天文部の秘め事 Ⅰ
「ねぇ、光」
俺は嫌な予感がしていた。幼馴染みのこいつ―西藤千星のこの俺を呼ぶ言い方には必ず厄介ごとを俺にやらそうという意味が含まれている。ちらりと横に座っている彼女の目を一瞬見た。
「あのさ…」
「嫌だぞ、天文部をつくるのは」
「どーして分かったのよ?」
「予測と勘」
「でもさ、これは私とお祖父ちゃんの約束なんだよ?」
こいつのじいさんは天文学者だった。家に大きな望遠鏡があり、俺もよく星を見せてもらった。だが、一年前の七夕の日に死んでしまった。そして、約束というのが…
『夕陽丘中学の天文部を復活させること』
つまりうちの中学の天文部を復活させろということらしい。一時期、じいさんは天文部の顧問をしていた。今は潰れてしまっているから心配だったんだろう。
「ね、お願い」
「はぁ~分かったよ。協力してやるよ」
「さっすが光!」
そう言いながら抱きついてきた。やめろ!クラスの奴らが変な目で見てくる!俺は千星を体から引き離し、椅子に座らせた。
「で、どうするんだ?」
「部活に必要なのは四人と顧問。だから、あと二人と顧問」
俺にも入れということか。まぁ、部活には入ってないからいいんだけどな。
「二人のあては?」
「ない」
きっぱり言いやがった。大丈夫なのか?
「光は顧問の確保をよろしく。多分、前も湊屋先生だったから、その人で。あんたなら出来るよね?」
千星は椅子から立ち上がり、俺に言った。そんなのお前が一番知ってるじゃないか。
「やってやる」
千星はニコリと笑い、教室から出ていった。
私はいじめられてばかり。何もやっていないのに。いつも独りだった。
誰かが助けてくれるんだろうか?誰かが手を差しのべてくれるんだろうか?
分からない。何年先?何十年先?この苦しみはいつ取れるの?
早く、助けて。
さて、まずどういう人を入れたらいいんだろうか?何も考えずに来てしまった。光は今、確保に向かってるだろうし…。仕方ない、しらみ潰しに校内をぐるっと回ろう。
私はぶらぶらと歩き始めた。
しばらくすると、一年生の教室から何人もの罵声が聞こえてきた。まさか、春からいじめなんてしてんの?
「お前、とろいんだよ!」
「とっとと掃除してよ!」
「すいません…」
声が聞こえてきた教室を覗くと、一人の女の子が何人かの男女に囲まれていた。女の子は足元にはバケツ、手にホウキを持っている。まるでシンデレラのよう。…最低ね。
「早くしろよ、テメー!」
そう言いながら一人の男子が手に持っていたホウキを振り上げた。
「ちょっとあんたら何してんの?」
私は一年生の教室に入り、振り上げているホウキを掴んで奪う。
「お前には関係ないだろ!?」
「あたし達はこいつにお仕置きをしてるだけ。引っ込んでくれますか、先輩」
一年生の女子が私の胸元を見ながら言う。どーせ私の胸は…あ、そっか、リボンの色で学年が分かるんだったけ。一年生は青、二年は緑、三年は赤だった。まぁそんなことは今はいい。
「その子も一緒に連れてくわ」
私はいじめられている子の手を掴む。
「何言ってんですか?こんなのろい奴を連れていく?どこへ?」
「天文部」
「でも、それは潰れたんじゃ…」
「つくるから。じゃあ」
「ちょっと待てよ!」
「これ以上私をここにいさせると、恐ろしいことになるけど」
「えっ?」
「千星!お前大丈夫か!」
どこから私の居場所を突き止めたのか、光が走ってやって来た。やっぱりね。
「光。この一年生が私を帰してくんないんだけど」
「またかよ」
「またって何よ!」
「この前もヤンキーに絡まれた女子を助けたら自分も絡まれて、結局俺が助けたし」
「それはいいの」
「何がいいのか全く分からないが」
「よーし行こっか」
私はいじめられていた女の子の手を引き、教室を出た。そして、彼女に中の様子が見えないようにドアを閉める。
「…あの、あの人大丈夫何ですか?」
よく見ると、その子はすごく可愛い子だった。ふわふわしている髪を後ろにバレッタで止めていて、私より少し背が低い。ていうか、何でこんな可愛いの代名詞みたいな子がいじめられてんの?
「大丈夫。たぶんあなたは明日からいじめられないわよ」
「はぁ」
「終わったぞー。あっ、さっきの奴らが謝罪したいって」
「えっ?」
「いってらっしゃい」
私はさっき閉めたドアを開け、彼女を中に入れる。
「すいませんでしたー!!もうしません!!」
「あ、はい…?」
後で聞いた話だが、光はかなり恐ろしいことを言い、全員服従させたそうだ。内容は…言えない。
「ありがとうございます。助けていただいて」
その子の目には涙があった。よほど苦しかったのだろう。
「そんなお礼だなんて」
「お礼だなんて一言も彼女は言ってないぞ」
「いえ、何かお礼をしたいんですが…デンプン部に入ってもいいですか?」
「デンプンじゃなくて天文な」
「入ってくれるの!?」
「はい」
「あ、名前は?」
「福原朱里です。よろしくお願いします」
その子…朱里は笑った。
―天文部復活まであと一人。