12 生贄の儀式
生徒達は青ざめた顔で固まっていた。
当然である。いきなりクラスメイトを生贄に出せと言われて選べるはずがない。生徒達は互いに顔を見合わせ震えていた。
この生贄の儀式はシュダーディが考えた物である。
異世界からの召喚者を下僕とするための仕上げの儀式だ。
ここでクラスメイトを生贄として差し出せば、生徒達の絆は完全に崩壊する。
自分が助かる為に仲間を見捨てたという事実は、これから生徒達全員の心を苛む。そして同時に……自分も見捨てられるという疑念が生徒全員の心に生まれる。
自分は仲間を見捨てた。他のみんなも仲間を見捨てた。じゃあ……次に自分が同じ立場となった時、みんなは自分を助けてくれるのか?
そんなことはあり得ないという事実。もしくは疑念を、生徒全員がその心に宿すのだ。
これこそがこの儀式における一番の目的なのである。
青ざめる生徒達をシュダーディは満足げな顔で見つめる。
時間はかければかけるほどよい。熟慮して、自らの意志で生贄を選ぶからこそ意味があるのだ。自ら選んで仲間を殺す。そこまでの熟慮の時間が長ければ長いほど、選び終えた後の罪悪感もよりますのである。
だがこのシュダーディの思惑は、思わぬところから少し崩れる。
シュダーディの予想より遥かに早く、生贄を指名する生徒が現れたのだ。
「レンセを生贄に指名する」
剛であった。
予想外に早く生贄が指名されたこと、そしてそれがレンセであるという事実に多くの生徒が驚愕する。
だがそんな中、ボコラムだけはこれ以上ないほど嬉しそうな笑みを浮かべていた。
そう、これはボコラムが画策したレンセの抹殺計画なのである。
生贄の儀式そのものは生徒を召喚する前から決まっていた。
だが本来、生贄となる生徒は誰になるか分からない。
シュダーディの考えを正しく行えば、生贄にはクラスで一番嫌われている者がなるはずである。それこそ現状なら、剛が生贄に選ばれてもおかしくない。
そうして嫌いな者を自ら選んで生贄に差し出すことも、この儀式にとっては重要な要素の一つであるのだ。
だがボコラムはそこまで理解が及んでいなかった。
だからボコラムは、この儀式を利用してのレンセ抹殺を計画する。
ボコラムの行動は早かった。
シュダーディとの謁見があったあの日の内に、ボコラムは剛を引き込み手先と化していたのである。
そしてその後の十日。ボコラムは剛を使って根回しをしていた。
生徒達は迷宮攻略の報酬として少額の貨幣を貰っている。
ボコラムはそれに加えて褒美を剛に横流ししていた。その褒美を使って剛の言う事を聞く人間を増やさせる。
そうして複数の生徒が密かに買収されていたのである。
現在ボコラムと剛の姦策により、十名もの生徒が剛の側に回っている。
「フ、フヒヒ……僕もレンセ君を生贄に指名するよ」
読書が趣味の少年、野崎 小太郎である。
小太郎は強い能力を得ていなかった。そのためもらえる報酬も少なくそこを剛に狙われる。
わずかな食糧と引き換えに、一度だけ言う事を聞くように言われていたのだ。
もちろん、それが今日だと小太郎は思いもしていなかった。たった一度言う事を聞く約束で、人一人を生贄として差し出すのである。
本来なら簡単に決断できる物ではない。
だがここでレンセを生贄にしなければ自分が生贄にされるかも知れない。その恐怖が小太郎の決断を後押ししていた。
そして小太郎のこの心情は、買収された他の生徒達にも共通していた。
「僕もレンセ君を指名するよぉ~」
「俺もだ。レンセは調子に乗り過ぎた」
剛の子分二人が小太郎に続く。さらに不良の女子二人が続き、この時点で六人もの生徒がレンセを生贄として指名していた。
そんな生徒達の様子を見て、芹はこの異常さにいち早く気付く。
――仕組まれている。
芹はこの流れが意図的な物だと気づき、さらにこれを仕組んだのがボコラムだろうという所にまで思い至る。
だが、打開策が見えない。
芹が思考を巡らし始めた後も、さらに一人の男子がレンセを生贄として指名する。
一体何人が取りこまれている?
芹は全力で考えた。
例え複数の生徒が取り込まれていたとしても、レンセの人望も負けてはいない。レンセは十日間の指揮を通じて生徒達の信頼を勝ち取っていたのだ。
レンセに味方する生徒も半数以上いるはずである。
その過半数の生徒をまとめられさえすれば、レンセが生贄になるのは阻止できる。
だが……ここで芹は悩む。レンセの代わりに、誰を生贄に捧げるのかと。
生贄にする生徒を芹が考え始めたその時、他の生徒が先に動いた。
《氷使い》の天羽 まゆである。
「剛が生贄になれー」
「そ、そうよ! 私も剛を指名するわ! あんたが死になさいよこのゲス野郎!」
まゆに続いて次々に生徒達が剛を指名する。
カウンターだ。
不良の剛は元々女子から怖がられていた。だがそれに加えて、最初にレンセを指名した人間として罪の意識をあまり持つことなく生贄として指名出来る。
この流れを見て芹もこれがベストかと思う。だが。
「最初に生贄を指名した者は生贄対象から除外する」
シュダーディの一声が舞い降りた。
これは元から取り決められていたことだ。
最初に生贄を指名する人間。その人間は逆に生贄として指名されやすい。仲間を生贄に捧げるような人間なのだから、お前こそが生贄になれという理屈である。
だがこれはイルハダルにとって面白くない。
自業自得で生贄が決まっては、生徒達の罪悪感が減ってしまうからである。
だから最初の一人。この一名だけは生贄には出来ないと決めていた。
よって生贄は剛以外から選ばれなければならない。
「駄目か」
芹は素早く頭を切り替える。ゴネる生徒も中にはいたが無意味だと芹は理解していた。シュダーディが決めていることがここで覆ることはありえない。
ならば次善策。
剛以外で生徒達の票をまとめられる人間。
……小太郎でいけるか? 芹は素早く判断する。
小太郎は強い能力を持っていない。そのため剛に買収されたような男だ。使えない人間でありかつ二番目にレンセを指名した少年。自業自得な面も含めて生徒の票を集められるかも知れない。
だが芹は、小太郎に対して特に恨みなどを抱いてはいなかった。
ここで小太郎を指名し、生徒達の票が集まればレンセの代わりに小太郎が死ぬ。
自らの決断でクラスメイトを殺すことに芹は一瞬躊躇した。
だが、これは必要なことなのだと芹はすぐに決意を固める。
例え他の生徒を犠牲にしてでも、ここでレンセを死なせるわけにはいかない。
芹は自らの決断で小太郎を死に追いやる覚悟を固める。自分達の未来のために、クラスメイトを生贄に捧げる覚悟を。
「私は小太――」
芹は決意を持って小太郎を生贄に指名しようとした。だが――
「決まりで良いのではないですか? レンセにはすでに十分な票が集まっていると思いますが」
ボコラムが芹の言葉を遮る。
芹が決断するまでの時間は決して長くはなかった。だが……あらかじめ準備していたボコラムに一歩遅れる。
「ふむ。確かにの……多数決には十分な票が集まっておるとは言える」
シュダーディがボコラムの意見に賛同する。
シュダーディ自身、ボコラムの行動には違和感があった。だがだからと言って、シュダーディにそれを止める理由はない。
今目の前で展開されている状況もシュダーディにとって悪くはないのだ。
このままレンセが生贄になれば、レンセを生贄に捧げた側と反対した側で生徒は真っ二つに割れるだろう。それはそれで面白いとシュダーディは思った。
だからシュダーディは深く考えずにボコラムの意見を採用する。
だが実はシュダーディ自身、心の奥底で懸念を抱いていたのかも知れない。レンセという少年は、殺せるうちに殺すべきだと。
最初に謁見の間で出会った日から、シュダーディはレンセに警戒心を持っていたのだ。
「……生贄は国松 煉施に決定する」
シュダーディの最終勧告である。
この場において、シュダーディの発言は覆らない。
レンセが生贄へと決まった瞬間であった。




