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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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悪い目覚めと不吉な傷痕

 意識が急速に覚醒し、佐野祐一は目を覚ました。

 別段息が乱れるわけでも、心臓がドクドクと激しく鼓動するわけでもなく、ましてやその両方を抱えて布団から飛び起きるなんて事、いくらリアリティに溢れる夢だったとは言えリアルに体験出来るものではない。そんなのはフィクションにおけるお約束の演出であって、現実的には、比較的普通に、ただし、多少の息苦しさと妙なダルさだけは自覚しながらのぼんやりとした目覚めであった。

 カーテンの隙間から僅かに光が漏れ、その向こうからは雀っぽい小鳥の鳴き声が聞こえる。

 それだけで、とりあえず朝だと言うことは分かり、それから無意識的に枕元の目覚まし時計に視線を送る。

 時計は、長針短針共に真下にその先端を向けていた。六時半。毎日セットしている目覚ましアラームが鳴るより三十分ほど早い。

 しかも、普段なら問答無用で二度寝衝動に襲われて数十分は眠りと目覚めを交互にして微睡む祐一には珍しく、今日はそれすらない。眠気が綺麗さっぱり消えている。再び寝る気がまったくせず、目は完全に冴えてしまっていた。

 原因は、ほぼ間違いなく、今の夢の影響だろう。改めて思うに、夢にしては奇妙なほど、アレはリアルだった。夢とは本来、目覚めた段階で急速に輪郭がぼやけて大抵はそのまま記憶から消えていきそうなものだ。覚えていても精々、『こんな感じの夢だった』程度でしかなく、あくまで曖昧。

 だが、今の悪夢は少し違う。

 あり得ない事だが、まるで実体験のように、その気になれば己を磔にする為に打ち込まれた釘による苦痛と、槍で心臓を貫かれた苦しみが湧いてきそうな程、あの夢には確かな質感を感じずにはいられない。あえて例えるならば、出来のいい映画を音響設備の整った劇場で鑑賞した感じ。

 それほどに強烈な印象を残す夢は、おそらく後にも先にも今回だけだと確信出来る。

 それは兎も角として、意識としての眠気はないのに、身体は虚脱感満載で起きる気力もない。夢がリアル過ぎた故に、折角の休眠も効果はなく、逆に精神的疲れを残すという何とも本末転倒かつ理不尽、さわやかの「さ」の字すら微塵も感じない最低な朝となった。


   ◆


 結局、七時のアラームが鳴る事には、少なくとも起き上がれない程の虚脱感からは解放された。

 何度もいうが眠気は皆無なので、仕方なく布団を押しのけるようにして上半身を起こす。

 室内とはいえ十二月も半ばの大気は、寝起きの身には特に堪える。素直に、とても寒い。エアコンでも付けて暖をとろうかとリモコンに一瞬手を伸ばすが、すぐに止めた。どうせ朝飯を食って着替えればそのまま学校に向かうわけだし、なによりリビングに降りればここよりマシな位には部屋も暖まっているはずである。

 億劫と言えば億劫だが、俺は僅かながらに未練を残しつつベットから抜け出した。

 そのまま部屋を出、階段を降りて、リビングへと入る。

 そこには案の定というか、当たり前というか、既に先客が一名。

「祐兄がこの時間に降りてくるなんて、珍しいじゃん。まだ七時だよ?」

 先客こと俺の妹・奈菜は、俺がこの時間に降りてきたのが余程意外だったらしく、わざわざ一度時計に目をやってから、首を傾げるように見てくる。

 まあいつもの二度寝を含めた俺の起床時間を考えれば、さもありなん。なんか気まずくなりそうだったのでさり気なく目を逸らし、「まぁ…たまにはな」と適当に返事しつつソファに腰を降ろす。

 奈菜はテレビの前に陣取っており、すぐそばのテーブルにはまだ湯気が立ち上るミルクと砂糖たっぷりの極甘コーヒーが載っていて、その右手にはDVDプレイヤーのリモコンが握られている。点いているテレビの画面には番組表が映し出されており、それをチェックして録画予約でもしているのだろう。

「朝飯は?」

 そんな妹に声を掛ける。

「適当にパンでも焼けばぁ?」

 もう興味が失せたのか、奈菜は再びテレビに視線を移し、若干怠そうに間延びした返事を返してくる。

 うん、まぁだろうとは思った。

 それに関して特に返事を返すこともせず、

「よっ…と」

 ソファから立ち上がろうとして無意識に声が出た。……無意識だったが故に、余計に自分の爺クサさに若干、凹んだのは内緒で願いたい。

「はぁ……」

 現役の学生とは思えない溜息を吐きつつ、キッチンへ。食パン二枚を袋から取り出してトースターに突っ込み、コーヒーでも淹れようかとインスタントコーヒーのビンへと手を伸ばす。

「……ん?」

 その時、自分の手首に黒っぽい汚れのようなものが付着しているのに気付く。

 さっきまで寝ぼけ気だったのに加え、ほぼ袖で隠れていて気付かなかったが、手を伸ばした際に袖が引っ張られて、その汚れらしきものが少しだけ露わになったのだ。

「なんだ?」

 特に手首を汚すようなことをした記憶はない。そもそも普通に暮らしていて手首を汚すこと自体そんなにはない気がするが。

 俺は、何の気なしに袖を捲りあげた。

「うげっ……!」

 何の気なしにした分、衝撃はダイレクトに俺の視覚を直撃する。

 空っぽの胃が脈動し、突発的な吐き気に襲われる。

 それでも、目だけはそこから離す事ができない。

 そこには。

 完全に露わになった俺の手首には。

 まるで焼け爛れたように赤黒い、それでいて血が出ていないのが不思議なほど生々しい傷痕が、はっきりと刻まれていた。そして、なんの皮肉かその位置は丁度、夢で俺が釘を刺されていた箇所と全く同じ。

「うわっ!? 何それ!? ケロイドってヤツ? キモッ!?」

 呻き声を聞いて不審に思ったのか、いつの間にか背後から覗き込むようにして俺の手首を凝視している妹の姿を視界の隅に捕えるが、今の俺にはそれに対応する余裕はない。

 流石に、戦慄を禁じ得ない。背中に冷や汗が伝う。

 どうしても、今朝の夢と、この現象を頭が繋げてしまう。

「何なんだよ…これ」

 無意識に零れたその言葉に対して、明確な答えを返せる者は存在しなかった。

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