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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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逃亡者と狩人の攻防

 いずれ見付かるのは覚悟していた。むしろ、ある種の囮としての心づもりで行動していたのだから、当然である。無論、聖遺物の担い手達に攻撃されることも想定済み。

 それらを倒し切るとまではいかないまでも、襲撃を躱して凌ぎきれるだけの実力はあると彼女自身、自負してもいた。

 しかし、唯一、彼女が想定していなかったのは魔術の手解きを受けたれっきとした魔術師が初戦の相手になってしまった事。更に付け加えれば――彼女は知る由もないが――その相手がこの地において武力・財力・魔術のいずれにも大きな影響力を持った怪傑たる犬飼憲剛その人だったことはもはや不運といっていいだろう。

「くそっ」

 汚い言葉が思わず口から飛び出す。

 だが、それでも彼女――ツヴァイは駆けた。

 なるべく遮蔽物が多いと思われる場所を見繕い、結果して路地裏を縫うように走り抜け、追跡者を撒こうと試みる。居場所を知る手段など幾らでも考えられるが、ひとまず魔術に限っていえば魔力の残滓を知られさえしなければ探索系統の魔術も大して役には立たない。

 そう考え、同時に実力での迎撃はおそらく困難と諦めて、早々に『逃走』を選択したのだが。

 なんで逃げ切れないの!?

 何度か撒いた感じはあるが、僅かな時間差で直ぐにまた追ってくる。

 その絡繰りは、何のことはなく。

 憲剛が手懐けている部下には、一見してその筋と関わりがある様には見えない者達も数多く、そんな密かに憲剛の息のかかった彼らが目となり、少女の居場所・目撃情報を常にリークし続けている。それだけのこと。

 付け加えて、彼女が持っている荷物が目を引き、いい目印になっているのも要因ではある。

 これに関してはツヴァイ自身も分かってはいる。

 だが、だからと言って捨てる訳にもいかず、かと言って一時隠して後で回収という手段もリスクが大きい。例え現状を逃げ切れても、誰かにコレを持っていかれては意味がないのだ。

 仕方ない。ツヴァイは腹を括る。

 追手には、どうやら不特定多数の仲間が居るらしい。おそらく、街中――少なくともこの周囲一帯に散らばっているのだろう。そうだとすれば、誰か敵側の人間なのか分からない中で逃げ回っても埒が明かない。どれだけ速く逃げても居場所を特定されて再度補足され続ける上、最悪、そのまま包囲される危険性がある。

 不幸中の幸いとして、実際に追ってくるのは担い手と思しき魔術師1人。

 何らかの拘りか、はたまた自分の力を過信しているのかは知らないが、いつ気が変わって仲間を差し向けてくるか分からない以上、楽観は出来ない。

 だが、今はそこを突いて突破を試みる。

 即ち。

 追跡者を一時的にしろ行動不能にしての逃走。

 一度は困難と切り捨てた『迎撃』を彼女は選択した。せざるを得なかった。

 とはいえ、迎撃と言っても無暗やたらに迎え撃つ訳にも行かない。最低限、周囲に被害が出ないようにしなければ。

 その思考が、彼女――ツヴァイと、追跡者――犬飼憲剛との決定的な差となる。

「灰は灰に、塵は塵に」

 彼女が方針を迎撃に切り替えるのを察したようなタイミングで、背後から聞こえてくるフレーズ。

 それは、もはや廃れて久しい魔術師による戦闘開始の文句。それを敢えて唱える事で、魔術的攻撃の開始を知らせているのだ。

 それが背後から聞こえ、思わずゾクリと背筋が凍る。

 こんな場所で魔術を使う気!?

 そんなツヴァイの驚愕を知ってか知らず――いや、むしろ知った上で憲剛は更に続ける。

「火の聖獣よ、()の罪人に爪痕を刻め――――『ignis』」

 魔術の発動キーたる呪文の完成と共に、憲剛の掌に火が熾る。その火はたちまち野球ボール程の球体へと整形されてく。

「噴き飛べ――――『inflamarae』!」

 その文句を合図とするように掌を離れた火の玉が、ツヴァイ目掛けて飛来する。

 火の玉を形成する初級魔術――『ignis』。それに爆発力を付加する追加魔術『inflamarae』の重ね掛け。あの火の玉は、例えるなら火炎瓶が手榴弾に変化したようなもの。すなわち着弾と同時に爆発、炎上を引き起こす。殺傷力も高く、さしずめ『火炎弾』と言ったところか。

 さながらピッチャーが渾身の力で投げた野球ボールのように飛んでくる火炎弾を前に、ツヴァイも苦々しく表情を歪めながらも慌てて迎撃の魔術を紡ぐ。

 そう。火には水をぶつける。

「水精の貴婦人、火獣の癇癪(かんしゃく)を治めて――――『aqua』」

 憲剛の火炎弾と同様にツヴァイの右手にも水の塊が球体となって発生する。

 『aqua』――それは大気中の水を魔力によって収集し球状に圧縮する水属性の初級魔術である。

 それを振りかぶり、向かってくる火炎球へと投げ付けた。

 火炎球と水弾は空中で見事に衝突。ほんの僅かなせめぎ合いの後、ツヴァイの水弾は憲剛の火炎球によって蒸発して消え失せ、周囲を揺らす重低音が響き渡る。重低音の正体は、それでも勢いを殺ぎ切れずに残った憲剛の火炎球がツヴァイの傍に着弾した音である。

「きゃっ!?」

 術の直撃こそ避けれたものの、すぐ近くの足元に着弾した火炎球の爆風に彼女の身体が容赦なく煽られ、突き飛ばされるように前のめりに倒されてしまう。

「威力はともかく、魔術は使えるようだな」

 そんな事を言いがら憲剛は、後方から敢えてゆっくりとした歩調で近づいてくる。この口調には、獲物を追い詰める狩人のような愉悦が混じっていた。だからこそ、急いで距離を詰めるような事はせず、むしろ彼女が立ち上がって再度逃げ出すなり、向かってくるなりと体制を整える隙さえも与えている。

 ツヴァイは瞬時にそれを理解しながら飛び上がるように上体を押して、屈辱と憤りから憲剛を睨みつける。

「おーおー。気の強そうな良い眼をしてやがる。待っててやるから、さっさと立ちな」

 彼女の睨みを受け流した挙句、遂には歩みを止めて、そんなことをのたまう始末である。

 完全に余裕を見せ、あまつさえポケットに手を突っ込んだ棒立ち状態でニヤニヤと卑しい笑みさえ浮かべている。

「ちっ」

 舌打ちするとクラウチングスタートのような態勢で再度、距離を取るべくダッシュを掛ける。もちろん、憲剛の方に注意は向けたままだ。

「そうだ。それでいい。せいぜい俺の魔術の実験台になれ――――『ignis』」

 今度はただの火の玉を発生させ、彼女目掛けて発射する。それも絶妙に直撃しないように足元や壁などの遮蔽物を狙い、爆風で彼女の転倒を誘っているのが嫌らしい。

 しかし、彼女の方も成すがままにされてはいなかった。

「高貴なる水の精霊よ、その深き悲しみを顕せ――――『ros』」

 ツヴァイの呪文に伴い、爆発的な勢いで周囲に霧が立ち込める。

「そんな小細工でどうにかなると…」

 憲剛の言葉に被せるように更に彼女は呪文を紡いていく。

「精の嘆きは万物を捉える――――『ligatur』」

 先ほどの魔術『ros』によって発生した霧が指向性を持って移動し、憲剛の周囲にその全てが集まる。憲剛からしてみれば、いきなり1m先も見渡せない程の濃霧に包まれた状態である。

「チッ。小細工を! 火獣の咆哮は万象を灰燼へと帰す――――『carbunculus』」

 若干の苛立ちを込めた舌打ちをしつつ、密度を高めた魔力を掌に集める。魔力を燃料代わりにして熱を生み出しつつ凝縮し、それに僅かなショックを与える事によって膨大な熱波を一気に解放する火属性魔術『carbunculus』。それを足元に投げ落として強烈なまでの上昇気流を引き起こす。周囲に固定された霧は気流と共に瞬く間にふり払われ、視界が戻る。

 その間、およそ10秒。時間稼ぎとしてはあまりに短い。

 しかし、魔術を併用すれば逃走には十分な時間でもあった。

「風の権能は我に俊足の恩恵を与える――――『levis』」

 渦巻く風がツヴァイの足に纏わりつき、その呪文の通りの俊足を彼女にもたらす。実際の所、より正確に表現するなら、それは走るというより、滑るに近い。纏った渦巻く風が彼女自身を僅かに浮かせ、それこそスケートの要領で移動できるというのが効果としては正しい魔術なのだ。ともあれ、オリンピックに出場するスプリンターも真っ青の速度で、ツヴァイは憲剛から遠ざかっていく。

 これであわよくばと期待する半面、これでもまだ彼から逃げ切るのは無理だという想いがツヴァイの内でせめぎ合う。

 実の所、そこで万全を期して、少しでも視界から外れた瞬間に透過の魔術を更に発動させて逃走を完遂する算段まで立てていた。もっとも、この魔術は発動する瞬間を目撃されるとその目撃者には効果が発揮されないという欠点があり、術を発動させる僅かな時間だけでも憲剛の視界から外れる必要があるのは確定事項だったが。

 指向性を持たせて憲剛の周囲に固定させた濃霧。さらに、俊足(levis)。一時的にせよ引き離して時間を稼ぐには十分な一手だったはず。

 しかし。

「そう簡単に逃がしゃあしねぇよ」

 その当人――憲剛は、次の一手を繰り出すべく懐に手を伸ばしていた。

 その手には拳銃。そして、紡がれる魔術。

「風の使徒は敵を見極め、その牙は獲物を狙う――――『sequitur』」

 そして、銃声が轟いた。

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