プロローグ
紫音は、その黒い影から逃れるために、薄暗い森の中を走り、跳び続けた。
背中まである長い艶やかな髪をなびかせ、紫に輝く瞳で前を見据えながら、木から木へ飛び、地上に降り、又、木の上へと、細いしなやかな身体を縦横無尽に軽々と、尋常ではない速さで移動させていた。
それは、紫音の特殊な能力ーこの星の上にある物体を、この星の中心へと、引き付けている重力を自在に操る力ーによるものだっが、誰も追い付ける筈のない速さで移動しているのにもかかわらず、その影は確実に距離を縮め、背後に迫ってきていた。
紫音は心の中で焦り、芽生え始めた絶望感にさいなまれた。
ーだめだわ。追い付かれる…ー
その時突然、紫音の目の前に壁が現れた。
左右を見れば、壁は地平線まで続き、見上げれば果てしなく天に伸びていた。
紫音にとって、壁をすり抜けるのは訳もないことだったが、壁の向こうには漆黒の闇が感じられた。
紫音は、折れかかった心を奮い起こし、天を睨んだ。
次の瞬間、その身体は遥か上空を上へ上へと、凄まじい勢いで昇っていた。
しかし、影はすぐ後ろまで迫ってきた。
その悪意の塊が、その息づかいを耳元で吐き出した時、紫音の身体は影に覆われた。
闇に包まれ、消えていこうとする意識を揺さぶるように、紫音は叫び声をあげた。