儀式の概要
「さてと、じゃあ話を続けるわね」
そう言うと目の前の少女、ツヴァイ――はどうにも違和感が拭えないので改め――フィオナは再びトンデモな話を再開しようとする。
自分が実はまだ生後5歳で、挙句、神様によって作られた。……まさに、トンデモ話だ。
つい数時間前に『魔術』なんていう常識外を見せられたわけだが、それを踏まえてもとてもじゃないけど「そうですか」とは素直に納得できる話ではない。
そもそも見た目からして俺とタメか、違っていてもプラマイ5歳程度にしか見えない。それで、実は生まれてから5年しか経過していないとは、とてもじゃないが信じられるものではない。
……それにしても、こうして置き落ち着いて見てみると、フィオナは美少女といって十分通用するレベルの子だと思う。西洋人特有の特徴を良く受け継いでいると言えばそれまでかもしれないが、日焼けとは無縁そうだが健康的でありながらどこか儚さも感じられる白色の肌、全体的に小顔でありながらもシャープ且つ目鼻等の各パーツが調度いい塩梅で際立つような彫りの深い顔立ち、いわゆるアッシュ系の色合いをしたショートヘアーも緩いウェーブも相まって全体として柔らかな印象を付加していると言える。
見慣れた日系の顔立ちとの差異からかなんとなく神秘的な雰囲気があり、月並みだが妖精という言葉がしっくりくる――そんなフィオナは、やはり美少女と言って差し支えなく、この評価に文句を吐ける男はそうそういないだろう。
「えぇと、話を続けるけど、大丈夫?」
フィオナの言葉に脱線しつつあった思考を元に戻す。
「イマイチ納得はし兼ねるけど、とりあえず続けてくれる?」
話を聞かない事には前に進まない。信じる信じないは別にして、とりあえず続きを促す。
「それじゃ続き。さっきも言ったけど、私という存在と、今さっきあなたが巻き込まれた事件は大本が同じなの」
「……どうゆう事?」
「私の存在と、今回の騒動。その二つの共通点というか大本になっているのは、数百年前から繰り返されてきたとある儀式よ」
「儀式?」
「そう。儀式の通称は《奇跡の灯》。年に一度、条件さえ揃えばどんな願いであっても叶えられる希望の儀式。私は、『フィオナ・ニコラ』という女性の蘇生を願ったとある男が、《奇跡の灯》に願い、そして生み出された『フィオナ・ニコラ』と全くの同体の別人ってわけよ」
「……? 意味が分からないな。何、その同体の別人って?」
「つまり、姿形こそオリジナルと全く同じ――それこそ身長、体重、3サイズから身体的なクセ、もちろん年齢設定まで含めてね。ただし、記憶は男が知っていた限りの『フィオナ・ニコラ』としての人格しかコピーされなかった――もっとも基礎的な知識は男が持っていた知識を共有する形で私の頭に刻まれたから生きる上では何の問題もなかったけれど。ともかく、神様と呼ばれる存在は人間一人一人の設計図は持っていたけど、その中身までは持っていなかったようよ。結果として、容姿は瓜二つなのに中身が微妙に異なった歪な失敗作、偽者の出来上がりというわけ」
「……あぁ~…つまり、見た目は一緒だけど、性格とかが、そのオリジナルっていう人と違う?」
「そんな感じ。理解が速いと助かるわ。じゃあ話を《奇跡の灯》の方に戻すわね」
そう前置きしてフィオナは《奇跡の灯》とやらについて話をし始めた。
彼女の話をまとめると、どうやらこうゆう事らしい。
《奇跡の灯》。
それは、かの御子の死後に遺された5つの遺品を集めて起こす聖域における奇跡を差す一連の儀式の通称らしい。この5つの遺物とは、すなわち、『聖槍』、『聖骸布』、『聖釘』、『聖架』、『聖杯』。これら聖遺物と呼ばれるこの5つの遺品を特定の地域――〈聖域〉に集め、遺物に選ばれた5名の内、ただ一人の願いを叶えるというのが儀式の大まかな内容のようだ。
「本来、この儀式は御子を慕い、信仰した民衆の幸福を願って生み出された永続的な秘術と言われているわ。事実、最初期は5人の担い手を選出した後、皆で話し合いの末に願いを決定していたらしいわ。中には理不尽な弾圧や圧政を行った貴族の制裁を願うような過激な記述もあるけど、大半は雨乞いとか疫病の根絶といった、いわゆる平和的な利用がなされていたと記録も残されている」
しかし、そんな都合のいい便利な力、それも条件さえ整えば毎年のように利用する事が可能となる代物を前に、黒い感情を抱かない者など存在しない。
現に、存在しなかったが故に本来ならば世界安定を願う為に与えられたこの奇跡の力は、その長い歴史と人の業によって歪められ、現在では殺し合いの果てに己の欲望を叶える道具にまで成り下がったとの事。
選ばれた5人の担い手が、他の担い手と戦い、殺し、奪い、全ての聖遺物を手にして願いを独占する。
《奇跡の灯》と言う通称のみを現在に残すこの儀式を、一部では『聖遺物闘争』なんていう新たな呼び名で呼ぶ者も出る始末だとか。
「つまり、あなたは一部で戦争とまで言われる無為な殺し合いに巻き込まれてしまった」
「……俺は、たまたま居合わせただけだ。それ以上でも以下でもない。その儀式とやらには、もう関係ないはずだよな?」
嫌な予感を覚えつつ、肯定してほしいと願いながらフィオナに問いかける。
だが、フィオナは頭を横に振って否定のジェスチャーをした。
「いや、関係ないだろ!? それとも何か。目撃者は消すとか、そんなノリなのか!?」
「それも少なからずある。そう考える輩も居るからね。でも」
中途半端に言葉を区切り、少し躊躇する素振りを見せるフィオナ。
「でも……何だよ」
「でも、あなたの場合、もはや無関係では居れなくなってしまった。何故なら」
途轍もなく嫌な予感が脳裏によぎる。
今しがた、あの路地裏で体験したあの一瞬――ヤクザっぽい強面の男にビビりながらも手近な棒を手にした瞬間が、何故か今になってフラッシュバックする。
そんな内心の困惑をよそに、彼女は決定的な事実を告げた。
「何故なら、あなたは『聖槍』の担い手に選ばれてしまった。もう、ただ巻き込まれただけの被害者じゃなく、むしろ、当事者。決して、逃げられない運命に組み込まれてしまった。ごめんなさい」