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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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飛び交う密通

「では、お大事に」

 カーテンを閉めて待合室へと戻っていく佐野祐一の後姿を見送る。

 もし客観的にその表情――特に眼を捉えていた者が居たならば、睨んでいるわけではないのに思わず足が竦んでしまうような、冷徹に価値を値踏みするだけの冷たい視線に思わず恐怖を覚えたかもしれない。

 わざわざ作っている穏やかな仮面など誰も居ない空間で維持する意味もない。

 羽黒亮樹にしてみれば素に戻っただけの事。

 少年の退室を確認するや、デスクに乗った電話に手を伸ばす。慣れた手つきで迷う事無くボタン操作し、短縮ダイヤルで電話を掛ける。

 果たして、2コールも鳴らない内に相手が出る。

 無駄な前置きを捨てて、要件のみを伝える事にする。

「担い手の1人が見つかりましたよ」

「……そう」

 それに対する対手の対応は淡白なものだったが、想定内なので気にしない。普段から無口な彼女は、感情もあまり表に出す事がないのだ。内心は別として。

 短い相槌した打たない相手に対して、俺が一方的に喋る形で報告を済ませていく。

 伝えたのは名前と住所、更に人相と同時に彼が通っていると思われる学校も制服からなんとか思い出して基本情報として報告。

「その少年が担い手なのは間違いない?」

「えぇ、それは間違いないですよ。御印もありましたしね」

 単なる火傷かと思わずスルーし掛ける程に色濃く生々しい御印――聖痕(スティグマータ)だった事は、敢えて伝えない。確かに今まで見たことが無い類の聖痕だったのは間違いないが、それ自体は特に重要な点ではないし、彼女自身もそんな事を聞かされても全く興味を示さないだろう事は分かり切っている。無駄な事は極力省いて物事を進めたい性質なのだ。

 そして、それは電話の向こう側に居る彼女も同様で。

「…そう。なら今夜にでも狩りに行くわ」

 そう呟いたのが辛うじて聞こえてくると、問答無用で電話が切られる。

「まだ何の担い手かのか、そもそも出会っているのかいないのかも分からない内に狩られても困るのですがね…」

 思わずため息が出てしまう。

 見た目や態度がクールなのに、いざ行動させるとイノシシなのが彼女の困った悪癖である。

 それをなんとか舵取りするのが自分の役割だと分かっていても、そんな愚痴の一つも漏れようというものだ。それが虚しい独り言であっても。

 とはいえ。

 あの様子ではまだ遺物とは出会っていない可能性は大だが、本当に担い手であるのなら例え彼が逃げを打っても、担うべき遺物の方から彼に接触する事になるはず。奇跡の強制力、もしくは運命というのは一個人で回避できるほど弱くない。運命は常に決まっているのだ。

 そう考えれば、彼女――グッドナイトがあの少年の元へいく頃には、最低限、必要な事は既に起こった後だろうと羽黒は読んでいる。

 故に、もう一度電話を掛け直して彼女に止めるよう忠告をする気もない。むしろ、した所で彼女は止まらないだろう。最悪、電話に出ない可能性すらある。短い付き合いでしかないが、ほぼ確信出来る。だから、無駄な手間も掛けない。

 何はともあれ、おそらく今回、数年振りに《奇跡の灯》は灯る事になるだろう。

 それは組織にとっては悲願。

 そして俺にとっては……。

 自分なりの思惑を巡らせ、そして呟く。

「間もなく待降節(アドベント)が始まる……か」


   ◆


 場所は変わって、簡素な折り畳み式長テーブル一脚にパイプ椅子が数脚あるだけの手狭な室内。

 そこには、二人の若い男女の姿があった。

「では、彼はあそこに行ったのは間違いない、と?」

 男が確認の意味も込めて女に問う。

「一番近場なのがあそこなので、特別な理由でもない限りあそこに行ってると思います」

「だとするなら、奴らに情報が伝わるのは時間の問題だろうね」

「すみません。事情を考慮すれば別の場所に誘導すべきだとは思ったんですけど、無理に止める理由がなくて……」

「いや、君が悪いわけじゃないさ。確かに無理矢理、場所を変更させるのも不自然だし、君の立場的にもなかなか難しかったと思うよ」

「先輩。やはり、アレは聖痕(スティグマータ)なんでしょうか?」

「御子が釘を打ちつけられたという手首に浮かび上がった円状の痣、という君の説明だけだから確証があるわけではないが、今の時期からいって可能性は極めて高いと思う。正直、血筋の点で言っても、選ばれて不思議はないしね。まぁ、その辺は先祖還りである君がよく分かっていると思うけど」

「そう、ですね」

「ともあれ、この件でいよいよを持って《奇跡の灯》が灯る可能性がまた高まった。いざ待降節(アドベント)が始まったならこの街に災厄が起こる恐れもある」

「『聖遺物闘争(アドベント・ウォー)』、ですね。聖遺物を巡る担い手同士の殺し合い……」

「その通り。願い云々はどうでもいいとしても、言葉通り血で血を洗う闘争、それだけは阻止しなければこの街に血の雨が降りかねない」

「生まれ育ったこの街で殺し合いなんてゾッとしますね」

「そうだね。……とは言え、さしあたって今は警戒と監視をするしかないかな。現状、未だ彼と聖遺物を繋ぐ接点はないし、このまま出会わず期限が過ぎるのを祈るよ」


   ◆


 更に、場所が変わる。

二号(ツヴァイ)の様子は?」

「はい。追跡の魔術を仕掛けた所、現在あの子は繁華街を徒歩で移動中のようです」

「あれが持ち出した(ブツ)も確認できているな?」

「問題ありません。と言うより、勝手にあれを持ち出していながら堂々と持ち歩いているようですね」

「ふん。あれが何を考えているかは、おおそよ検討が付く」

「あの子から奪い返した方がよろしいですか? 命令とあれば直ぐにでも出ますが」

「いいや、それは止めておけ」

「よろしいのですか?」

あれ(ツヴァイ)の行動は、こちらに思わぬ幸運をもたらすかもしれん。どのみち、あれが持ち出した聖槍も担い手が居なければ、ただのナマクラ。それが、担い手と接触する可能性をぐんと引き上げてくれていると考えれば、そう悪くない」

「かしこまりました」

「とは言え、いざとなったら廃棄処分も辞さないがな。一応、追跡と監視だけは怠るな」

「御意のままに」

以前投稿したものに、この辺からだいぶ加筆・修正を加えてます

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