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紫音の少女 郷愁  作者: 柊 潤一
流転の中で
25/41

東国へ行く

 昼食の時間になり、テーブルで食事をしている時にマイクが紫音に話しかけた。


「準備のほうは進んでるかい?」


 マイクは、何かが吹っ切れたような晴々とした顔をしていた。


「ええ、もう終わったから、昼からでも行ってみようと思うの」


「そうかい、早いな。紫音一人じゃ心配だから俺も一緒に行こうかと思ってたけど、よく考えたら足でまといになりそうだと思ってさ」


「そうね、気持ちだけもらっとくわ。ところで畑の方はどう?あの芋はもう植えたの?」


「うん。今朝つるを植えたよ。うまく育ってくれるといいがな」


「うん、楽しみね」


「兄さんに任せとけば大丈夫よ。こう見えて作物を育てるうでは確かなのよ」


「こう見えては余計だろ」


 ジャネットはぺろっと舌を出して首をすくめた。


 この後、紫音の持って帰ってきた芋はうまく育ち、マイクは蔓を知り合いの農家にも分け与えて、またたく間に赤い芋は国中に広まった。


 昼食が終わって紫音は部屋に戻り、目を閉じて意識を島国へ持っていった。


 そして、前回目星をつけた場所から遠く離れたところで裕福そうな屋敷を探した。


 屋敷が見つかり、紫音はその場所を覚え込んで一旦部屋に戻り、砂金の入った袋から少量の砂金を取り出すと小さな袋に入れ、腰に巻いた布の間に押し込み覚えた場所へ飛んでいった。


 屋敷の近くの道に現れた紫音は、そばの林に潜んで屋敷から誰かが出てくるのを待った。


 うまく屋敷の娘が出てくれば、頼み込んで砂金と引き換えに着るものを譲ってもらうつもりだったが、出てこなければ忍び込んで着物を盗むしかないと思っていた。


 その時には服の代金として砂金を置いてくるつもりだった。


 屋敷は豪農のようで、紫音は意識を屋敷へ飛ばし、中の様子を探っていたが、ちょうどその家の娘が共の者と出かけるところだった。


 紫音は、林の前にやってきた二人の前にいきなり飛び出すと同時に、二人の目を見つめた。


 二人は驚いた顔のまま、その場に固まっていた。


 紫音は手早く二人の頭の中に入り、言葉や風習などを自分の頭の中に移し入れ、紫音のことを好ましく思う印象を植え付けるてから二人を起こした。


「きゃっ・・・」


 二人は立ちすくみ目を見開いて紫音をみた。


「驚かせてすみません」


「あぁ、びっくりした。いきなり出てきたら驚くわよ」


「ほんに、お嬢さま。心臓が止まるかと思いますわよねぇ」


「いったい、どうなさったんですか?お近くの方?それに変なお着物を着てらっしゃるわね」


「いえ、道に迷ってしまって、共の者ともはぐれて難儀していたところへ、あなた達を見たものだから思わず飛び出してしまいました。ごめんなさい」


「あらあら、大変ですこと。お嬢さま、家へ連れて差し上げて事情をお聞きになればいかが?」


「そうね、そうしましょうか。じゃ、ご住職の所にはあなた行って、要件を伝えてきてね。あとで私が伺いますとも伝えといて」


「あ、そうですか。分かりました。では言ってまいります」


 共の女性は紫音を見て、名残惜しそうにしながら去っていった。


「さぁ、私の家へ行きましょう」


「ありがとうございます」


「いいのよ。あなたくらいの話し相手が欲しかったの。家にこもっているとつまらないわ」


 娘は紫音を連れて屋敷の中へ入っていった。


「おとうさま。おとうさま!」


「なんだい、あかね。お前、住職のところへ行ったんじゃなかったのか」


 家の奥から、お父様と呼ばれた初老の男が出てきてそう言ったあと、娘の横に立っている紫音を見て不思議そうな顔をした。


 その目が紫音を見た瞬間に、紫音は男の頭の中に自分への好印象を植え付けた。


「こちらの方は、どなただい?」


 娘は紫音から聞いた話を父親に言った。


「そうですか。それはそれはお困りのことでしょう。ささ、ひとまずはあがってお休みくだされ」


 紫音は家の中に通され、客間に座らされた。


「さて、見たところ変わった着物を着ておられ、目の色も違うようじゃが」


「おとうさま、先にこの方に私の着物を着せて差し上げようと思うの。このままじゃ、使用人にも目立つでしょう?」


「おお、そうだな。そうしてあげなさい」


「こちらよ。一緒にきて」


 娘はそう言って紫音の手を掴み引っ張っていった。


 娘の部屋で紫音はじっと立たされ、娘からあれやこれやと着物を見立てられ、着せ替え人形のようにされたあと、やっと着物を着せられた。


「この着物は包んでおきますね」


 娘はそう言って、紫音の着ていた服を風呂敷に包んで部屋の隅に置いた。


 娘と共に客間に戻った紫音を見て父親は、おおと言って紫音をしばらく見ていた。


「これは、お美しいですな。着物がよう映えて」


「いいでしょう?おとうさま。私の見立てよ」


「さて、あなたは共の者とはぐれたそうだが、どこから来られたのかの」


 紫音はしばらく考えるふりをして、思い付いたように言った。


「ああ、そうだ。あれを見てもらえれば。ちょっと私の着物を取ってきます」


 立ち上がる紫音に、娘も一緒について来た。


 二人で部屋に入り、紫音は心苦しく思ったが、娘の意識をなくさせて着物の入った風呂敷を持ち、用意していた紙に書き置きを残した。


 申し訳ありません。

 親切にしていただいたのですが、やんどころない事情で帰ります。

 ありがとうございました。


 そして、紙の上に砂金を何粒か置いて自分の部屋に飛んで帰ってきた。






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