第十八話『底無しの天国』
どうも、工人です。
皆さん大変お待たせしました(待ってた人いるのかな)、第十八話です。
最近は色々と忙しく、二ヶ月ぶりに近い更新となってしまいました。すみません。
なんだかんだでいよいよクライマックスです。まだこれから出る新キャラもいたりするんですが、第一章は二章以降のための説明章なのでお許しください。
《召喚体質》こと真遊ちゃんの喋り方が特徴的ですが誤字じゃないので留意ください。
正直、伏線回収しきれるかな……と不安の声(自責)。
回収したとしても稚拙な謎解きになるのが目に見えているッ!!
というかそもそも、「そんなのどうでもいいよ」と思われている可能性が高いという……。
o rt ←首が取れた図。
という訳で十八話です、どうぞ。
少し血で汚れた野球のボールが、足元に転がってきてコツンとぶつかった。
魚と人を混ぜ返したような化け物が、そこで無数に死んでいた。
オレンジに透き通った魔力結晶の破片が、辺りに飛散している。
そこは既に、瓦礫の山と化していた。
何一つ原形が残らない程に埋もれてしまったその場所は、一つ上の階の天井のみが綺麗に崩れ落ちてしまっている。
そんなあまりの惨状にただ一人だけ、人間が佇むようにして待っていた。
――風邪をひくと悪いから近寄らない方が良いよ、と彼女は呟いた。
「お帰り、唯ちゃん」
「――ああ、ただいま。ようやく帰ってきたよ……この、儚くも華々しい“物語”に」
第十八話『底無しの天国』
「で、これまた派手にやったなぁ……誰も駆け付けて来なかったのは――下か?」
ボクと火無月が真遊と合流したのは、もう日が暮れ始めていた時刻だった。
「いやーまったく、敵ながらあっぱれだにゃー」
などと宣っているが、多分元凶は真遊だろう。そもそも、まともな戦闘になったのかすら怪しい。
「ていうか、火無月ちゃんおひさー!」
「つい最近……会ったではないですか……《召喚体質》……」
「いやいや、一言しか会話してないしてないですよ」
厳密には、会話にすらなっていなかったらしいが。
「よーし、なでりなでり」
「……くすぐったい……です」
ほのぼの、しみじみといった雰囲気。
それも仕方ないか。以前の世界で最後に二人が別れた時は、あんな別れ方になったしまったのだから。
それをこの場で口にする程、ボクは無粋ではないつもりだけれども。
「早く皆に合流したい。急いで一階に向かおう」
空気を読まず邪魔する程度には無粋だったが。
「あまり……気にせず……行きましょう」
心を読んだ火無月に気を遣われる。むしろあまり有効に使われていないのは、スキル『ROM』の方かもしれない。
「まぁ……他人の心なんて……あまり聞きたくはないですし……」
それは確かに。実際に使ったことのあるボクに言わせてもらえば、最低でも『群衆に囲まれて侮蔑と恥辱の罵声を浴びせ掛けられ続けても平然とした顔でいられる程の精神』がなければ手に余るようなスキルだ。それを軽々と手の平で弄ぶ火無月を見れば、百回を越える転生回数というのがどれだけ凄まじい人生経験なのか分かるだろう。元々精神を病んでいたことを含めても、既に人間という括りから半歩程抜け出してしまっている。
まあ、今のボクは残念なことにもう三歩半は抜けきってしまっているのだけれど。
「まるで自慢にはなりゃしないけどにゃー。ところで、裏切り者に見当がついてるって本当?」
「うん。といっても、“原作”では裏切ったりしてなかったらしいんだけどね。ただ……それっぽい傾向の描写があった訳じゃないけど、設定資料を見た限りでは『むしろ裏切らなかった理由が分からない』ってキャラクターらしいよ。ボクは知らないんだけどもさ」
とある知り合いの転生者に連絡を取って教えてもらった事だ。
「……成る程……あの人ですか」
あ、こら、勝手に読むなって。しかもこっそり真遊に伝えてるし。仲良いな、君達。
「ボクにしてみれば、事前知識無しでも確信してたんだよ、裏切りなんて。裏切る人間の傾向はよく知ってる……身をもってね」
「裏切ってきたのは唯ちゃんの方なんだろうけどにゃー」
うぉい、言わないでって。
「今回はむしろ……その数十倍の裏切られた経験から……判断したみたいですが……」
だから恥ずかしいから止めて! ボクが駄目人間みたいじゃないか。
「人間に失礼です……謝罪して……ください」
「唯ちゃんは駄目人間じゃないよ。良識のある化け物だよ」
ぐぬぬ……返す言葉が見当たらない。身体的には人間なのに。
「ま、まあ、そんな中学二年生じみた話はやめて、早くみんなと合流だ」
「……はいはい」
「あいさー」
階段を駆け降りるボク。転移魔法は、今はまだ使う訳にはいかない。
“物語”もクライマックスのこの局面で、上に敵の親玉がいるダンジョンの階段を、ただただ下に向かって駆け降りていった。
――ボクには聞こえない距離で、真遊は嘆息して呟いた。
「……それが単なる厨二病なら、まだ良かったのにね」
リアンヌは、とうに明石との合流を終えていた。
大胆不敵にもエレベーターで昇っていく夜城唯貴達とすれ違って階段で降りてきた二人は、既に一階で待機している。
……にもかかわらず、先程の明石に近いまでの逆境だった。
一階ホールで左門真遊を待つ彼らは、当然のように敵に囲まれていたのである。
数は二十数人、全員が手にロッドを持つ軍人レベルの魔女達。
「一人一人がB級魔女クラス、といった所ですか」
「悠長に分析している場合ですか、明石少尉?」
リアンヌと明石が一応のB級魔女であることを考慮すると、この人数を相手取るのは些か無茶が過ぎる。
「(まぁ、逆に無茶をすれば何とか出来なくもないか……?)」
リアンヌはそう考え、自らの持つ魔法や魔動機、揚句は体術や凍結技能『一時停止』までを駆使した戦術を構築し始める。この高い戦術構築能力こそが、リアンヌの最大の武器であると夜城は考えていた。
「(これくらいの雑魚連中なら、複数相手でも私の“人形”でいけそうですね……)」
明石も心の中で算段をつけ、外套のポケットから眼球サイズの半透明の球状魔動機を掴み出そうとした。自らの研究成果である、“人形”を呼び起こす為に。
――とはいえ、『召喚体質』がこの場で待てと言った以上、こんな事態くらいは当然考慮の内だ。
突如として響いたのは、逆境をものともせずに捩伏せる声。
「よぉ――待ちくたびれたぜ――!」
瞬く間に飛来した赤い閃光が、リアンヌと明石の前で仁王立ちした。
「『赤の魔女』――!」
「シルヴァニアン特尉……!?」
赤い長髪の女性は、ニヤリと不敵に笑みを浮かべた。
「おいおい、俺も混ぜろよ」
黒ワンピースとジーンズに、夜城唯貴謹製の“ロングコート型”魔動機『赤羽紅衣』を羽織った出で立ち。
はためく赤色は、まさに――
「っは――! 薙ぎ払って、良いんだなッ――?」
――狂気的なまでに、美しい。
「三人で手早く片付けましょう、明石少尉はそっちを頼めますか!?」
と、速やかに思考を冷却させたリアンヌが叫ぶ。
「当然です! それと、シルヴァニアン特尉は温存しつつお願いします!」
「だりぃな、好きにやらせろ」
『ええっ!?』と驚く二人だったが、それなら先に自分達で狩ってしまえばよいという結論に至った。ここ数日――消えた夜城唯貴を捜す際にだが、『赤の魔女』が人の話を聞かない性格であることを彼らは嫌というほど理解している。
「明石少尉!」
「心得ました!」
「仲間外れかよ、寂しいなぁ」
どの口が、と口を揃えて呟いた直後、二人は敵と相対する。
シルヴァスタはかつて義弟からプレゼントされた愛用の赤いコートを魔動機として起動させる。迸しる赤い固有特色の魔力が、直視した人間を圧倒的な畏怖の念で怯ませる。
その『見る者を圧倒させる』という現象が、“赤の魔女”シルヴァスタの実力を端的に、無慈悲なまでに知らしめていた。
赤の魔女はあまりにも強い。その強さは、この世界の裏で犇めく転生者達を歯牙にもかけずに足の下に踏み付けるほど。
無論、本気で殺し合いをしに行った転生者は片手で数える程度しかいないだろう。試しに挑んだ転生者も、五十人には遠く及ばない。更には皆、誤魔化しの利かない規模のスキルは使ってもいないだろう。
だが、だがしかし、それは考慮の必要もない負け惜しみに過ぎない。
何故なら多数派の転生者とは、スキルの隠蔽など考えてもいない連中であるからであり。
それら逸脱級能力を持つ転生者達が“挑んですらいない”という現状そのものが、“勝ち目が無い”という現実の裏返しであるが故に。
……あるが故に、彼女は最強であり。『最強であるが故に彼女である』ことが、彼女の魔法だった。
“あらゆる戦いに勝利する魔法”。
赤の魔女の体質は、発動したあらゆる魔法をそれに変換する。
自分個人にしか作用しないうえ、勝負ではない不意打ちには耐性が無いが、その効果は実に多岐に渡る。
一番に目的地に向かいたければ『脚力強化』や『高速飛翔』の魔法になり、軍隊に一人で戦いを挑めば『領域殲滅魔法』になる。
あるいは『必中射撃』にも『身体強化』にも『技術体得』にもなりうるだろう。
余談だが、これに勝てるほどの“能力”を持った反則的な転生者は、そもそも物語の表舞台には出てこない厭世的な連中だ。
いるとすれば、それは今回に限り例外的に引きずり出された《自殺師》の一派くらいのものであろう。珍しく表舞台に立ち回ってはいるが、本来は厭世的な連中の筆頭といわれる転生者である。
「いくぜ……」
赤の魔女ことシルヴァスタ本人は、転生者という存在など露とも知らない。今までの敵の中に少し手強いヤツらが何人かいたな、くらいの認識でいる。
それだけの強い魔法……まさしく魔法は、当時はひ弱な少女でしかなかったシルヴァスタを世界でただ一人の『S級魔女』に押し上げた。
同時に精神も鍛え上げられ、戦いの意志が研ぎ澄まされていった。
全ては、自らが愛する義弟を守る、今この時の為に――!
リアンヌが腰から引き抜いた拳銃型魔動機は、既に物質化した魔力が銃身の構成を終えている。
敵の先頭で隊長格相当の男が、銀色の装飾杖を振り上げ声を上げる。
「我々の願い、聖人様方の悲願、邪魔させる訳にはいかんのだ!!」
取り囲む敵の“夜月の教会”信者達は、長々とした呪文の詠唱を終えて今まさに、全方位から強大な魔法を撃ち込む――!!
「遅ぇよ、『跳弾』!!」
――だが、勝負の対象を“詠唱速度”に定めていたシルヴァスタの魔法は、本来人間には不可能な速度の『高速詠唱』でもってA級の対多人数攻撃魔法を先に完成させる。
翳した掌底から眼で捉えきれない速度で放たれた一発の魔弾が、赤光の尾を引いて信者達の杖を持つ手を次々と弾き飛ばす。
「っ……まだ終わらんぞ!! 怯むな、“杭の二番”!!」
信者達は即座に杖の補助無しで使えるC級魔法に切り替えると、生み出した無数の釘を針の雨のように打ち出した。
それを――
「――“泡”による防御。受け止めなさい」
『イエス、マスター』
防いだのは、明石だった。
しかしただ明石が防いだのではない。それはあまりにも奇っ怪な盾だった。
半透明に脈打つゲル状物質――いうなれば“スライム”のようなナニカが、薄い膜のように展開されて釘の雨を絡め取っていた。
「……基本形態で待機しなさい、ミーシャ」
明石がそう命令すると、その“泡”は、釘を絡めたまま収縮すると、あろうことか半透明なまま二足直立になった。
それはおおよそ人型で、右の眼球部分には、コアである半透明球の魔動機が埋め込まれて絶えずギョロギョロと動き続けている。
「人形って……人の形って意味だよな……?」
思わず呆然として呟くリアンヌ。当然だろう。人というよりは、スライムの化け物といった方がしっくりくるデザインだ。
「私が学院時代から研究開発していた人工思索機能試験型魔動機、“人形”ミーシャです。ほら、初お目見えですよ。挨拶しなさい、ミーシャ」
その言葉に反応するように、人体模型にそっくりな二足歩行スライムは、喉元のゲルを震わせて若い人間の男の声で発声した。
『イエス、マスター。ワタクシハ“ミーシャ”デス。ヨロシクオネガイシマス、リアンヌ様、シルヴァスタ様』
これには赤の魔女も眼を見開いて驚愕する。
「し、喋りやがった!?」
敵の信者達ですら、あまりの事態に我を忘れて恐れ戦いている。
この“人形”という魔動機は、はっきり言って転移魔法に匹敵するオーバーテクノロジーに近い技術だ。
試案としては存在した流体制御の魔動機。一応、流体を操作する機構そのものは既に“とある研究者”が考案済みであったものの、流体環境のシュミレートが複雑過ぎる所為で制御がおおざっぱを通り越して使い物にならない程度の代物だった。
しかし明石は、それを使い物にしてみせた。
彼女が秀才と呼ばれていた十七歳の頃から一心不乱に研究していた“人工思索型魔動機”――つまるところ魔法を用いた人工知能(正確には“人工精神”)――を流体制御の為の管制システムに据えることによって。
結果、人工精神は自らの肉体を構成する為の素材と機材を手に入れて、人型を成した。
旧魔法こそを至上のものとして信奉している彼等にしてみれば、最新型の魔動機かつ明石独自の研究による超技術が用いられており、この化け物の如き異様な見た目でありながら明石達を守り片言で喋っているミーシャは、まさしく邪悪な悪魔そのものに見えているだろう。
この魔動機は、明石の才能と技術力の高さ、そして……偏執的なまでの妄執じみた研究を意味していた。
「あれ、なんでオレ達の名前を?」
話が通じるモノと仮定して、リアンヌはミーシャに話し掛けてみる。
『待機状態デモ、視覚、嗅覚、聴覚センサー類ハ作動シテオリマス』
「成る程……それにしても凄い創り込みですね明石少尉! ちゃんと自分に対して話し掛けられているのかを判断できる人工知能なんて!」
機械プログラミング、中でも取り分け魔動機のマニアであるリアンヌは、周囲の状況すら忘れて興奮している。
ちなみに夜城唯貴にも多少似たきらいがあるが、彼の場合は自分の安全を保証できる実力故の余裕であるという違いがあったりする。
「勿論です。私の研究目標は……“人間の再現”、ですから」
その明石の言葉には多少の含みがあった。表情にも翳りがあった。しかしそれを気にした者などいない。いても特にどうなるということもないだろう。それは一瞬だったし、無意味であった。
「さあ、ご覧にいれましょう! 思索制御システム試験型流体制御用魔動機、“人形”ミーシャの性能を!!」
高らかな宣言と同時、待機状態だったミーシャの
身体が、煙が燻るように揺れ動く。
「――“突撃”!!」
明石の命令に反応して――突如として前のめりに崩れるように身体が変形し、幾本もの半透明な槍が突き出された。
「ぐあッ!?」
瞬きをする刹那に、信者達の身体を貫いていく。
溶け、千切れ、繋ぎ、延ばす。彼我の距離十メートルを一瞬にして詰める水の棘。
それは奇しくも、夜城唯貴の転生者としてのスキル、『突然変身』を用いた戦闘に非常によく似ていた。……もっとも、両者共に与り知らぬ話ではある。
結果として残ったのは、さながら近代兵器による蹂躙。しかしそれでも致命傷にならないギリギリのラインを正確に狙っているのは、あらかじめ殺傷しないように制限をかけているからだ。
「(もしあれが、殺傷目的で放たれたら……)」
無惨に皆死んでいる。リアンヌはそこまで考えて身震いした。あんなものが人間の反射神経で避けられる訳が無い。緊急防御魔法が発動するよりも早い攻撃では、恐らく即死するだろう……と。
『(人間の再現……? それが本当なら、これは失敗作もいいところだ。これは単なる――殺戮の兵器でしかない)』
既に立っている人間はリアンヌ達以外にいない。
……足の骨を砕かれたからだということに、気づいていない人間はいなかった。手足と腹に空いた穴から血を流している姿を見た者は、理不尽にも磔刑に処された無実の罪人を思わせるだろう。
「はて……それで、見せ場をなくした俺とエルスィーネ君はどうすりゃいいのかね?」
おどけた口調で茶化すシルヴァスタに、場は一気に白けていた。
「知ってるよ。明石少尉の魔動機が、流体制御システムを元にしてるってことは。五年前にあれの原案――魔力を特殊な液体に特殊な方法で馴染ませて、魔力と一緒に液体を動かすシステムを考えたのはボクだから」
火無月と真遊と共にエレベーターで一階に戻っているボク達は、これまでのいまひとつパッとしない布石を確認した後にそんな話題について話していた。
「ヒナは知らないかもしれないけどさ、当時は魔動機工学の博士号取る為に忙しかったから色々と技術を創り散らしてたんだ」
十歳より前から効率的に勉強を始め、数年で博士号を取る。言葉にすれば漫画や小説によくある設定でしかないが、実際にやるとすればそれは世紀の大事だ。いざ目の前にしてみれば、それは有り得ないを通り越すだけ通り越して、開いた口が塞がらない。
もっとも、転生者という論外の規格外であるボク達だからこそ簡単に出来る訳なのだけれど。
ちなみに勿論のことだが、ボクは博士課程を修めた訳ではなくて論文審査を通って魔動機工学の博士号を取得した。この世界には大学も博士課程もない代わりに、子供でも論文審査を受けることができるのだ。もっとも、その分審査が厳しくなっているのがネックだが。現状の技術レベルに合わせなければならなかったので、ボクも結構苦労した。原始人に地動説を説いたところで意味が無いように、当時の魔法技術はまだ黎明期だったからだ。
とまあ、そういったことを踏まえても歴史の勉強だけは凄く苦手。何千何百もの世界に転生したことがあるボクだけど、流石に毎回学びなおすのは大変だし頭がごちゃごちゃになる。だからある程度は流して覚えるようにしているのだ。長期の転生における弊害の一つか。
「流体制御システムの論文が何処に飛散したのかずっと分からなかったけど、姉さんから明石少尉の話を聞いて知った。最終的に、彼女の許に行き着いたってことを。リヒテア研究所時代のボクが目指してた“完成形”を、明石少尉は独力だけで実現してたらしいんだ。
もっとも、明石少尉はシステムを完成させるために人工知能を積み込んだんじゃなくて、人工知能の計算資源を有効活用する為にシステムを搭載したみたいだけど。
まあ、それは今はどうでもいいか」
ふわり、と身体が軽くなる感覚に何となく居心地の悪さを感じつつ、これまでの経緯を振り返る。
「色々あったなあ……遠い昔みたいな気がするよ。
確か事件が多発してたのが、数日前」
最近、殊更眼の隈が酷い火無月が、後を引き継いで言葉を繋ぐ。
「私が……今生で初めて……お姉様にあったのも……この頃です……ね。通り魔の話を……知り合いから聞いた私が、喫茶店で……お姉様に、伝えました……」
「その後、事件現場に行って父さん――空辺志渡の、部下のケーニッヒさんに事件について聞いたんだけど……ここで明石少尉に初めて出会った。民間人と勘違いされて補導されて高校に連れていかれたんだけど――」
今度は、魔女帽を目深にかぶった真遊が続ける。
「そこで薄毛の校長先生と一緒に出迎えたのが私だったにゃー。噂をすれば影、明石少尉の荒ぶる運転技術で撥ねられた私は、唯ちゃんについていくことにしたのでした。まぁ、私にしては珍しく物語の“前線”に出てこれたしー。
もう一つの事件現場である海藤魔動技術研究所に着いた私と唯ちゃんは、ここで捜査をしてたリアンヌ君に出会ったんですにゃー」
「うん。ウチの主力である《召喚体質》が出て来れたのは有り難かったよ。
後は、なんだかんだでボクがリアン君と模擬戦をして、結果としてリアン君を外套警察から借りてきた。明石少尉もまた合流して、夜城唯貴としてのボクに特務課から捜査協力を依頼した」
この時から胸を刺す痛みに苛まれ続けていることは、多分ヒナぐらいしか知らないだろう。真遊も勘づいている可能性は多分にあるが。
「その……次の日……でしたね。お姉様を……お姉様と……呼ぶようになった……副作用が出た……日は……」
それは思い出さなくていいです。
「あの後、リアン君に今後の協力を取り付けたんだったっけ」
「お姉様が……転生者に目をつけるなんて……珍しいです……よね?」
「ひょっとすると、私達《自殺師》パーティに新しく仲間が加わるかもしれないのかにゃー?」
「通称……“人形舞台”……爆誕です……ね」
なんだなんだその妙な名前は。採用しないよ却下ですよ。爆誕、じゃねーよ。
「……いけず。でも……仲間に……なってくれたら……嬉しい……でしょう?」
いや、そんなことはないよ。
無理強いはしたくないし、『ボクに付き合う』ってことは『自殺に付き合わせる』ってことだから。
彼のような他人を泥沼に引きずり込むのは人間辞めたボクでも気が咎める。叶うなら、リアン君には日陰の深淵の闇よりも、陽の当たる正道の真っ当な道を歩んで欲しい。
退廃的で快楽主義で、生き物として弱者で化け物として強者で、他人にも自分にも砂糖より甘い、日陰者のボクのようにはなってほしくないから。
「ってのは置いといて――味方になってくれたら死ぬほど嬉しい。絶対欲しい。リアン君が良い子すぎて生きるのが辛い。歓迎パーティー開いてキャッキャウフフして、よしよしなでなでしてほお擦りして抱きしめて撫で回して深く口づけして擦り寄せて皆で一緒になって眠りたい。ドロドロでグダグダの馴れ合いをして楽しいことを共有して、一緒に生きていきたい。勿論、リアン君が望むなら女の子の姿になっても良いんだよ……?」
「考えていることと……言っていることが……逆……です。
……おお、こんな……メタなツッコミが許されるなんて……『ROM』も……役に立つんですね……」
その発言自体が結構なメタファーだけどな。
「人恋しがりな唯ちゃんだし仕方ないかにゃー……まぁそれはともかく。折角久しぶりに前線で私達三人が揃ったんだから、派手に舞台から飛び降りてあげないとにゃー。
で、あの後喫茶店で襲撃された……と……?
あれ………………妙だ」
「うん、妙だ。本当に。まだ物語は始まったばかりの段階で、なんでいきなり向こうに先手を打たれてるんだ? あの時点でボクとリアン君は、単なる“通り魔事件”の捜査に着手しただけなのに。それに、なんであの導師――聖人は、街中で『生贄を殺そうとした』んだろうね?」
「成る程……だとすると、必然的に……お姉様とリアンヌが……何の為に行動を共にしたのか……知っている人間の……差し金ということに……なりますね」
一人二人の情報量じゃない。明石少尉と真遊のチームの方も当然監視していたのだろうから。
「で、通り魔とヒナとの遭遇に至る訳だ」
「でも、そこも変。裏切り者がいたから自宅が割れたのは解るけど、なんで出張って来たのが“原作憑き”なのよ」
「……真遊。口調、口調」
「にゃー」
繕ったつもりなのだろうか?
「失礼。でもホントおかしいにゃー。あそこにいたのが単なる“原作憑き”ならまだ解るよ? でも……」
「……あそこにいたのは、リヒド=ファイツェルン――あの“登場人物”は、原作においても“復讐者”だった……『空辺志渡に対しての』。義務的に養子のボクを殺して、復讐の前段階に仕立て上げる必要があった筈だ。そうしなければ、原作通り『夜城唯貴に殺される』。なのにアイツ、本気でボクを殺そうとして無かった気がするんだよね。敵意だけで、殺気が割と薄かったっていうか、せいぜい女の子の嫉妬レベルだったというか。単に殺し合いに慣れてない所為かとも思ってたんだけど」
更に、軍を離脱したルナテクス=愛那=ソラウライト――愛那さんの伝えた言葉を合わせるなら、答えは朧げに見えてくる。
「ああ――そろそろ一階に着くよ」
さあ、物語の再開といこうか。
というわけで第十八話でした。
冒頭は真遊のスキルについての暗示ですが分かり易すぎですねごめんなさい。
ようやく明石少尉が戦ったよ。厳密には本人は戦ってないけど。回収できもしないのに余分な伏線いれるからこんなに先延ばしになったんだ……習作だから許していただけませんかね? ダメ?
キャラ多すぎて把握できてない人が多いでしょうね。作者もできてません。
ただ、使い捨てではなくて二章以降でいたる所に潜ませる為の“顔見せ”をしているという理由があります。
主人公の戦闘力のインフレも、二章で平均値近くまで引き下げるためのギャップに過ぎません。
まあ、その所為で一章がグダグダになってりゃ世話ねえぜ、なのですけれど。
それでは今回はここまで。
皆様、また次回お会いしましょう。しーゆ-あげいーん。