01 異世界
――絶対に、こんな所で、このまま死ぬなんて許せない。
高度五千メートルの上空から落下しつつ、国松 煉施はくやしさに押しつぶされそうな顔で上を睨む。彼の視線の先にある物は、そのほとんどが鉄で出来た巨大な空中要塞。
その要塞の上でレンセを刺した少女、西堀 彩亜。彼女の最後の表情を、レンセは決して忘れない。
幼馴染の少女の、くやしさと悲しさに満ちた、あの表情を。
そして彼女にそんな顔をさせてしまった、自分自身のふがいなさを、レンセは決して忘れない。
――死んでる場合じゃない!
レンセは自分の脇腹へと手を伸ばし、傷口に刺さる一振りのナイフを掴み取る。幼馴染の少女が、レンセの脇腹へと深く突き刺したそのナイフを。
レンセはそのナイフを勢いよく抜き取り、強く握りしめ天に掲げた。
そこに持てるだけの魔力を、今ある限界以上のあらゆる力を、レンセは自らの全てを注ぎ込むような思いで一振りのナイフに注ぎこむ。
絶対に、あの要塞に再び戻ると心に誓って――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
国松 煉施は栗色の髪を持つあどけない顔の少年だ。友達は少ないが特にいじめられているという事もない。
そんなレンセは幸せに包まれながら高校一年の教室で昼食を食べていた。
「……レンセ、おいしい?」
幸せそうにたこさんウインナーを頬張るレンセを見つめ、前の席に座る少女、西堀 彩亜が尋ねる。
西堀 彩亜は黒髪ボブカットの少女だ。背格好は女子の平均、ただし胸はFカップ。レンセの幼馴染である。
その顔立ちは美しく男子からの人気もクラスで二番目に高い。俗に言うクール系の美少女だった。
そんな彩亜は今日も自分の箸を使って、レンセの口の中に直接おかずを差し入れている。
「だし巻き玉子もあるよ。……食べる?」
「うん食べる。ありがとう彩亜」
「じゃあ……はい、あーん」
「うんおいしい」
レンセは幸せの真っ只中にいた。
そんなレンセの様子を、苦虫を噛み潰したような顔で見つめる一人の男がいる。
錦山 剛だ。彼は髪の毛をオレンジ色に染めたチンピラめいた不良であり、このクラスにも何人かいる、西堀 彩亜のファンの一人でもあった。
「……爆発しろ」
剛は誰にも聞こえないほど小さな声でそうつぶやく。
そうして剛は教室から出ようとした。錦山 剛は不良であり、午後の授業をサボったりすることが多い。
その理由の一つが、レンセと彩亜のラブラブっぷりに怒りでおかしくなりそうだからと言うのは、誰も知らない一つの真実だったりする。
――その剛が教室のドアに手をかけた瞬間、事件は起きた。
「……なんだよこの光」
剛が教室の中を振り返って見ると、教室全体が謎の白い光に包まれている。
「……えっ?」
「何これ?」
「何なのこの光」
「キャー」
教室にいる生徒達がそれぞれ多様な反応を示す。
そうして教室内にいた生徒二十八名は、昼休みに忽然と姿を消した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
教室全体が光りに包まれ、気が付くと全く別の場所にいる。座った姿勢のまま机と椅子がなくなったため、教室内にいたほぼ全員が尻もちをついていた。
壁、床、天井……全てが鉄で出来た広い部屋である。
表面は綺麗な銀色に輝いており、錆びなどは一切ない。SFに出る宇宙船の中とでも言うような様相である。
そしてレンセ達は周りを見知らぬ男達に囲まれていた。怪しげな黒いローブに身を纏った男達。それが十人ほど立っている。
その黒ローブの集団から、他より装飾の多い一人の男が歩み出た。
緑色の短い髪を持つ、強そうな顔つきの男だ。両の目が赤く光っており、それが不気味さを醸し出している。
「俺の名はボコラム・アイシルス。貴様らを召喚した召喚者だ。そしてようこそフォニアックへ。異世界の少年少女達よ」
ボコラムの声は低いがよく通り、威圧感を伴う響きがあった。
生徒達はわけが分からないままに震えている。
尻もちをつきしゃがんだ姿勢のまま震える生徒達は、さしずめテロリストに捕らわれた人質のようだった。
だが勇敢にも、ここで一人の少年が立ち上がる。
学級委員長の皇 騎士だ。
「いきなりようこそなどと言われても意味が分からないです。あなた達は一体何者なんですか。それにここはどこなんですか。それに僕達はなぜいきなりこんなところに……」
ナイトが立ち上がって声を上げると、他の生徒達も皆立ち上がり始める。そうしてボコラムに向かって次々と質問を投げかけた。
薄暗い部屋の中は生徒達の声で一気に喧騒へと包まれる。
その中心となるナイトは、果敢にもボコラムへ質問を投げかけ続けていた。クラスの女子、特にナイトの取り巻きの少女達はそんなナイトの姿に見惚れている。
だが相手はどんな人間かも分からない謎の集団。ナイトの勇気は本物だが、同時に軽率な面も目立った。
詳細の分からない相手に対し、目立った行動をして目をつけられるのは危険だ。
そのことを理解している者達は、それとはなしに後方中央の目立たない位置へと己の立ち位置を変えていた。
レンセに彩亜、それに加えてクラスで一番成績の良い金元 芹がそうである。
金元 芹、Dカップ。黒髪ロングの意志の強そうな瞳が印象的な少女だ。その綺麗な顔立ちから、男子からの人気もクラスで一番の美少女だった。
その金元 芹、目立たない位置へと移動する内に自然とレンセの隣に来ていた。レンセと彩亜が彼女と同じ行動を取っていると悟り、芹は小声でレンセに話しかける。
「自然とこの位置まで来ているとは、さすがだなレンセ」
「芹さん。ううん、僕はそんないいものじゃないよ。さすがというならナイト君の方だよ」
「ナイトか。確かに彼の勇気は本物だろう。だがあれは蛮勇だ。奴らがもしテロリストか何かなら、彼はいつ殺されてもおかしくない」
「うん。……でも、おかげで他のみんなは助かってる。それに比べたら僕なんて、我が身可愛さに自分だけ安全な所に来ている臆病者だよ」
「ふっ、なるほどな。だがレンセが臆病者だとすれば私も同類ということになるな。それにレンセの場合……守っているのは自分の身だけではないだろう?」
芹がそう言った所で、反対側にいる彩亜が会話へと入ってくる。
「……レンセが安全策をとってるのは、わたしを守ってくれてるから。一人だったら……レンセは自分が前に出て囮になってたかも知れない」
「だろうな。だがいずれにせよ、全員がナイトに助けられているのは事実だ。彼がそこまで考えているかは知らぬがな。ともかくここは、ナイトが殺されないよう祈りつつ大人しく見ているのが懸命だろう」
二人の美少女に両側から挟まれつつレンセは自体の推移を見守る。