第十九話『零か壱』
どうも工人、改め病です。名前を改めることにしました。
……何だか、病気になったように見えてしまう文ですね。病です。
実は今回、テンションだだ下がりです。
それというのも、頑張って書いていた小説のデータが紆余曲折あって消えてしまったからです。
工人は普段、主に携帯の未送信メールを利用して書き溜めているんですが、口にするのも憚られる手の込んだうっかりをやらかしました。
……まあ、これくらいのことならよく聞く程度の話ではあります。問題は、消えた文章の量でした。
半角一万文字、全角で五千文字のメール――――およそ“五百件”。
正確には文字数限界いっぱいの四百七十九件プラス短い走り書きがいくつか。
推敲や設定の擦り合わせ、その他諸々で費やした……時間にして四年半の結晶。というか血晶。
ぼーん☆
うっがああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
何? 何故? 何てっ!?
ワタクシめが何をいたしましたですかあぁぁぁぁっ!?
嗚呼……人生って……何だったんでしょうね。
この『X・OW』関係の展開、ネタと世界観設定資料、伏線纏め表とかも吹っ飛びました。
『X・OW』が終わったら再開する予定の世界観共有小説二本、それにプラスしてまだ上げてなかった更なる世界観共有の二本……計四本の書き溜め、伏線込み時系列表や共通世界観設定、キャラクター設定などは全滅しました。
途中まで上げていた書きかけの“現代ファンタジー夢オチバトルロイアル物”の書き溜め二章分が消し飛びました。
この小説関係は殆どパソコンに保存していたので無事でしたが、設定資料の内、作品の根幹にして最大のギミックでもある心理学全般と近代西洋哲学と脳の認識能力関係を綿密に練り合わせて元ネタにした異能力設定資料がひそかに孤独死を遂げていたことが発覚しました。
後は短編一本がお陀仏。
ここまでが八十パーセント趣味で書いていた習作と小説。これで全体の半分くらい。他にも大賞応募用の案が二本半あったのを含めて全体の九割九分九厘といった所か。
まあ半年くらい時間かけて要点だけは書き出してみた訳ですが、今書いている小説は伏線を含めなくても細かい見落としが出てしまうんじゃないかと思います。
もし見つけたら御一報下さい。宜しければですが。
では、言い訳はここまでにして本編第十九話です、どうぞ。
P.S. 今回から、後書きに解説メモみたいなのを設置してみる試み。
『自分自身のコトが大嫌いなボクだけど、もし、本当のボクを誰かが愛してくれたのなら。
――きっと自分を、ほんの少しだけ好きになれる気がするんだ』
転生者《自殺師》こと■■■■は危険な人外である。
それは彼――便宜上そう呼称する――のその圧倒的なまでの能力が、という意味ではない。
その人格、ひいては人外としての“在り方”が、だ。
一例を上げてみよう。
前提として、彼は人間が嫌いだ。これ程までに愚かしく、強欲で、傲慢で、残酷で、狡猾で、更には数の暴力まで兼ね備えたような存在は、数多の世界を見回しても他にないといっていい。
だから■■■■は、転生者の次に人間が嫌いだ。敢えて転生者も含めて言うのなら、“人間嫌い”とも言える。
しかし人間が嫌いだからといって、自らが率先して人間を滅ぼそうとは考えないし、実行もしない。
それは何より、彼の嫌いなモノの最上位が■■■■自身だからだ。最も許し難い自分自身を差し置いてまで、棚に上げてまで、人類をどうにかしようなどというのは彼の中で自己整合性に反する。
……だが、それは逆にそれしか理由が無いことも意味する。
例えの話に戻ろう。例えば、ファンタジーな世界で人間と魔族が敵対していたとする。
互いが互いを滅ぼそうとしている時代の中で、人の王と魔の王それぞれが力を貸せと■■■■に迫ったならば。
■■■■は先に頼ってきた方に躊躇いなく力を貸す。
人間の側につけば、戦場・非戦場を問わず魔族達を淑々と駆逐するだろう。
逆に、例え相手が悪虐の魔王であれ、自分を必要としてくれる相手なら――躊躇いなく自分を差し出してしまう。
人間を滅ぼせと“命令”されたなら、本当に実行する。
自責を積み重ねながら、あるいはそれすらも無く、その化け物じみた能力を用いて蹂躙と虐殺を済ませてしまう。
あるいは、仮に能力など無くとも様々な手段を使って達成しようとするのは疑いようも無い。
『誰にでも安易に押せる兵器のスイッチ』。
人間どころか生物という枠からもはみ出した存在。
その無機質じみた在り方が、人間の理解の範疇にない在り方が、余りに人間という有機には危険過ぎるのだ。
そしてそれが分かっているからこそ、■■■■は表舞台に上がらない。
誰かに愛されたいが故に、孤独。
彼の転生者は、その程度の人外だった。
――さあ、開幕だ。
自ら流した血で以って、この結末を清算する。
悲劇は喜劇へと変わり果て、主役は道化へと成り下がり、そこにある一切の状況を空回りの舞台に貶めよう。
有るべき“時代の激動”を虚へと。
来たるべき“未来の鼓動”を静寂へと。
痛みを学ばぬ愚か者共へ、痛みから学ばぬ愚か者達が、宣戦を布告しよう。
夢には目覚めを。
苦痛には午睡を。
正義には現実を。
悪には安らぎを。
このボクが創る甘ったるい夢心地で、冷めきった現実から眼を醒めきらせてやろう。
狂気が凶器足り得る確かな証を、実感させてやろう。
――どうだ、見ているか神よ。
物語は此処で終わらせる。
世界という作品――その打ち切りへの秒読みをしながら、せいぜい次に会う時の台詞でも考えていろ。
拝啓。
《自殺師》■■■■より。
親愛なる怨敵――《神》へ。
「ていうのは――ちょっと、痛々しいかな」
第十九話『零か壱』
「唯貴さん!!」
「博士!!」
死屍累々といった有様の一階ホールには、リアン君と明石少尉が待ち構えていた。
「今、戻りました」
「心配したんですよ、夜城博士」
「まったく……唯貴さんは。何処に行ってたんですか?」
二人が口々に愚痴を並べ立てるのを軽く聞き流して、先ずは、と謝罪を試みた。
「勝手に別行動をとってしまってすみませんでした。少し、気になることがあって」
素直に頭を下げる。迷惑をかけてしまったのは紛れも無く私用の為であり、ボクが悪いのだから。
「……お姉ちゃんをスルーするとは悪い弟だな」
「……急いで……行きましょう、お姉様……」
姉さんと火無月がかけてきた声に、申し訳なさげに顔を見遣る。
ボクにつられてそちらに視線を振った明石少尉が、二人の後ろに居る真遊を目で捉えた。
「っ!? 良かった……無事で何よりです……お蔭様で助かりました」
僅かな安堵を滲ませながら呟くように礼を述べた明石少尉に対して、しかし真遊は何でもない風に、
「逆風逆境はいつものことだにゃー」
と、そう言って苦笑気味に笑ってみせた。
……あ、そうだ。
周囲にはボク達以外に人も居ないし、丁度良いかも。
ボクは背後――皆からは死角になる角度――に手を回し、技能『質量未保存』を使って家から持ってきていた荷物を一つ取り出した。
「一度ここで体制を整えよう。少し休憩を兼ねて食事を提案します……はい、これを」
そう言って渡したのは重箱のような弁当箱。
「わぁお何これ!? シチュー? シチューなの!? さーっすが唯ちゃん、気が利くぜーっ!!」
皆が頷いて了承してくれた中、何故か一番食いつきの良かったのは真遊だったが……ごめん、よく分からないけど期待には応えられなかったよ。
ってゆーか、流石に弁当箱に汁物はねーですよ。
「いや残念だったね、中身は特製……」
真遊が箱の蓋を開けると、皆で中を覗き込む。
そこに鎮座しているのは――
「サンドイッチ(例のアレ)でしたー」
「……何かと思えばまたサンドイッチ? サンドイッチだと? お前は何か? アレか? サンドイッチ伯爵の回し者なのか? ええ?」
と、口角を引き攣らせた真遊が、どこか独り言のように口にする。
「真遊、口調口調」
「にゃー」
だから、本当にそれで誤魔化してるつもりなのか?
「サンドイッチを密閉容器に詰めるとか無いわー。せめてバスケットにしろよ通気性悪いなオイ」
……実はいつもの外面を演じるのが面倒になってきたんじゃあるまいな。本来の素の口調で本音を喋らせるとコイツほど毒舌なのは余り居ない。そこは本人も自覚がある所為で、普段は口調ごと自重しているようだが。
それに演技とはいえ、元々の真遊もそんな性格だったりする。つまり残念でバカっぽい本質を隠して精神武装する為に今の口調を身につけたが、今度は日常において口が悪すぎるので、現在はずっと昔のお気楽な口調を意識して使っている……という、複雑過ぎる状況になっていたりする。
『基本的には中身イコール言葉遣いだけど、たまに黒歴史時代の癖で口が悪くなる』と言えば少しは分かり易いだろうか。
……まあ今はそれはどうでもいい。大事なのは素早く食事をとってもらって、このままスタミナが切れない内に攻め込む事だ。時間を掛ければ掛ける程、予想外の出来事が起きる確率は跳ね上がる。
それに、この場合で最低限必要なのは、一息挟む、直ぐさま侵攻する、といった明確な行動の統制を執ることだ。
次々と区切りを付けた行動というのは、その効率が良い。グダグダになるのを防ぎ、『急いでいる』意識を常に保った上で集中力を酷使せずに休む時間を確保できる。
これは必須であり、そも集中力を失った行軍など死者の行列と大差ない。
……というのは大軍を動かす時の定石であってこの場合では少し言い過ぎになるのだが、しかしそれでも疲労困憊の皆を無理して働かせるような気概を、ボクはとんと持ち合わせてはいなかった。
「無理せずゆっくり休んで備えてください。あと十分もしたら、また上層の制圧に戻ります。此処を抑えておけば敵は逃げられないでしょうし、あちらもそれが分かっているからこそ篭城せざるを得ないんです」
実際には、ボクと火無月、シルヴァ姉さんが来るまでビルの入口は完全に隙だらけになっていた訳だが。
――だが、しかし。
逃げる心配など、必要がない。
――ボクの知識が教えている。
黒幕も味方も、初めから此処を離れることが出来ないと。
――ボクの技能が感じている。
このビルの上層で、逃げも隠れもせずに、あの男がボクを待ち受けていることを。
――ボクの経験が囁いている。
物語の舞台は今もまだ、確固としてこの場所に存在しているのだ――
「……行こう。時間だ」
反応はそれぞれ。
「おう」
「……はい」
「にゃー」
「了解です」
「行きましょう、博士」
赤の魔女と、
手首狩りと、
召喚体質と、
外套警察の二人。
そして、自殺師。
転生者四人、魔女が二人。
この六人で、遍く物語を結末に導く。
エレベーターに乗り込むべく、ホールに向かう。
「……火無月」
と、その傍らで、ボクはひそかに囁きかける。
「ええ……問題無かった……ようです……子細無く」
返す彼女に「……そう」とそれだけ告げて、さりげなく皆の前に出る。
二十人は乗れる大きな扉のエレベーターを前に、ボタンを押して待つ。
「――――」
静寂。
僅かばかりのそれを裂いたのは、意外にもエレベーターの到着音ではなかった。
「……夜城博士。一つ、お聞きしておきたい事があります」
彼女は静かに、そう切り出した。
それに対して切り返す。
「重畳。喜んで答えますよ。これからの事かな? それか今までの事? それとも……技術的な話、ですか?」
「前者でもあり、後者でもあり、技術的な話です。参考までに、是非とも一つ聞いておきたい事があるのです」
ふむぅ、と微かに息を吐いて。
「言ってみて」
先を促す。
「はい、夜城博士――聞きたい事というのは、人工思索回路のことです」
……うむむ。
「流体操作システムじゃなくてそちらですか? 専門の明石少尉の方が詳しいんじゃ?」
「博士の意見をお聞きしておきたかったのです。私には、とある目的があるのですが……概念魔法構築概念論(その分野)は、提唱者の博士の方がお詳しい筈ですので」
…………。
「聞かせてください。何か力になれるかもしれないですし」
「はい、率直にお聞きします…………人工思索回路に、魂が宿ることは、あるのでしょうか……?」
その、前置きの割には覚束ない質問に。
「――いや、無いよ。絶対に有り得ない。ロボットは所詮人形。魂なんて大層なモノを人が宿らせるのは無理だ、絶対に無いだろう」
そんな簡潔な真理を、まくし立ててみた。
「そう、ですか」
「ええ、そうです」
そう……なら、と二言三言呟いたまま、明石少尉は何か納得したように頷いた。
「有り難う、ございました」
「いえ」
そのまま待つこと十数秒。
ポーン、と。
どこか趣があり、しかしそれでいて間の抜けたような電子音が鳴ると、1Fと書かれた文字が点灯する。
「――お姉様っ!!」
続いて自動ドアが開いたと同時――中から飛び出してきた何かが、頬を掠める。
「――ッ!?」
反射的な魔動機の起動展開――純魔力結晶壁の構築。
黒天剣が生み出す黒澄色のそれは、高密度の単純魔力であればこそ、魔道の類に対して高い耐久を誇る。
一瞬背後に目を遣り、先の攻撃を確認。
運か実力か、誰にも当たらずに壁に突き刺さったそれは――
「――――散れッ!!」
直後、轟音。
魂すら砕けるような閃光とともに炸裂した熱量。
言葉を聞くまでもなく全員が飛びずさったが、しかし一番遠かった筈のボクが反応しきれない。爆風に煽られ、結晶壁の空間固定が解けてしまう。
床に軽く打ち付けられながら、合流前に真遊に聞いていた話を思い出して心の中で舌打ちする。
爆発の寸前に視認した、紛れも無いそれは――ナイフ。
「いやはや――――さっきは《召喚体質》にエライ目に合わせられました……ずずっ、鼻水止まんないですしぃ」
硝煙と似た煙に揺れる橙色の短髪。
エレベーターから姿を現したのは、『聖天大星』と呼ばれる少女。ボクの研究室の後輩。
「……ナイフも残り少ないしやってらんねー……ですよー。メアリーの奴に至っては『風邪で早退します』って、小学生かっつーの」
――仕方ない。此処は、あの手札を切るのが確実か。
「やれやれ、これだから介入は面倒なんだよ……」
まったく以って、本当に。
■■■■こと転成者《自殺師》は、するもされるも介入との相性が致命的に悪いというのに。
「嗚呼……身体が怠い頭もボーッとする目が霞む……って――あ、あれっ!? な、なんで夜城先輩がこんな所にぃっ!? こ、これは何かの間違いですからっ!!」
いや、間違いって何が? どういう意味で?
「やあ、鍵檻さん。こんな所で会うなんて、まるで物語に惹き寄せられたかの如き凄い奇遇だね。良かったら、ちょっとボクと話でもしていかないかい?」
そう適当に切り出しながら、心の中で叫ぶ。
――行け、階段だ!!
「……っ! こっちです……!」
技能、『ROM』で心を聴いた火無月が、動揺していた鍵檻の隙を突いてリアン君と明石少尉を引っ張って走る。
「え、あ、ちょっ!?」
「はい、ストップ」
反射的にナイフを構えた彼女の前に身を割り込ませる。
「ううっ……!」
案の定戸惑い、投げ付けるのを躊躇う。
相手に視線を合わせたまま、すぐさま背後に声を投げた。
「《召喚体質》――何かあったら喚んでくれ。必ず行くから」
「……了解だにゃー」
目の前にいる《聖天大星》の視界を上手く遮り続けながら、その返事を聞く。
「西側階段は使えません、こっちです!!」
心当たりでもあるのか何故かリアン君が誘導して行くのを見送ってから、改めて正面の“敵”と相対した。
「さて、あからさまな死亡フラグを立てた訳だけど。状況は……これで案外、悪くない」
「その物言い、まさか先輩も転生者だったとは気付きませんでした……」
彼女はそこまで言って、息を大きく吸い込むと――
「……しかし、私こと不肖《聖天大星》の抱く崇高な意志は不変! 夢の逆ハーレムを築く為。貴方には是非、その一員に加わって欲しいんです。貴方も最初は嫌がるかも知れません。だけど――
それでも私は、お前が欲しいッ!!」
……不覚にも、ちょっと靡きそうになった。
「ず……随分とまあ男前、だね。君としては嬉しくないかもしれないけど身体が女性だったら惚れてたかも」
無論冗談。ボクとしては、あんまり性別は関係なかったりする。
とはいえ、やっぱり女から好かれても意味ないよね。
「え、マジっすか、マジっすか、マジなんすか!? くっそーう、性転換できるスキルが有ったらすぐ使うのにーぃ!!」
食いつくのかよ。
「ありがとう。だけど、今回の人生は先約がいるから――」
「――誰ですか? その女」
怖ぇよ。
「女というか男というか……まあいいじゃない。それで? 逃げなくていいの?」
「諦めませんよ、私は。まあそれはそれとして、改めて名乗りましょう。
――変わらぬ名前は鍵檻鈕、転輪する魂の二つ名は、四十二回目の《聖天大星》。
初めまして。お見知りおきを、転生者」
……うわぁ、かっこいーね。
「それで? お聞きしましょうか、先輩のお名前を」
うん、これは合わせてあげよう。
「……『弱い人間と強い化物』が関係として成り立つのなら、『弱い化物と強い人間』は、それと相対で等価だ」
――だから。
「だから最初に一つだけ言っておこう――『ボクは絶対に、君には勝てない』」
「? 貴方……一体何者なんですか?」
「――転成者、《自殺師》。
最初の名前は■■■■……それ以上でもあり、それ以下でもあるダメなヤツだよ」
ボクは何時だって化物で、何時だって人より弱い。そんな存在でしかない。
「な……いや、そんな、有り得ない……何で、こんな物語に……!?」
「運悪く巻き込まれちゃってね。まあ自業自得と言えなくもないけど、とにかく今は事態の収拾をつけるのに必死なんだよ」
少女は開いた口元に手を宛て「……信じられません。噂に聞く貴方なら……この程度の事象率、すぐにでも収束出来る能力があるでしょう?」なんてことを言った。
無論そんなのは誤解甚だしくて、ボクは神ではないので限度というものがある。
「噂が真実であるとは限らない。真実と銘打ったモノが真実であるとも限らない。自分の目で見たからといって、それが真実とも限らない。真実を見たからといって、脳が真実と認識するとも限らない。
実際にはボク、大分弱いんじゃないかな。能力も抑制してるし、肉体の人格的に全力戦闘なんてほぼ出来ないし」
諭すように言うと、少女は少し落ち着いたように見える。良かった、稀に見る話の出来る相手だ。たまにいる転生者みたいに名乗った途端に悲鳴を上げて逃げられたら、ショックで立ち直れなかったかも。
「……その上で化物級と呼ばれているのを知らないんですか? 策略を読んで返し、多様なスキルを状況に合わせて扱いきってしまうその人間離れした圧倒的なまでの経験則が、どれだけの畏怖を生んでいるのか」
……手厳しい。
「ボクは戯れでは他人に害を与えないよ。昔は自衛の為に人殺しをしていた時代はあったけど、最近はめっきり自殺しかしてないかな」
もっとも、今回は例外だ。人の死を見すぎた上――あの“能力”を神に封じてもらっている為に、いつにもまして自衛が過剰になりすぎている。恐怖に対する自制が利いていない。既に殲滅戦をやってしまっている。本当に――
――吐き気が、する。
それをどうにか押し殺した。一瞬で感情を平静に戻す。この技術を身につけてから……否、この技術に身を浸けてから、一度も表情から感情を読まれた事はない。
だと、いうのに。
「――? どう、したんですか」
たったの今まで怯えたような表情で相対していた少女に……訝しげな顔で、“心配”された。
「は、はは、驚いたな……気づいたのか、今のに……は、は」
声が引き攣る。顔も引き攣りそうになったが……無理矢理顔面の筋肉を押さえ込む。
口が、笑いを、浮かべそうになる。
勿論そんなヘマはしなかった。もし見られでもしたら、少女は逃げてしまう。
だから、必死に押し殺す。心の中、闇底から浮かび上がった気持ち悪い笑みを、自虐と自責でめった刺しにした。
「ねえ、きみ」
「な……何ですか」
少し無防備すぎるよ。
そんなに怯え無くていいのに。
嬉しさと淋しさ。
自分の中で矛盾を孕みながら少女に――《聖天大星》に聞いた。
「君、次も転生する?」
「……はい?」
きょとん、とされた。
「もし出会ったら、その時は宜しく」
「……え、はい?」
「君のコトが気に入った。今回は見逃すから帰るといい。
……なんて、偉そうなこと言ったけどさ。今回では、ボクが君に相応しくない……それだけだよ」
だから、次に会った時は宜しくね、《聖天大星》ちゃんっ。
「え……あの、私……殺されないんですか?」
…………。
「賢い子は嫌いじゃないよ、ボクは」
背を向けて呟く。
「明日の夜あたりまで王都から離れた方がいい。すぐに転生したくなければ、ね」
格好だけつけて逃げる。転移魔法をこっそりと起動し、歩きながら転移を開始した。
「あ……待っ――!」
最後まで聞く前に、片手を上げて肩越しに手を振った。
浮遊感。
迸る魔力。
満ちる閃光。
朽ちる肉体。
眩む視界。
酩酊感。
世界が暗闇に変わり、何処かに何かが引っ張られる感覚。
転移先はこのビルの屋上。
真遊が単独行動をとってまで設置した、MKP――高層素帯回折式魔力通信機の座標を逆算する。
――戦力的な優位性の無い迎撃戦というのは、どの敵にどの味方をどのタイミングでぶつけるか、あるいはその時に備えてタイミングを合わせて罠に掛け、いかに敵の戦力を削っておくかが重要になる。
故にボクは、その二つに共通する要素――“タイミング”をずらす戦法を選ぶ。
つまり。
この局面で、不意打ってビルの最上階から奇襲を掛ける――!
再構成される景色。
頬を撫でる風。
未だ暮れない色の空。
空間を逼迫する残滓。
そして――
――そうして辿り着いた場所に、あの男がいた。
「殲滅目的の急襲を掛けるならば、目的地の反対側からが一番望ましい。そう私に教えたのは……お前だったな、『青目』――?」
はい、という訳で第十九話をお送りしました。
言い訳は散々前書きの方でのたまったのでこっちでは無しにします。
いよいよもってクライマックス、今こそ決戦の時なのです。
さてさて、諸事情で伏線回収が雑ではありますが、必要最低限くらいは纏めて見せます。駄作気味でも。
ぶっちゃけ第二章までに転成者は皆死にますし。
さて、此処からは今回の解説。
例として、こんな感じで説明します。
>>P.S. 今回から、後書きに解説メモみたいなのを設置してみる試み。
自分で自分を説明することほど寒いことは余り無い。つまらないことも余り無い。他人が語る『昨日見た夢の話』くらいか。ところで、夢を見たのは昨日というべきなのか今日というべきなのか、すごく気になります。
こんな感じ。
>> から続くのが本文からの引用部分。
改行して文の頭にスペース入れてないのが解説部分。気まぐれにあったりなかったりのコーナーです。
>>彼の中で自己整合性に反する。
この自己整合性というのは、自分の内面に、あるいは内面と行動の間に矛盾が存在しているかどうかということ。ダブルスタンダードになっていないか、自分の信条と価値観に反した事をしていないか、前言と矛盾したことを言っていないか、等といった矛盾を決して許さない思考のこと。この自己整合性が足りていないと、支離滅裂なことを言って他人を傷つける理不尽な人間になってしまう。怒った時ほど殊更に顕著。しかしだからといってこれに執心しすぎると、周りからは『自分の事しか考えてない』人間に見られるので注意。まあ、あながち間違ってはいないし。
>>人間を滅ぼせと“命令”されたのなら、本当に実行する。
本当にする。■■■■の最大にして絶対の弱点は、“懇願”である。しかし一応人並みの倫理は知っている(知っているだけ。持っている倫理は普通の人間と少し違う)ので、殺せという命令であっても殺さないでと縋り付けば殺すことは絶対に出来ない。それが本当でも、嘘でも、殺せない。良くも悪くも自己整合性に縛られている。さながら、ロボットに近い。
>>「ていうのは――ちょっと、痛々しいかな」
ちょっとではない。が、自覚はあるらしい。
>>死屍累々といった有様の一階ホールには、
前回リアンヌと明石とシルヴァスタがしでかした惨状。唯貴と火無月が合流するまでにリアンヌの睡眠魔法により昏倒させてある。
>>「逆風逆境はいつものことだにゃー」
物語干渉率という数値が高い人間ほどこうなる。因果率の最大揺らぎ、あるいは単に運命率とも。作品用語。余談だが、意外と《召喚体質》や『赤の魔女』はこの数値が低い。第一章登場人物の中では、だが。人生百回やり直したって、物語の主人公、英雄やお姫様になれる人間はきわめて稀。
>>技能『質量未保存』を使って
便利スキル。名前と細部の仕様が違う類似スキルが幾つかある。時間を超越した倉庫ではあるが展開も射出も出来ません。つーかそんなの倉庫じゃねぇ。同じスキルを持っているのは現在、リヒド=ファイツェルンと転成者《誤差集成》のみ。え、誰だソイツって? 既にみんな知ってるキャラだと思います。
>>「サンドイッチ(例のアレ)でしたー」
サンドイッチを作る際には、パンの内側に半溶けの塩入りバターを塗ってレタスを小さめにちぎって挟み、胡椒を少々掛け、逆に挟む具の味付けを薄目にすると全体に纏まりが出てワンランク上の味に。まあ個人の好みによりますけれど。
勿論タマゴサンド。やっぱりあの卵。かの肉食怪奇植物ニワトリが人間に植え付けるという、例の。さりげなく唯貴君は手を付けていなかったりする。彼とニワトリには浅からぬ因縁があるかもという疑惑ががが。
>>集中力を酷使せずに休む時間を
つまり大事なのは仲間の集中力の管理。メリハリをつけて酷使させない。世の中、好きな事に異常な集中力を見せる天才はたまにいるが、自分の集中力を自在に操ってみせる奇才はそれより更に少ない。
>>「――いや、無いよ。絶対に有り得ない。ロボットは所詮人形。魂なんて大層なモノを人が宿らせるのは無理だ、絶対に無いだろう」
それができるのは神だけだ。……にしても、やけに口調が強い唯貴君。その真意は? 死人以外には、魂なんてあまり重要ではない。魂がなくても、心が宿ることまでは否定していない唯貴君でした。
>>「嗚呼……身体が怠い頭もボーッとする目が霞む……って――あ、あれっ!? な、なんで夜城先輩がこんな所にぃっ!? こ、これは何かの間違いですからっ!!」
身体が怠くて頭がボーッとして目が霞んでいるのでその場にいた《召喚体質》本人には気付かなかった。にも関わらず主人公だけを識別出来た理由は何の事はない、“乙女力”の三文字である。
>>「《召喚体質》――何かあったら喚んでくれ。必ず行くから」
死亡フラグ。他に何と言えば?
>>「(省略)だけど――
それでも私は、お前が欲しいッ!!」
よくあるセリフ。実によくある台詞。だがキメ台詞の如く叫ぶのは、某落ちモノゲーで有名な闇の魔導士くらいか。
>>「? 貴方……一体何者なんですか?」
コイツは何を言ってるんだ? 的な意味で。
>>「な、何ですか」
直前の急に笑い出した唯貴君にドン引きの図。
>>「君、次も転生する?」
ナンパ。本人にその意図がなくても。
>>そう私に教えたのは……お前だったな、『青目』――?」
この時点で、お互いがかつて誰だったのかを既に察している。愛を囁いた相手のことを。鮮明に、明確に、確実に、思い出している。
今回はここまで。
それでは皆さんまた次回。しーゆーあげいーん。