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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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謎の傷は聖痕?

 突然俺の謎の負傷が発覚したことで、我が家のリビングが少々荒れた。

 とりあえず『病院に行く』という点で同意した俺と菜奈だったのだが、その菜奈が病院に付き添うといって譲らなかったのだ。普段あまり必要以上に俺に関心を示さない菜奈にしては、非常に珍しい態度と言える。今朝ばかりは流石に心配になったと言う事どろうか。

 だが、だからといって妹をわざわざ遅刻させるわけにもいかない。

 そもそもが、介助が必要というならいざ知らず、所詮は手首の怪我(?)である。幼い子供じゃあるまいし、いい年した兄貴が妹同伴で病院へというのはゴメン被りたいという想いもある。

「別に大したことなって」

 そるべく気楽にそう言って菜奈の気を落ち着かせると、そのような理由を並べ立て説得し、付き添いの件はノーサンキューと首を縦に振らせる事に成功する。

 やがて、いつもの時間となった事で後ろ髪を引かれるように玄関に向かう(菜奈)を「気にせず行って来い」と見送ってやる。

 さて、妹を送りだし、そうしてから学校には遅刻する旨を連絡。

 この傷の原因が何であれ、まずは病院、という方針に変わりはない。

 いくら出血や化膿している形跡がない、むしろ見方によっては治っているようにも見えなくもないとは言え、昨日までなかった不気味な傷痕である。

 無論、今朝の夢の事も気がかりではあったわけだが、そんなオカルトティックな理由よりも、菜奈が発した「まさか…癌?」という呟きにリアルな危機感を感じたという理由も大きい。

 ぶっちゃけた話、寝ている間に知らず知らずに怪我をして更に超人的な回復力を発揮して朝までに完治した等という夢遊超人説より、何らかの病気の兆候として痣が浮かび上がった重病説のほうが説得力があり、素直にびびったのだ。

 眼が冴えて、時間と共に冷静になってきたというのもあっただろう。

 次第に、夢は夢、コレはコレと単なる偶然の一致と結論付け、俺の脳裏には何らかの病気もしくはその兆候という疑いだけが占めるようになっていた。


   ◆


「佐野さん、佐野祐一さん。診察室2番へどうぞ」

 自転車で10分圏内の私立医院。その待合室である。

 お年寄りを中心に待合室は結構な混み具合を呈していたが、比較的速い段階で受付を済ませた為、20分程の待ち時間で名が呼ばれる。

 カーテンを仕切りにして診察室が3つほど用意されており、呼び出された2番の診察室へと入る。

 担当の医師は若い男で、柔和な優男然とした雰囲気を醸し出す好青年といった感じで、とりあえず好感が持てそうな人物だと思う。彼に「どうぞ」と促されるまま真正面の椅子に腰かけた。

 相対した事で白衣の胸元にある『羽黒(はぐろ) 亮樹(りょうき)』と書かれたネームプレートが目に入る。名前は羽黒というらしい。

「今日は、どうされました?」と言う至極まっとうな問いに、「この傷なんですけど…」と前置きしながら袖を捲って、例の傷痕を見せる。

 改めて見ると、生々しくて気持ち悪い傷である。見ていると、我ながら胃がムカムカしてくる。

「あぁコレは結構酷いですね。火傷ですか」

 若くてもそこは医師。コメントとは裏腹に表情は特に変化する事無く、冷静に傷を注視している。

「ほとんど完治してるようですが、深度Ⅱといったところですかね。あまり適切な処置がされているようにも見えませんが、この火傷をしたのは何時です?」

「それが、朝起きたらこの傷があったんですよ」

「…今朝、ですか?」

 ある程度のパッと見で深度Ⅱの火傷と当たりを付けた傷にまさか朝初めて気付いたと言われるとは思ってなかったようで、羽黒氏も目を丸くして言う。

 前提として大雑把に説明すると、火傷における深度は皮膚の損傷がどの程度まで達しているかによって三段階に分類される。深度Ⅱは単純に中間だが、その中でも『浅達性』と『深達性』で区分されるらしい。どちらも症状的にはそれほど明確な違いはないが、浅達性に比べて深達性の方が『知覚鈍麻が著しい』という特徴があるようだ。要するに、書いて字の如く損傷がより深く達しているというだけあって神経等にも影響して感覚が鈍くなるという解釈でそれほど間違ってはいないと思われる。ちなみに、皮膚の壊死が見られるという点では深度Ⅲという見方も出来なくないが、その是非はそれほど問題ではない。

 以上、羽黒氏の説明を聞いた俺の解釈より。

 さておき、俺の手首にある火傷――のような謎の傷。

 仮にこの傷が見立て通り深度Ⅱ、それも深達性であるとした場合、通常完治するのに2週間以上は掛かる。

 しかも、これだけの怪我を負っていて痛みと伴わない訳がなく、急患扱いで病院に駆け込んでも何ら不思議はないだろう。

 だが、実際問題として俺がこの傷痕に気付いたのは今日の朝である。

 羽黒氏に限らず医療関係者としてはこれが如何にあり得ない話か、という事だが事実なのだからしょうがない。

 俺は傷痕を見つけるまでの経緯と、この傷に全く心当たりが無いことを羽黒氏に説明する。

「う~~ん……仮に低温火傷だとしてもこれだけの傷が一晩で治るというのも……」

 羽黒氏はしかめ面とまではいかないまでも考え込むように唸り、やがてポツリと漏らす。

「……これはまるで聖痕ですね」

「聖痕って何です?」

 羽黒氏曰く、海外では『スティグマータ』と呼ばれる十基教の熱心な信者に極稀に発現する事がある現象を、日本語では「聖痕」と言うらしい。

 そもそも聖痕というのは、十基教における御子もしくは神子が磔刑に処された際に付いたとされる傷、それに付随して科学的に説明できない力によって信者の身体に現れる類似の傷を指している。

 教会なんかでは奇跡の体現とも称され、名のある聖人や司教といった地位にあった偉人の中にも聖痕を宿した者が居たとされる、一言で言えば大変にありがたい傷との事。

 もっとも俺は信者でもなんでもないので、これが仮に聖痕だったとしても有難迷惑この上ない。

「信仰心が高じて主の受難に対する強い共感を抱いた末に自己を同一化してしまう精神状態、もっと乱暴な言い方をすれば強烈な思い込みが脳を介して人体に影響を与えているのでないか、というのが一先ず定説とされています。一種の催眠術のような感じというと分かり易いでしょうか」

 いわゆるバトル物の漫画やアニメに登場する精神操作を得意とするキャラクターが登場する際によく用いられる例え話『目隠しした状態で「これは火箸だ」と信じさせて皮膚に押し付けると、実際にはただの棒にも関わらず水膨れが起こる』みたいなモノかと自己流に理解しておく。早い話、『病は気から』みたいなものだと勝手にしておく。

 …とまぁ、話が横にズレて行った気がするが、肝心の中身に話を戻す。

 結論から言うなら、原因不明。この一言しかないとの事。

 ただし、原因そこ分からないものの、傷自体は火傷のそれに非常に近く、現状としてほとんど完治の状態であり、内心心配していた何らかの合併症という可能性も低いだろうと言うのが羽黒氏の診断だった。

 一応、万一の可能性も考慮して検査の為に採血して貰い、念の為に消毒等の処置も施されて、後は様子見という事で決着する。

 何はともあれ、特にこれと言って問題が無かった事には安堵出来た。原因不明というのが若干引っ掛かるが、それさえも大病を患ったとかでないのなら些末な問題だと考え直す。

 処置して貰った手首には包帯が巻かれており大袈裟になってしまった感も否めないが、あの気持ち悪い傷を曝す羽目になる場合を考えに入れれば、むしろ傷が隠れてありがたい。

 後顧の憂いも無く、受診料の支払いを済ませると俺はその足で学校へと向かった。


   ◆


 この時点で、俺は今朝の夢の事を完全に忘れてしまっていた。それを、後に後悔する事になる。

 そして、朝の夢とこの診察がこれからの怒涛の7日間の幕開けとなっていたのだが、この時点ではまだ、俺だけは知る由もなかった。

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