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『X・OVER WORLD』  作者: 工人
第一章『近代魔法世界編』
7/25

『Repeat after me. 〜倫理崩壊のペナルティ〜』

今回は外伝っぽいお話ですが、一応本編の一部です。

とある登場人物の原点に軽く触れてみます。


 ――それは、私が普通の人間だった時。

 始まりの人生での記憶――。


 私は生まれてこの方、挫折というモノを味わったことがなかった。

 程々の努力でも、大抵のことはそつなくこなせる。

 生活に不自由はなく、両親は優しい。

 友人にも師にも恵まれ、環境は至って正常そのもの。

 私にも周囲にも、いつも笑顔が絶えることは無かった。

 ……だから、不協和があったとするのなら、一つだけ。

 私の笑顔だけは、中身の伴ったモノではなかった、というだけのこと。

 不満があるとすれば、ただその一点に尽きた。


「――私には、世界がどうしてもつまらなかった――」


 何をしても心までは揺れ動かなかった。

 だけど表情だけはごまかし続けた。

 楽しくもないのに笑い続けた。

「だってこんなの、私が悪いだけだもの。皆は何一つ悪くないのに、私がつまらないと感じているだけ……」

 あるいは、と考えることもあった。

 しかし他人を傷つけることだけは、できなかった。

 最高の形で整った世界を変える必要性もなければ、その権利すら自分にはないと信じていたからだった。

 変わるべきは周囲ではない。どう考えても自分だ。

 私は決して悪人ではなかった。

 人に対する気遣いも、優しさもある筈だ。

 なのにどうして、楽しめないのか。

 そのことに、学校から帰る最中、揺れる電車の中で気づいた瞬間から。

 私にとって人生とは、ただつまらない日常を延々と過ごす、辛いだけの時間になっていった。

 『人生とは、死ぬまでの暇潰しである』という言葉を、いつか私は聞いたことがある。

 つまり人間は、愉しむ為に生まれてくるのだということだろうか。

 ……だとしたら。

 生まれてから何一つ楽しんだことのない私の人生は、無意味?

 その日は、闇に怯えて夜は眠れなかった。

 瞼を閉じるだけの行為が、生理的な嫌悪感で出来なかった。

 無意味な自分が、ふと消えてしまいそうで。無意味だから消えてしまいそうで。

 飲み込むような夜の暗さに、私が溶けてしまいそうに感じた。

 無色な自分は、混じり合ったらそのまま無くなってしまいそうで恐かった。

 明日に希望のない人間にとって夜は短く、そして無性に(なが)かった。




 ある日の夜。

 私はつい衝動に駆られて、手首にカッターを突き立てて掻き切った。

 ……すぐ母に見つかった。

 余程混乱していたのだろう、私の手首から鮮血が溢れ出るその場で叱り付け理由を問い詰め始めた両親には、『知的好奇心を抑えきれなかった。やってみたくて我慢が利かなかった』と話した。

 自傷癖があった訳ではない。

 死にたかった訳でもない。

 やったことがなくて、なおかつ刺激がありそうな事を思い付いた結果として、やってみようかと思ったからやった。

 それほどまでに、私の世界は刺激に飢えていた。

 ヒリつくような痛みにさえ、背徳と悲痛の悦楽を感じるほどに、私は壊れ始めていたのだ。

 憂鬱は浸って味わうもので。

 苦痛は自分から縋るもので。

 背徳は求めて愉しむものでしかなかった。

 両親には申し訳なさも感じていた。

 だけど、世界はやっぱりつまらなくて。

 それも、私に何の感慨も与えてくれない。


「世界はこんなにもつまらない。それは誰の所為? 世界の所為?」

 自分で言うのもなんだが、私は馬鹿ではない。

 答えはすぐに出され、私は気づいた。

「――違う、私の所為だ。私が変わらなければ世界はいつまでもつまらないままだ」

 私が変われば世界が変わる

 そうでなくてはいけない。

 そうであればいい。

 そうであってほしい。

 ……だけど自分を変えるのは、本当に難しいことだ。

 どうしたものか……悩んだ。

 偶然思い付いたのは、手首の傷も癒えかけた、またも学校の帰り道だった。

 橋の上を通った瞬間に、そこから見えた広い景色。

 ――なら、世界を変えればいいんじゃないだろうか?

 ふと、名案というべき天啓を閃いた。

 逆説的に言って、私が変われば世界が変わるなら、世界が変われば私が変わる筈!

 この時はその論理の破綻にも、矛盾にすらも気づいていなかった。

 そして次の日から、それが私の目的になった。

 

 ――けれどその次の日に、私は亡くなった。


 即死ではなかった。

 だけれど速やかな死だった。

 まるですべき事を終えたように、静かに滑り込むように訪れた死。

 鮮血を撒き散らした私の死因は、通り魔によるナイフでの刺突。

 背後から心臓を一突き。

 ずぐり、みたいな。

 ごぽ、とか。

 ぐちゃり、みたいな。

 ぞり、とか。

 そんなよく分からない音が耳元……むしろ自分の内側から大きく聞こえて。

 呼吸が無理矢理止められる。

 私は振り返って冷静にその通り魔を見据えてから、自分の意思とは無関係なままアスファルトに崩れ落ちた。

 地面は冷たいのだろうか、それとも熱いのだろうか?

 背中が熱を持っている所為でよく分からない。

 やっぱりその時も、学校の帰り道だった。

 人が大勢見ている中での、狂気に振り回された突発的な犯行だったみたいだ。

 自分はもう助からないと悟った。

 死ぬんだ、と思った。

 ――ああ、これで。

 世界は替わる。

 私は替わらない。

 私は変われる。

 世界は変われる?

 素晴らしい感覚だ。

 生きることは怠惰だけれど。

 死はこんなにも、劇的だ。

 人生なんてつまらなくて、ただ辛いだけだと思っていたのに、最後にこんな素敵なことが待っているのなら、全然まったく捨てたモノじゃない。

 最っ高に性質(たち)の良い抱き合わせ販売ではないか。

 生きることは死ぬことと同義。

 まさしく至言ではないか。金言ではないか。

 まさか最後にこんなどんでん返しが待っていたなんて!

 もしもこの世界に脚本があるのなら、書いた作者は最高のエンターテイナーでストーリーテラーに違いない。

 本能が拒否する命の終幕も、人格を否定する生の対義も。

 これなら別に、悪くない。

 まったくもって悪くない。

「……あは、うふふふ」

 気づけばいつの間にか、地に這いつくばったまま笑っていた。

 命の灯火が、消える。

「嗚呼……ごめんなさい。ごめんなさい、みんな……」

 私は冷たく煮え滾るような死を己に深く受け入れ、そして――




「――やあ、よくきたね。初めまして、沙上(さがみ)火無月」



 そして。



「――ねぇお嬢ちゃん、『新しい世界』に興味はないかな?」




 ――私はそこで、悪魔のような神に出会った。



 という訳で、今回は火無月ちゃんの物語でした。


 火無月ちゃんのあの妙な混沌ナマコ髪飾りは、まんま『破壊と創造による世界の変革』がテーマの彼女による自作アートです。


 この後、神様によって『佐上火無月』は『伊集院火無月』として転生、水無月お姉様と運命の出会いを果たしてゆりゆりしてしまうのです。


 ちなみに、実は最初の人生でも知らない内に主人公と接触して『とある約束』を交わしていたりします。

 その辺りや、彼女が転生者としての運命を受け入れた理由なんかも、いずれ書く予定です。

 まあ、後者の予想はつくかもしれません。たいていの過去の因果関係は基本的にコイツの所為です(笑



 それでは、近い内にまたお会いしましょう。

 しーゆーあげいーん。

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