郷愁
ゾロとジャンヌお婆は、紫音が泣き止むまでじっと見守っていた。
総てのメッセージを出し終えた本の形をしたものは、また元のように二つに別れていた。
やがて紫音は泣きやみ顔を上げ、ジャンヌお婆が差し出した布で涙をぬぐい、ぽつりぽつりと話し出した。
「私はあの星で両親と幸せに暮らしていました。二年後に星を統治する評議会のメンバーになる為の勉強を始めることになっていたのです。ところが、思っていたよりも早く星の寿命が尽きることがわかり、一年後にあの星を出たのです。そして、あの映像にあったようにブラックホールに飲み込まれる前に、両親にこの星へ送られたのです。私は両親に、このまま一緒にいると言いました。しかし両親は私に、お前はあの星でするべき事がある筈だ。一人で寂しいだろうが、私たちの代わりに生きていきなさい、と言いました。そして私は辛さに耐えきれずその記憶を消したのです」
「死んでもよかった。あのまま、両親と一緒にいたかった・・・」
その時に、ゾロが声をかけた。
「紫音さん、あなたが辛いことは分かります。私も子供を小さい時に亡くしました。だから、大切な人と別れる辛さは知っています。でも紫音さん、あなたはひとりぼっちじゃない。私も、このメッセージを受け取ったジャンヌお婆さんも、あなたと同じ血を引く者なのです。同じ仲間なのです」
紫音はゾロを見た。
「ええ、それは・・・わかります」
「ただ、今は一人になりたい」
「帰りますね。これを、しばらくお借りしてもいいですか」
紫音はそう言って、本のようなものにそっと触れた。
「ええ、どうぞ」
「うん、持っていきなされ」
紫音は本のようなものを二つ持ち、挨拶をして、自分の部屋に戻った。
そして、二つの物の模様を合わせ、メッセージを何度も何度も繰り返し見ていた。
どれくらいの時が経ったのかも分からないほど見た後で、ひと息入れた時にドアがコツコツと叩かれた。
「紫音や、お客様じゃぞえ」
カレンお婆だった。
紫音は、誰だろうと思いながらドアを開けると、カレンお婆の横にゾロが立っていた。
外はもう夕暮れだった。
「こんな時間にと思いましたが、あなたの事がどうしても気になって失礼を顧みずに来ました」
紫音はゾロを招き入れた。
「紫音や、食事が出来とるでな。二人分ここへ運ばせるぞえ」
「お婆さんすみません」
「なんの。ゆっくりするがええだ」
カレンお婆はドアを閉め、戻っていった。
二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
「驚かせて申し訳ない。ジャンヌお婆さんに頼み込んでこの場所を教えてもらいました」
「よくまぁ、あそこからここまでこんなに早く」
「ええ、やもたても堪らずに馬を乗り継いでやってきました」
紫音はテーブルに置いてある二つの物に目をやって
「帰ってからずっと、これを見ていましたの」
と言った。
「そうでしたか」
そこへジャネットが神妙な顔で食事を持ってやってきた。
ジャネットは、逞しい体つきで精悍な顔立ちのゾロに緊張しているらしく、ぎこちない動作で食事をテーブルに置くと
「お口に合うかどうかわかりませんが、召し上がってください」
と、ゾロに言った。
「お手数をおかけして申し訳ありません」
と、恐縮するゾロに、いえいえ、構いませんのよ、と言ってジャネットは出ていった。
二人は黙ったまま食事を食べ終えた。
そしてゾロが自分の事をぽつりぽつりと話し始めた。