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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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犬飼憲剛という男

 犬飼憲剛(いぬかいけんご)は、いわゆるクオーターと呼ばれる混血の血筋である。

 祖父の血が濃かった為か見た目は日本人といって然程の違和感はないが、それでもよく見れば黒というよりやや茶色の髪や、何より青み掛かった瞳がそれを証明している。

 憲剛本人はよく知らない上にさして興味もない事であるが、祖母方の家は時代が時代なら爵位を賜うような名家であったらしく、十基教の大司教や枢機卿まで登りつめた人物も輩出した程の敬虔な信徒の家系だという。現代日本にありがちな無神論者で無宗教の憲剛にとっては「だからどうした」と吐いて捨てる話であるが、それでもかつて一つだけ祖母方に関して興味を惹かれた話があった。

 その話の題名(タイトル)は《奇蹟の灯》。嘘か真か、十基教の根幹に関わる五つの聖遺物に関する伝説である。

 最後の晩餐において葡萄酒を己の血に例えて弟子達に振舞った際に使われた『聖杯』。

 御子自身の手によって処刑場がある丘へと運ばされ、そして釘づけにされた『聖架』。

 その聖架の上に寝かされた御子の両手と両足に打ちつけられた『聖釘』。

 磔に処された御子にとどめを刺した『聖槍』。

 処刑された御子の亡骸を包み弔いに用いられた『聖骸布』。

 主の処刑に関連した5つの道具を総称して聖遺物と呼ばれる。

 聖遺物自体は十基教にとっては復活の奇跡にも通ずる神聖な物として敬われており、それ故に各国・各教会があちこちで「これこそが本物」と好き勝手に主張して遺物を公開している為、実際にどれが本物なのか、そもそも現存しているのかといった根本的な事から一切不明。それこそ全世界に数十を超える自称・聖遺物がごろごろしているような代物だ。

 《奇跡の灯》というのは、そんな聖遺物が重要な役割を果たす儀式の名称である。

 早い話が、御子が誕生し処刑された日――12月25日に、5つの聖遺物を一か所に集める事でその日その瞬間に一つだけ、どんな願いでも叶えうる奇跡の力が降臨する、という一見して眉唾な話。それこそ純粋な子供の頃なら絵本の読み聞かせで語って貰った昔話のように喜び、やがて成長と共に単なる子供騙しなお話だと理解する類の代物。

 だが、憲剛はその話を信じていた。幼い頃、祖母からこの話を聞かされた時、この話は事実なのだと感じた。理解した、と言ってもいいだろう。

 そして、信じた上で、それなりの教育を受け、真っ当とは言い難い力も付けて、いつの日か時期が来るのを待っていた。

 彼がこの話を信じたのは、何も子供じみた無邪気さからでは決してない。信じるに足ると直感した確固たる理由は、もちろん、ある。

 それは端的に、憲剛の実家――犬飼家が魔術師の家系であったという点。

 魔術師――と言うと、それはそれで眉唾だが、しかしながら魔術師と呼ばれる人種は確かに存在する。

 犬飼家は、こと日本においては魔術の名門として知られていた。元々高名な陰陽師を祖先に持つ占術師の家系としてそれなりの力を有していたのだが、近代に入って、欧米で魔術師と呼ばれる者達の血を取り入れた事で日本でも有数の魔術の名家として名を馳せたのである。

 当然、犬飼家の長兄として生を受けた憲剛も魔術の手解きを受ける事となった。

 このお家事情こそが、《奇跡の灯》が真実だと理解した最大の要因である。

 祖母方の家は魔術師としても優れ、十基教を一つの組織とした場合、その中枢に絡み付く程の権力を有した家柄。当然、この《奇跡の灯》にも幾度となく関わりを持った経歴がある。

 当時の幼い憲剛にはそこまでの理解力はもちろんないが、漠然とは感じ取るモノがあったのだろう。

 祖母が語ったその話に説得力と現実味があったとも言える。その辺は今にして思えば、の話だが。

 とにかく、魔術師の家系という下地があった憲剛には、《奇跡の灯》の話は信じるに足る話であったというのは間違いない。

 増してや、今。

「コレを手に入れた今となってはな」

 憲剛は、獰猛な獣のように凶悪に唇を釣り上げて笑う。

 その手には、広げれば5m程にもなるロール状に巻かれた麻の布。

 その正体こそ、5つの聖遺物の一つ『聖骸布』。

 知恵を磨き、力を付け、時期を計ってようやく念願のモノを手にした今、憲剛は自分がやりたいことをやる事に一切躊躇いはない。

「憲剛さん、準備できました!」

 きびきびとした声で、自分よりも10は年下の男達から彼らなりの敬語を持って声を掛けられる。

 最低限必要となる一般教養と身体能力、それに加えて魔術の知恵と技術を習得した憲剛が、それだけでは足りないと考え、手に入れつつあった力の一端を担う部下たちだ。

 自らがリーダーとして先頭に立つ集団・犬刀会の若手構成員。それが彼らである。

 犬刀会自体は、とある指定暴力団の流れを汲んではいるが組織全体から見ても未だ若輩の暴力団。本来見向きもされないような暴走族やチーマーと呼ばれるような少年・少女達を積極的に組織へと取り込み、憲剛が持つ一種のカリスマ性で完璧に彼らを統率している点が特徴と言える新進気鋭といった段階にある小さな組織。

 しかしながら、組織の中堅を担う連中を駆りだせば実力行使――武力の点でも問題ない程の力の蓄えもあり、名家である犬飼家の時期家長でもある憲剛には元より金と魔術関連の権力がある。

 それに加えて積極的に取り入れた十代の少年少女間の情報網というのも意外とバカにならないもので、結果として広く眼を光らせる事に成功していた。

 従って、犬刀会の本拠地を置くこの地において、憲剛が持つ影響力は非常に大きい。

 そのように十分な力を蓄えた憲剛は、己の野望を胸に遂にアドベントへと臨む。

 目的は一つ。

 自分と同じように聖遺物の担い手となった残り4人を見付け出し、奴らが持つ聖遺物を奪い取る。

 手段を選ばず、殺してでも手に入れてみせよう。

「ハハッ! やってやろうじゃねか!」

 その凶悪な矛先を向けられる事はないと分かっている彼の部下でさえ背筋が凍るような笑いと呟きを漏らす憲剛。

 彼は野望に向けての第一歩を踏み出した。

 そして、その標的となったのは、布に包まれた細長い何かを大事そうに抱えた一人の少女であった。

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