナ本来の姿がレンセの瞳に映る。


 レンセはトキナを綺麗だと感じた。


 幼い容姿ながらも可愛さより美しさを感じさせる少女である。まっすぐ伸びた赤い髪にもつやが戻り、目を見張るような美しい少女となってレンセの目に飛び込んでくる。


 だが服はボロボロのままであり、このような美しい少女が、こんな部屋に何十年も閉じ込められていた事実にレンセは憤りを覚える。


 そんなレンセの顔を、トキナは何度か振り向き眺める。


 だが長く見つめることはせず、レンセから顔をそむけたままトキナはつぶやいた。


「……情けないの」


 独り言のように、小さな声でトキナは言葉を紡ぐ。


「封印を解き助けてもらったというのに……妾は礼を言うどころか主を攻撃しようとした。あげくそれすらまともに出来ず、こうして主に膝枕までされ介抱を受けておる……」



 実はトキナは、初めからレンセを殺す気などなかった。


 だがただ助けられては、そこで上下関係が固まってしまう。それでは己の復讐に支障が出る。そう判断し、トキナは一度レンセを制圧するつもりだったのだ。


 その上で封印を解いてもらった礼としてレンセを解放し、その後は自らが上に立つか、少なくとも対等の立場でその後の話を進めるつもりだったのだ。


 だがその目論みはもろくも崩れ去った。


 結果として恩を仇で返す醜態をさらした上に、その場で無防備に倒れると言う醜態をさらに重ね、あげくの果てにはその殺そうとした相手に膝枕までされこうして介抱されている始末である。


 はっきり言ってトキナはもう泣きたかった。あまりに自分がみじめ過ぎて。


 実際トキナはちょっと半泣きである。レンセの顔を出来るだけ見ないようにしているのもそのためだ。


「……完全に妾の負けじゃ。あまりに醜態をさらし過ぎた。……許されるなら、助けてもらった恩を主に返させてほしい。……じゃが妾にはなさねばならぬことがある。妾は例えどれだけ時間がかかろうと、絶対にイルハダルを壊滅させる。そしてボコラムには……死よりも辛い報いを受けさせる」


 トキナの声には、小さいながらも強い意志がこもっていた。


 前回の召喚時に一体何があったかなどレンセには想像もつかない。だがトキナの声を聞くだけで、復讐に足るだけの辛い出来事があった事だけははっきりと伝わってきた。


「……主はイルハダルの敵じゃと言った。妾と同じく日本から召喚されたとも。恐らく、妾と似たようなことがあったのじゃろう。じゃが出来ることなら……ボコラムだけはどうか妾に殺させてほしい。それだけが妾の生きる意味なのじゃ」


 トキナはイルハダルに対し深い恨みを持っている。だがさらにその上で、ボコラム個人に対して強い憎しみを抱いていた。


 レンセは当然、トキナに何があったのか聞きたかった。だがこれだけの憎しみを抱くに至る理由。簡単に聞いて良い物ではないとレンセは思う。


 だからレンセは、トキナのことを聞くより自分の現状をトキナに話した。


「僕は多分、トキナさんほど彼らに恨みは抱いてないよ。ここに来たのも、彼らに復讐する為じゃないんだ。僕の仲間は……まだ生きているから」



 レンセはこれまでのいきさつをトキナに話した。



「なるほどの。……主も色々あったのじゃな。じゃがなれば……恨みも抱いておるじゃろう。イルハダルに対してだけではない。お主を生贄に捧げ、見捨てたクラスの仲間ども。そいつらにも恨みは沸かぬのか? ましてや助けるなど。お主は……そんな目にあってまでくやしいという気持ちは持たぬのか? 許せぬ思いは持たぬのか?」


「もちろん許せないよ」


 レンセは即答する。

 だがレンセの答えは……トキナが思う物とは全く違っていた。


「もちろんくやしいし許せない。でも僕が一番許せないのは、誰でもない、僕自身のことなんだ。僕は彩亜に助けてもらった。だからこうして今も生きている。なのに僕は……彩亜を信じてあげられなかった。彩亜は僕を助ける為に必死の思いであの場に立っていたのに。僕は最後まで彩亜を信じられなかったんだ。だから僕は何より僕自身が許せないし、だから復讐より何より、僕は彩亜を助けたいんだ。彩亜を助けて、あの時のことを、僕は彩亜に謝りたい」


 これが、レンセの思いだった。


 彩亜を助けたい。芹を含む他の生徒達も助けたい。これはもちろん大前提である。だがそれと同じくらい、レンセは彩亜に謝りたかった。彩亜に許してもらえなければ、レンセは自分を一生許せない。



 トキナはレンセの話を、ただ黙って聞いていた。だがレンセが話を終えその心の内を理解すると、トキナの目からは、一筋の涙がこぼれていた。


「主は……まだ間に合うのじゃな」


 トキナはレンセの目を真っ直ぐ見つめる。


「……妾は家にいる時に召喚された。もっとも妾と姉上以外は使用人じゃったがの。その中で姉上は、ずっと妾を守ってくれていた。じゃが愚かな妾は姉上の真意も知らず、男に身を委ねる姉上を軽蔑さえしておった。……妾を守る為に姉上が自分を犠牲にしていたと知ったのは、姉上が死んだ後じゃった。妾にはもう……姉上に謝ることも、贖罪する機会を与えてもらうことも叶わぬ。じゃがお主は、まだ謝ることが出来る。自分を助けてくれた者を、まだ救い出すことが出来る」


 トキナは……自分の胸の内をレンセに明かした。そしてトキナは、自分にはもう果たせぬ思いをレンセに重ねる。


「……妾は主に助けられた。じゃから妾が主を助けるのは当然じゃ。じゃがそれだけではない。主にはまだ……希望があるのじゃ。妾にはもう果たせぬ願いを果たす希望が。レンセよ。彩亜という娘を主は必ずその手で助けよ。そのためなら妾も全力で主に手を貸そう」


 トキナの目には涙があふれていた。


 トキナは……姉を救いたかった。そしてそれ以上に、自分を守ってくれていた姉に、そうと知らずに軽蔑してしまった自分を許してもらいたかった。


 だがトキナが真実を知った時には全てが遅く、トキナは贖罪の機会を永遠に失ってしまった。


 状況は違えど、トキナとレンセは同じであった。トキナはイルハダルが許せない。だがそれ以上に、姉を信じることが出来なかった自分自身が許せなかった。


 贖罪の機会を永遠に失ったトキナは、一生自分を許すことは出来ないだろう。



 だからこそトキナは、レンセを助けると心に誓う。



 レンセはかつての自分と似た境遇にあり、そしてまだ間に合うのだから。自分にはもう果たせぬ思いを、彼はまだ果たすことが出来るのだから。


 トキナは目に涙を浮かべたまま、真っ直ぐレンセを見つめ続けていた。


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