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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter0『プロローグ』
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この赤黒い世界で

 夕焼けの壮麗な赤色とは違う毒々しさに満ちた赤黒い不気味な空。

 空襲でも受けたように倒壊する建造物と、その瓦礫群。

 しかしながら、辺りは気味が悪いくらいの静寂に包まれている。

 人はおろか生物の気配は微塵もなく、まさにこの世の地獄と評しても決して言い過ぎではないだろう。

 そして、そんな地獄に存在する唯一の者である所の俺――佐野祐一は現在、生死の境を彷徨っている。

 視界に移るモノはほぼ一切の変化はなく、俺の主観では明暗をひたすらに繰り返す。

 最早、感覚は薄れていた。

 人ひとりを磔にて尚、余裕を感じらせる程に大きく、禍々しげな『磔柱』。丁度、Tの文字になるように両腕を広げた状態で重ねられ、その両手、両足を貫く凶悪な『釘』。柱と釘(それら)が共同して僅かな身動ぎの一つ、許すことなく戒め続ける。

 その動けない肉体の、さらに左胸に突き立てられるは、棒といっても差支えない脆弱(ぜいじゃく)さとは裏腹に、人を殺める為だけに一切の無駄を排除した機械の如く冷めた殺気を帯びた一本の『槍』。

 端的に、それは磔刑。かの神の子も受けたという、古の処刑法。

 この異常な世界、異常な状況下において俺はそれを受けさせられている。

 もう何度、俺は死んだ?

 もう何度、俺は生き返った?

 数える事に意味はない。もはや俺の頭は、思考する事を放棄している。いや、そもそもが思考に費やす能力的余裕などないのだろう。

 初めは、その処刑の激痛故に。

 今は、死に過ぎ(・・・・)戻され過ぎた(・・・・・・)異常な現状故に。

 気が触れてしまったのか、麻酔でも掛けられたように、あったはずの痛みもほとんど感じられない。

 死ぬ事を許さない。

 されど、生きる事も許さない。


「相反する戒めは、やがて負のエネルギーを暴発させ、世界そのものに致命的な破損(バグ)を引き起こす」


 そう言ったのは誰だっただろう?

 意外なほど身近な人だった気もするし、見ず知らずの赤の他人だった気もする。はたまた、漫画のキャラクターが似たようなセリフ言っていただけのようにも思える。脈絡もなく頭にポカンと浮かび、やがてシャボン玉よりも容易く弾けて消える。そんな思考とも言えない思考、無意味に垂れ流される雑念。これもまた、その一つ。不意に浮かびながらも深く考えようという気さえ、砂粒程度にも湧き上がる事はない。

 サウナに置かれた氷像の如く、俺いう個人が持つアイデンティティーが徐々に、確実に、融け落ちていく。

 取り残されるのは、死に続けながら、同時に生き続けるという秒単位で変化する超常のサイクルのみを本能のように理解してしまう一欠片の意識のみ。

『どうにでも、なれ』

 達観したわけではない。絶望したわけでもない。受け入れる気もないが、反発する気もない。ただ、「どうにでもなれ」と漠然とした想い(あきらめ)が取り残されるように脳裏によぎった。

 そう思った時だった。

 瓦礫を踏みしめる、必要以上に耳障りな音が耳に届く。

 誰かいる。誰? 歩いている。歩いてくる? 近づいている? 何故? 誰が? 何のために? 何故?

 無理して高速で瞬きしたような不鮮明な視界に、やがて影が差す。

 人型。赤黒い不気味な空から注がれる光が逆光となり、それ以外の視界情報は望めない。

「……た…゛…?」

 「誰だ?」と問いたかったが、口が言うことを聞かない。話す機構も、融け落ちてしまったのか。

 謎の人影は、磔刑に処される俺の真正面に歩み寄る。そして、磔にされている分だけ高い位置にいる俺の方を、見上げ、言葉紡ぐ。

 正直、俺にはその言葉が聞き取れない。いくら音が聞こえても、それを意味あるものとして正確に理解する頭が、その処理を実行しないから。

 その人影は、おもむろに俺の胸に突き立てられた槍に両手を添える。それをぼんやりと見やるしかしない俺の顔色を窺うような仕草を見せつつその手に力が……加わらなかった。

 少しばかり離れた所で何かが爆ぜ、何かに突き飛ばされるようにその人影が俺の視界からフェードアウトとしいく。

 一体、何の皮肉か。何かに突き飛ばされるように倒れゆく姿をスロー再生のような実感で眺める段階になって、ようやく、その人影の容姿がはっきり分かった。

 人影の正体は、少女だった。髪は金髪で、顔立ちは明らかに日本人ではない。しかし、俺はこの少女を、この子を、彼女を確かに知っていると認識する。

 だが、俺に過酷な死に戻りを強いるこの世界は残酷だ。彼女が何者であったのか、俺がそこまで思い出すのを現実は待ってくれない。

 驚きに悲哀と嫌悪をブレンドしたような曖昧な視線を向こうに居る別の誰かに向けつつ、彼女は糸を切った操り人形みたいに崩れ落ちていった。

 俺は見た。見ていた。見ているしかできなかった。

 何もできなかった。何もしなかった。しようとしなかった。

 俺は何をしていた? 何を? 何をしているんだ? いったい、俺は、なにを!?

 やがて俺の中に、『何か』が再び芽生えるのを感じた。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 今更になって機能を取り戻した俺の喉から漏れたのは、意味を置き去りにして湧き上がる怒りにまかせた慟哭であった。

内容自体に変化はありませんが、若干、書き直しました。

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