浅井備前守長政
今宵で落城か・・・・わしはため息をついた。が、後悔はしていない。戦国大名として、浅井備前守長政として、満足な生涯を送れた。わしはなにも用件はないのに、妻と子供たちのもとへといく。
「市」
「まあ、おまえさまですか。」
「ちちうえ」
「おう、茶々か」
わしは、市の顔をみる。あいかわらず美しい。この美しさだけは、後世に残さねばならない。
「市、わしについてこい。」
「どこにいくつもりですか」
市がわしをにらむ。
「義兄上と会う。」
「わたしは織田家に送り返すつもりなら、やめてください」
「いや、ただ義兄上とあいたいだけだ。」
義兄上は、すで制圧された京極丸の前の崖にいるという。わしはその崖の対になっている崖へ、市をつれてゆく。
義兄上はすでにいた。横には羽柴藤吉朗秀吉という小柄で猿に似た武将がいた。
先に口を開いたのは義兄上だった。
「義弟よ、なぜだ。わしとそなたと次郎三郎がいれば、ほかすべてをを敵に回しても天下を三分できたのに」
「義兄上よ、私も戦国大名ですよ。三分ではなく、まるごとほしくなったのです。」
「ふん、貴様にとって天下とは市か」
その言葉にわしは反応し、反射的に、3年前のことを思い出した
3年前、小谷城。
「おや、父上いかがいたした。」
わしの前にあらわれたのは父、下野守久政だった。
「どうしたも、こうしたも、あるか!なぜ、朝倉を助けぬ!」
「朝倉など、我々が六角に苦しめられれいるとき、助けてくれなかったではありませんか。それに義兄上を裏切ることなどできません」
わしはいきおいよく反論すると父上は笑い、そして言った。
「今、朝倉滅びれば、浅井は織田の家臣ぞ。ここで貴様が貴様の義兄を誅せば、南近江は浅井家のものとなり、浅井家は国持大名として、周りから一目おかれるぞ。」
わしは、はっとした。そうだ、義兄上を殺せば南近江どころかうまくいけば、京までも・・・わしが義兄上の地位へと、昇れるかもしらぬ・・・しかし義兄上を裏切るなど・・
ガラガラ。
「む、だれだ」
「市にございまする。」
「市か!?いつからいた。」
わしは思わず声が上ずった。
「最初からです。おまえさま、兄上を裏切るなんてやめてください。兄上は裏切ったものは、ゆるしません。」
わしはかっとなった。血が逆流したような気分だった。わしは市を殴り倒しさけんだ。
「市!わしが義兄上より下だというのか!ならばみせてやる!わしが義兄上より上だということを!父上!家臣をあつめよ!」
父上は、笑いながら出ていった。市は、畳に仰向けになりながら震えていた。わしは家臣が集まったのを聞いてこの場を去った。
「家臣よ、揃われたか、今、天下には将軍に背き天下の怒りを買うものがいる。そやつはわが浅井家をも支配しようとたくろんでいる。」
家臣が騒然とする。わしは少し間をおき、そして宣言した。
「信長、誅すべし」
家臣が一斉にどよめき、誰もが自発的に出陣の準備をした。
義兄上を討ち取れるか・・・わしはそればかりを考えていた。しかしこの状況なら、討ち取れるだろう。だが、この考えは、甘かった。義兄上は浅井決起を聞くと一騎でにげ、殿の羽柴、明智の奮戦もあり信長は無事京に生還したという。
くそ、くそ、義兄を撃ち取れないとは・・・だが、まだチャンスはある。必ず義兄上は、復讐のために、来るだろう。そのときが、義兄上の最後だ。
そのチャンスははやくきた。姉川で浅井・朝倉連合軍2万、織田徳川連合軍3万5千が、向かい合った。数的には不利。だが、敵の主力は弱兵の織田軍。それには浅井軍があたり、強い徳川軍には、主力の朝倉軍があたる。狙うは義兄上の首ひとつ。
「申し上げます。礒野一員様、十二段目突破っ!!」
もう、義兄上の前には佐久間隊しかおらぬ。もうすぐだ。もうすぐで義兄上の首が拝める。
しかし、このときもそれは果たせなかった。3倍の朝倉軍を徳川軍がうちやぶったのだ。
その徳川軍が織田軍の補助にまわった。もう、無理だ。
「くそ!!撤退だ!」
わしは采をいきおいよく地面にたたきつけた。
わしは回想を終えると、義兄上をみた。
「義兄上・・・」
「なんだ・・・・」
「いつか、織田家は天下を一統するでしょう。浅井家は悪名として、名を歴史にのこすでしょう。ただ、最後まで意地を見せた江北武士の面構えだけは、忘れないでください。」
わしは、去ろうとした。市がついてきた。わしは
市を制止し、言った。
「わしは女を大事にする戦国大名だ。」
市は、うなずいた。わしはもどる途中考えた。わしは義兄上より上なのか・・・ああ、自信をもってうなずける。わしは市を愛し、愛されたのだから。