05 封じられし少女
部屋の中は儀式場のような雰囲気だった。広い部屋の中に丸い柱が何本か立っている。光源として淡い光を放つ石が壁に備え付けてあるが全体的に暗かった。
その薄暗い部屋の中、地面に張り巡らされた幾層もの魔方陣が青白い光を放っている。いかも怪しげな雰囲気だ。
だが視覚的な物以上にその部屋は他とは違っていた。
(部屋全体が魔力を帯びている……?)
部屋の中は高濃度の魔力に満ちていた。
この世界はあらゆる場所に魔素と呼ばれる物質が存在する。それは空気のような物であり、この世界の人間が魔法を使えるのもその魔素を大気中から摂取しているためである。
ただ普通の場所における魔素は濃度が低く、意識して感じられるレベルではない。
だがこの部屋には通常の何万倍もの魔素が密集しており、そのためレンセは部屋そのものが魔力を帯びているように感じていた。
レンセ自身もその魔素の影響を受けており、先程の戦いで消費した魔力が急速に回復するのを感じている。
「一体何が出てくるか……」
レンセは注意を払いつつ奥へと進む。
そして、一番予想通りのものを発見した。
「……この娘が、封印されたって言う魔族か」
部屋の中央、幾重にも張り巡らされた魔方陣の中にその少女はいた。
年齢は十代前半くらいに見える。髪は真っ赤なロングヘアだが顔立ちは日本人の面影を残していた。胸は膨らみかけのほんのりBカップである。
服は和服のようにも見えるが長い年月が経ちボロボロになってしまっていた。
そんな少女が両手を鎖につながれた状態で床に座り込んでいる。長期間幽閉され続けたためか、体はやせ細っており生気を感じさせない。
だがその目は強い意志を宿しており、少女は血のように赤い光を放つその眼で、レンセの顔を真っ直ぐに見つめている。
レンセと目があった初めの一瞬、少女の目には強い憎悪が宿っていた。だがレンセを認識してすぐ、その瞳は冷静な物へと変わっている。
少女はレンセを見定めようとしていた。
これはレンセの方も同じである。互いに相手がどんな人間か見極めようとしている。
そうしてしばらくの時がたち、少女の方から口を開いた。
「見たところ貴様は魔族のようじゃが……一人か? 妾の後継ならシュダーディかボコラムあたりがそばについていそうなものじゃが」
少女はレンセのことをイルハダルのメンバーと思っているようだ。少女を見極めるためにもまずはその誤解を解くべきだとレンセは判断した。
「ボコラムもシュダーディもいないよ。彼らは今、神の塔に移動中。ここには僕一人で来た。そして僕は……イルハダルのメンバーじゃない。日本から無理やり召喚されたんだ。彼らは敵だと言っていい」
レンセの言葉に少女はしばし考える。そして表情を変えずにこう言った。
「なら妾の枷をはずしてくれぬか。妾も奴らの敵じゃ。妾についておる首輪を破壊してくれ。これが封印の本体じゃ。魔族の力があれば簡単に壊せるじゃろう。そしてこの首輪さえなくなれば、後の封印は妾自身の力で全て破れる」
そう語る少女の目を、レンセは真っ直ぐに見つめていた。
少女の目はレンセを信用しているようには思えない。ただ利用しようとしか考えていない目であった。封印さえ解ければ、レンセに襲い掛かりでもしそうな雰囲気である。
だがレンセは迷うことなく少女の隣に座り込み、首にある封印の首輪に手をかけた。
レンセの行動に少女の顔色が少し変わる。
「お主……妾のことを信用するのか? 無防備すぎる。それとも何か考えでもあるのか?」
何も聞かずに封印を解こうとするレンセに少女は疑問を投げかけた。
「……君のことを信用したってわけじゃないよ。でも僕は君に信用してほしいと思ってる。だから先に信頼を示すべきだと判断したんだ。それに……」
レンセは改めて少女の姿を見つめる。目には強い意志が宿っているが、その体はミイラのようにやせ細り、生きているのが不思議なほどだった。
「君が……あまりに儚く見えたから」
瞬間、少女の目に憤怒が宿るのをレンセは感じる。弱いと判断されたと思い、少女の目には怒気が渦巻いていた。
だがレンセはそんな様子を無視して少女の首輪に手をかける。そのまま力任せに首輪を引きちぎった。
そうしてレンセが封印を解いた瞬間――これまで感じたことのない魔力が部屋全体を覆い尽くす。
今のレンセよりさらに多い魔力である。シュダーディやボコラムからでさえ、レンセは今までこれほどの魔力を感じたことはなかった。
「……妾の力を見誤ったの」
少女は圧倒的な魔力を身に纏わせつつレンセに殺気を放つ。
「……封印される前は、妾も貴様と大して変わらぬ力しか持ってはおらなんだ。じゃがこの部屋に閉じ込められて以来ずっと、妾は力を磨いておったのじゃ。全てに復讐するためにの」
少女の両腕から黒い炎が湧き上がり、彼女を縛る鎖を消し炭のように燃やし尽くす。地面には亀裂が走り、青白く光っていた魔方陣もはかなく消え去っていた。もはや少女を縛る物は何もない。
だが自分より強い魔力にあてられてなお、少女に対するレンセの認識は変わらなかった。
「でも、ご飯食べてないんでしょ。いくら強くても今の君は見てられないよ。何をするにもまず、君の体調を整えなくちゃ」
レンセは――少女を見ていられなかったのだ。
少女が自分より強いか弱いかなど眼中にもない。味方に出来るかどうかも関係なかった。それ以前に――
――十代前半にしか見えない少女が死にそうにやせ細っているのを、レンセは見ていられなかったのだ。
そんなレンセの様子を見て、少女は吐き捨てるようにこう言った。
「……間抜けが。敵か以前に甘すぎる。貴様を殺して妾は自力で――」
少女はレンセの態度に怒っていた。レンセを亡き者にしようと手の平を向け魔法を放とうとする。
だがその瞬間、少女は力なく地面へ崩れ落ちた。
「何十年も閉じ込められて、魔力も封じられてたんでしょ。なのに魔力をいきなり全開にして……君の体が悲鳴をあげてるよ」
少女のあまりに膨大な魔力に、彼女の体自体がついていけなかった。
少女はあおむけに倒れたまま、顔に手を置きくやしげな表情を浮かべる。
「くそっ……こんな所で……。妾は復讐を果たさねばならぬのじゃ。姉上の……。愚かだった妾自身の贖罪のためにも……。それがこんな所で……」
少女は顔を上に向けたまま、泣きそうな声で小さくつぶやく。
「大丈夫。……僕は敵じゃないから。君が僕を手伝ってくれるのなら……君の目的もきっと果たせる」
悔しげに呻く少女の隣にそっとレンセはしゃがみこむ。
そのままレンセは、少女が落ち着くまで黙って隣に座り続けた。




