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『X・OVER WORLD』  作者: 工人
第一章『近代魔法世界編』
20/25

第十六話『手のかかる大人』

 どうも皆さん、工人です。初めての人はいらっしゃるでしょうか、名前の読みは『くひと』です。

 え、どうでもいい?


 今回は工人のお家芸である自虐タイムがあります。他にもアレなシーンがちらほらと。

 無論、自己責任で御覧下さい。




 先に言ってしまうなら、今回登場のキャラのモチーフは某チェックシートを元ネタにしてます。知る人ぞ知る有名なキャラの筈なので、検索したらチェックシートが見れるかも。



 まあ、「そんなの興味ねーよ」という方は上の文章を軽くスルーしていただく方向で。

 では第十六話です、どうぞ。

 彼は十六歳の高校二年生だった。

 透き通るような銀髪。

 紅玉のごとく朱い右目と、碧玉のごとき蒼い左目。

 否応なしに他人を引き付ける、闇夜にある誘蛾灯の如き魔性の魅力を持っている。

 男でありながら、色素の薄い肌に中性的かつ現実離れした端麗な容姿。

 天才的な頭脳を持ち、武芸百般、スポーツ万能。

 いつも彼の過去には恐るべき悲劇があり、今度の人生でも両親を亡くし一人で生きてきたのだ。

 時折憂いを帯びた幻想的な笑みを浮かべ、しかしいつでも闇の淵からこの世界に生きる人間達を眺め、嘲り、見下し、そして嗤う。

 斜に構えた皮肉屋、転生者《死滅願望(アリス・デッド)》。

 その名はメアリー=スー。



 ……ただ一つの救いは、転生者(クラフト)でありながらも、神の慈悲により一切の能力(スキル)を与えられていないことである。

 典型的な転生者でありながら、通称“顔だけの男”と言えば、彼をおいて他になかった。


「フン、黙れよ。他人にとやかく言う暇があるなら、《自殺師(キリングドール)》らしくまずは首でも括ったらどうだ? それともまさか、死ぬのが怖いワケじゃないよな?」


 ……しかし顔だけなのは事実なのであった。

「随分と言ってくれるな……コロスぞ?」






第十六話『手のかかる大人』






「……で、誰ですアレ? ……あんまり関わりたくない転生者に……見えるんですが」

 夜城唯貴の研究室に戻る際に、研究棟通路の壁にもたれ、やたら思わせぶりにこちらに声をかけてきた少年がいた。

 眉をしかめた火無月に多少の申し訳なさを含めた視線をやりながら、ボクは面倒くさがりつつも答える。

「気にしなくていいよ。人間としてのスペックは厨二レベルでカンストしてるけど、転生者としては論外だから。性格に力が比例してないんだよ。まだリヒドの方がマシかもね……まあ、力が無い存在を悪だと言うほど、ボクはもう若くないけれども」

「世の中……実力主義……人間に易しくない……仕組みで出来ている……」

 そう、そして易しくなければ優しくもない。

 この世は厳しい。生きることは拷問で、死ぬことはきっと尋問だ。

 能力主義。それはこの上なく気に入らない世界の基本構造。悪の下地。正義の墓場。生贄の祭壇。

 もっとも、人類誕生以来の文明全てと生物の根本的存在理由をまず一から否定し尽くさなければ、覆りはしないものなのだけれど。

 でも叶うなら、そうしてしまいたい。

 それで救われる生き物が、どれだけいるだろうか。

 それでも救われない生き物など、どれほどいるというのだろうか。

 楽園。理想郷。そして夢想妄想の極致。

 そう、結局は夢物語にすぎない。

 この世界に生きる存在に、この世界は変えられない。

 可能な存在が在るとするなら、それは唯一この世界の――。

「……話が逸れすぎたな。まぁ……まぁまぁ。まぁまぁまぁ、ほっといてもいいでしょ。行こう、火無月」

「はい……お姉様」

 そう言って研究室の方に向かって歩き出して……

「オイ、俺を無視するんじゃない」

 ……銀髪のヘタレに呼び止められた。

 ていうか、台詞がなんとなく姉さんに似てて分かりづらいんだよなぁ。しかもどちらかというと相手のキャラを喰っちゃう濃さなのはコイツだし。ちなみに今、姉さんはボクらに先んじて次のアクションを起こしてもらっている所である。

「……凄まじく不愉快な視線を向けられている気がするな」

「気のせいだよ」

 褒めてるんだ。不愉快なのはこっちだっての。

「で、何? 君とは親しくもなんともないよね。親しくしたいっていうならそれも良いけど、君自身にその気が無いのは見れば分かる」

 そう、ハッキリ言ってボクとコイツは仲が悪い。というか、悪質なタイプの転生者を見ているとボクが不快感を感じてしまう。

 同族嫌悪みたいに。

 自己嫌悪みたいに。

「当たり前だ、気持ち悪い。誰がお前のような“人で無し”と好んで関わるか。侮辱もいい加減にしておけよクズ」

「ならとっとと帰るんだね。あまり下らない話をしている時間はないんだ。クズにはクズの流儀がある。つまり、自分の邪魔は速やかに消せ、だ」

 大言壮語。基本的に無気力なボクに、そんな流儀がある訳もない。

「ああ、すぐにでも消えるさ。消えるとも! ただし、その転移魔法は頂いて行くがな!」

 ……成る程、それが狙いか。

 思考が急速に冷めていく。

 否、冷ましていく。

 初めからそこまで熱くなってはいない。完全に演技だったとまでは言わないが、自分の感情を掌握して制御できることは前提として織り込み済みだった。

 転生回数三千回は伊達じゃない。

 ……だが、一体どこから漏れた?

 転移魔法は重要……とまではいかないがそれなりの機密。自分自身は言わずもがな、関係者から誰かに情報を流されたとも考えにくい……有り得ない話ではないが。やはり転移の瞬間を何者かに目撃されたというのが妥当か。ボクの察知能力をかい潜る転生者でもいたのか。

「……なら、別にくれてやってもいいけど」

「……何?」

 だとするなら、能力(スキル)を持たないコイツが、自分一人でボクらに挑むのは無謀だ。出来る限り他の誰かに協力を求める筈。

 ――仲間がいるのか?

 いや、例え敵が複数だったとして。少なくとも、現状のようにコイツ一人がボクの前に立つ状況は有り得ない。

 ――なら、主従が逆か?

 転移を目撃したのが別人で、コイツが協力を求められた側だったのなら。

 ……囮、あるいは捨て駒か。

 そこまで思い至った時点で、火無月に向けて軽く念じ指示を伝える。

 心の声を聞けないボクの為、即座に火無月から言葉が返された。

「……六時に一人で待ち合わせ……私は一人で待ちぼうけ。お姉様は彼に夢中……」

 ……うん。誰がそんな詩的で冗長に返せと言った?

 つまり六時方向――背後に気配を完全に消した伏兵が一人。そっちは手が空いている自分が相手をするから、ボクは正面のコイツに集中しろ、と。

 ……こんなぽえみぃ(・・・・)な暗号を即座に考えてしまった火無月もたいがいに恥ずかしい奴だが、解読出来てしまったボクも同じくらい恥ずかしい奴だった。

「……そいつは何を言ってるんだ……?」

 乙女暗号とは違う方向で恥ずかしい(厨二病的な意味で)コイツでさえ、理解出来ずに首を捻る始末。

 暗号としては解読されなかったから安心な筈なのに、なんか腑に落ちない……。

 いや、まあ、忘れよう。

「ごほん……そうだな、条件は――」

 ニヤリ、と笑った。

「――君の人生と交換ってのはどうだろう?」

「ハッ……笑わせてんじゃないぜ!!」

 直後、弾かれるように前に飛び掛かり。

 すぐに直感だけでしゃがむ。

「――チィッ!!」

 ボクの頭上を舌打ちと共に、髪の毛を数本巻き込みながら後回し蹴りが通過する。

 やはり脚技が主体か。

 実に厨二病的だが確かに効果的だ。

 ――相手がボクでなければ。

 この程度なら、経験則と殺気の感知だけで目をつむってたって避けられる。

 威力の確保には蹴りは必須だっただろうけど、必須技能だけでボクみたいな変わり種を倒すのは不可能だと教えてやる、メアリー=スー。

「フン、年寄り転生者だかなんだか知らないが――!!」

 コイツ、言っちゃならんことを!?

「ハアァァッ!!」

 更に鋭い手刀まで加えて攻撃を仕掛けてくる。

 見た目は格好良いかもしれないが、実戦には向かない……ということはなかった。

 身体能力が人類の限界をブチ抜いてるので、それなり以上に強い。我流らしいが結構隙が無い……というか、蹴りも手刀もいちいち挙動が鋭すぎないか? 攻撃の初速からトップスピードまでのギアの上げ方が半端じゃなく上手いんだけど。相手が訳が分かってない内に正面から不意を討てるぞ。竜巻かなんかかコイツ。

「うわなにそれ抜き手とか危ねっ!!」

「くっ、ちょこまかと!」

 バックステップで退避するボク。踏み込みが甘い!

 それに対して右半身を下げ、追撃するつもりなのか渾身の一撃を叩き込むべく右の手刀を――いや、違う!!

「――死んでろッ!!」

「冗談――っ!!」

 緊急。

 緊急。

 緊急。

 能力(スキル)起動。

 抑圧軽減、無意識の自己拘束を解放。

 使いたくはなかった。

 なのに、死にたくない。

 死にたくないから――

「起きろ、『人間遣い(ブラフアート)』」

 ――使うしかない。

 肉体の生存本能が、魂レベルの封印を一時的に緩める。

 そう、精神が肉体に引き擦られるように、魂は精神に引き擦られてしまう。

 間接的に、三つは全て繋がっているのだから。

 久方ぶり目を覚ましたのは、最悪の能力(スキル)。ボクが初めから保有する初期技能(デフォルトスキル)。都合の良いご都合主義を引き寄せ、泥沼の王道に落とし込み、逃げられなくしてしまうような(たぐい)の性質すら孕んだ異能。

 ボク本来の、唯一無二の歪んだ技能(スキル)を。

 繰り出された奴の手は――手刀ではなかった。

 何かを握るような形にして、ボクの心臓目掛けて突き出される。

 そして、

起動(セット)!!」

 次の瞬間、魔動の刃が具現する。

 形状は日本刀。身の丈二メートル弱の大刀。

 奴の右手の形に納まるように握られたそれは、本来なら届かない彼我の距離を一瞬にして詰める長さを持っていた。

 迫る。

 刃が迫る。

 突き出す腕の延長線上を――ボクの心臓を喰い破らんと迫る。

 バックステップで地に足がついていないボクには、躱せない――!

 あと十センチ。

 ボクは目を閉じ、現状を受け入れる。

 あと五センチ。

 数瞬後の自分の姿をイメージして、目を見開く。

 あと三センチ。

 勝利を確信した、奴の顔が見える。

 零。

 ゼロ。

 ぜろ。

 肋骨の隙間を縫って手刀で突く“抜き手”を使う相手だというのならば、心臓を突き損じる失態など、冒す筈もない。

 狂いなく心臓を穿った切っ先は背中まで突き抜け。 一拍遅れて血が噴き出す。

 ……痛い。

「……痛……いよ」

 焼けた鉄の棒が肺と心臓を刺し貫くような感覚を脳が認識し、その痛みが、全身に浸透して広がった。

 全身が強張り、弛緩して、視界が暗転し、ゆっくりと……身体が崩れ落ちる。


 否――ぐずり、と床に溶け落ちた(・・・・・)


「なっ……だとッ!?」

「悪いね、二番煎じの『突然変身(めたもるふぉーぜ)』だ――!!」

 それは、とある世界で最弱の魔物。あるいは物理攻撃を受け付けない最強の生物。

 刺し貫く刀から逃れたグズグズの肉塊が、跳ね上がるように盛り上がり人のカタチへと戻る。

 スライム状になった肉体を再構成し、一瞬の内に懐の内に潜り込んだ形になる。

 直ぐさま肉体を変化させ、右腕を相手に向ける。

 トンッ、と軽く奴の胸に手の平を当てた。

 瞬間――手が生々しく変異し、胸部と溶け合い、混じり合い、浸蝕して融合する。

「っ……うぁ」

「動くなよ。今、ボクと君は肉体が融和している。ボクを殺せば君も死ぬ。ボクを傷つければ君も痛む。でもこちらから神経パルスを操作すれば、一方的に君を殺せる。

 ああ、それより速く融合した腕を切り落とせるっていうなら、試してみてもいいんじゃないか? もっとも、その痛みも君に向かうし、君は一生胸元に手首が生えたまんまだろうけど。ボクの方の手はまた生えてくるしね」

 さぁ、どうする?

 そう尋ねて、笑いかける。

 威圧的に。威圧しながら。

「“百回越え”を舐めるなよ、若造が」

 こちとら人間辞めて久しいんだよ。例え不意打ち闇討ち物量罠張り奇策外策心理戦集団戦武器兵器その他どんな手段を使おうが、火無月レベルの転生者(クラフト)を一対一でどうにか出来ると思ってる時点で舐めすぎている。

 ボクみたいなのを相手に回した場合に至っては言わずもがな、だ。

 “大した策もなく《自殺師(キリングドール)》に手を出す時点で自殺に付き合わされる”――という常識すら弁えていない辺り、本当に転生者として若い。

 今回で人生四回目の輩に言っても、仕方のない話ではあるんだけれど。

 まだ普通の転生者の枠を越えてはいないだろう。一回だけ転生するのが普通の転生者で、その中でも救われない一部が二回目の転生を行う。更にその内の物好きだけが三回から五回目を経験するのだから、珍しい部類なのは間違いないのだが。

 勿論、ボクの学校の後輩みたいに数十回なんてのは偏執的な上に超越者的な部類であり、両手で数えられる程しかいない“百回越え”達は、もはや病的かつ狂気的で壊れているとしか言えないような連中なのだが。

 やれやれ、困った奴らだぜ。

「クソ……どうして俺には……技能(スキル)がないんだ……っ!」

 厳密に言うなら、きっと技能(スキル)ではなく才能(スキル)なら持っているんじゃないかとは思う。

 毎回そんな外見とハイスペックに生れつくなんて、通常では有り得ない。

 その有り得ない可能性を当たり前のように連続で引き当て続けているのだから、やはり才能(スキル)に分類される能力を持っているのかもしれない。

 もしかしたら、左門真遊にも匹敵する才能(スキル)の持ち主だったりして。

 ……無いな。

 いや、コイツがしょぼいとかじゃなくて、そもそもアイツの才能(スキル)に並ぶような能力(スキル)は、技能(スキル)まで含めてもほとんど無いというかなんというか。

 あれ、ゲシュタルト崩壊してきた。

「お前のような……神に贔屓されただけの奴に……!!」

 ……少し頭に来た。

 神に贔屓された?

 ああ、そうだよ。なんなら代わってやろうか? むしろ代わってくれよ。

 贔屓される、その意味も知らないで。

「……壊れないといいな」

「……は?」

 そんなに贔屓が御望みなら、贔屓されてきた三千回分の記憶を流し込んでやろうか。

 おや、丁度いい。ボクの腕で繋がって融合してるんだから、簡単に記憶を送り込めるじゃないか。

 多分、発狂するけどいいよね。

 これから何回も何回も転生したって、生まれてから死ぬまで廃人になってるだろうけど。

 魂を壊しちゃうけど、いいよね?

 もう、何も感じられなくなっちゃうだろうけど、いいよね?

「くっ……良いわけあるか、頭を冷やせ、ボク」

 ……何をやってるんだか。今更こんなことでキレるような精神構造はしてないだろうに。

 ああ、こうなるからあのスキルは使いたくないんだ。人間から完全に外れた、素の■■■■が出てきてしまうんだから。

 また無意識に封印したから落ち着いてきたけど、これはこれで不味い。

 何て言うか、考えたくないんだけど……。


 人が恋しくなる副作用。発症したみたい。


「……目の前のは敵。コイツは嫌い。目の前のは敵。コイツは嫌い。目の前のは……」


 しかも腕が刺さってるせいで、さっきから感情が向こうに流れ込んでるようなんですが。それこそ、さっきの狂気的な思考から今の情けない甘えたような感情まで。


「な、なんだ……!?」

 嗚呼、また身体が『突然変身(めたもるふぉーぜ)』してる……!?

 どんな姿なんだ!? 男じゃないのは感覚で分かるんだけど!!

「お、おい、お前……」

「ごめんちょっと待って動かないで触らないでお願いだから」

 初期能力(デフォルトスキル)を使っちゃった所為で、いつもとは比べ物にならないくらい衝動が強い。

 今の姿は……銀の長髪、紅い目、白い肌、右腕の入れ墨にも似た聖痕……神様女の子バージョン(通称“神子ちゃん”)じゃないか!?

 ……って、ちょっと待ってお前なにニヤついて……!?

「えい」

「あふぅ」

 うわぁ脇腹突くな撫でるな抱きすくめるななんだその手つきなんだその目つきお前ボクのこと嫌いなんじゃなかったのかボクの感情流れ込んでる所為なのかそうなのか!?

「あ、だめ……」

 本当にだめだって堕ちる堕ちる堕ちるからぁっ!!

 手、手だ、手を切り離さないと……!

「んう……っ」

 あ、頭がこんがらがって技能(スキル)が発動しないいぃぃっ!!

「なにこれぇ……気持ちいい……」

 頭撫でないで……。

「う、腕、挿さってる……深い……あぅ、流れ込んでるぅ……」

 感情がだよ、感情が。でも感覚だけ言うと……。

「ぬぉぉぉ……め、めたもるぅぅ……ふぉぉぉぜ……」

 ずるり、と腕が抜け落ち、なんとか神経融合が解かれたことを示した。

 あ、あぶねぇ。これで相手は正気に戻った。早く手を放してくれっ!

「あれ?」

「きゅっ」

 抱きすくめられて体重を預けた状態から手を緩められ、力が抜けているボクはぺたんと床に座り込んでしまう。

 こ、腰が砕けて力が入らない……。

「あっ……」

 何故か少し名残惜しそうな顔をしたメアリー(男)。

「な、なんだよぅ。そんな目で見るなばかぁ……」

 神子の肉体の時は、基になった肉体のスペックの所為なのか素の■■■■にかなり近い性格になってしまう。

 いやもう何処が素なのか分かんないんだけど!

 メアリーは少し迷ったような顔をして、

「……やっぱり、もう少し撫でさせろ」

「うわぁ、こっちくるな目が怖いっ」

 お前、ボクが嫌いだったんじゃなかったのか!?

 思考が困窮を極めていると、背後から火無月の焦ったような声が響いた。

「お姉様!!」

 お姉様って言うな……いや、今はあながち間違いって訳でも……じゃなくて。

「うひゃぁぁぁ」

 ヘタレっぽい声を上げて伏せたボク。イマイチ殺気が乗っていないので自信を持って避けられなかった。

「とっとこ退くよーん、《死滅願望(アリス・デッド)》。いくらなんでも転生者上位五指の二人を相手にするのは分が悪いよ、残念っ」

 妙に間の抜けた少女の声は、ボクの頭上を飛び越えていった物体から放たれた。

 猫のように足音もなくメアリーの横に降り立ち、しかし猫を摘むように彼の後襟を掴み引っ張っていく。

 それは髪を真っ青に染めた少女だった。

 否、ボクはその蒼髪が、染められたモノではなく生まれつきであることを知っていた。

 つまり、ボクは彼女を知っていた。

 転生者(クラフト)としての名は知らない。周到なのか慎重なのか、少女は身の上を明かさない。

 だからボクが知っていたのは、この世界での彼女だった。

 名は――レインフェルト=彩火(さいか)=ソラウライト。

 この世界でのボクの姉、世界最強の『赤の魔女』シルヴァスタ。彼女の唯一の相棒たるルナテクス=愛那=ソラウライト――その実の()だった。

 かつて一度だけ、姉の愛那さんに連れられていたのを紹介されて会話したことがある。この学校の生徒であるとは聞いていたが、基本的に校舎に入らないボクでは必然として目撃すらしなかった。

「レインちゃん……二年振りだっけ?」

「嫌だなぁ、あんまり襲撃者相手に気安く話し掛けたりしちゃ。レインちゃん困っちゃうっ」

 嘘つけ。掴みどころのないイイ性格してやがります。

「ねぇねぇ、この子と転移魔法、交換しちゃうってのはどうだねっ?」

「おいっ、レインフェルト! 何勝手に他人を売り飛ばそうとしている!」

「だってさ。本人の意思で従えないなら、邪魔にしかならないだろうし。それにメアリー、ボクのこと嫌いでしょう?」

「………………多分な」

 オイ、何ちょっと揺らいでるんだ。まさかさっきの虐めで和解したとか言わないよな……?

「ま、まぁ……逃げるつもりなら追わないよ。襲撃じゃなくて、平和的に訪ねてきたなら歓迎するさ」

「うーん、んじゃあお言葉には甘えさせてもらおうかなっ。むふー……お姉ちゃんを宜しくね、夜城唯貴。また会いましょう――しからば、さらばっ!!」

 すごくあっさりと、襲撃者は帰って行った。

「あー……君はどうする?」

「……チッ、白けた。次に会う時は覚悟しておくんだな、《自殺師(キリングドール)》」

「押し倒される覚悟?」

「ち、違うッ!! 何の話だっ」

 ふっ、シリアスに取り繕っても、さっきのあの生き生きとした姿を無かったことになんて出来る訳ないだろーが。

「メアリー=スーは戦闘中に、しかも男に欲情しました」

「ぐはっ……いや、お前はそもそも男でも女でも人間ですらないだろうが」

「今回は人間の男だよ。もしこの世界が二次元だったら、少なくとも視聴者の多数派は“少年が主人公の厨二ファンタジー”だと錯覚してる筈。実際は少年どころか少女でもない中間地点に近い存在だったりするんだけど。某一大宗教における天使みたいな。ボクってマジ天使!!」

「酷い……メタ発言……」

 火無月のドクター(?)ストップ。

「誰が天使だ。誰が……天使……? 天使? なにか引っ掛かるな……天使?

 ……成る程、お前は天使だったのか!」

「げふっ、やめて恥ずかしいから」

「少なくともお前を純粋な男だと断ずるのは無理だ。というかむしろそれは誤りだろうに」

 まあ、確かに今の姿は銀髪緋眼の絶世の美少女だけど。神が女性として地上に光臨する時の肉体の一つなのだから、スペックも尋常じゃない。文字通りの神々しさすら放つ造形の肉体である。

 それでいてこの肉体の姿の方が自前の筈の夜城唯貴の肉体より魂に馴染むのだから、いよいよ以って■■■■は人間辞めてしまっていたらしい。

「グダグダになってきた。しかし副作用ももう抑え込めてるし、本当にこの肉体は親和性高いな……。んじゃあ解散。かいさーん」

「……調子が狂うぜ」

 そのままメアリー=スーも去って行った。襲撃を受けたとは思えない話の流れだなぁ……。

「さて……それはともかくと……して、いつまでその姿でいらっしゃるつもりですか、お姉様?」

 あれ、火無月……なんか怒ってる?

「はい。いくらお姉様と言えども、あの忌ま忌ましい神の姿でいられると少しばかり気分が悪いです」

 嘘だ。少し気分が悪いくらいじゃ、火無月はこんな口調にはならないだろう。

 かなり怒っている。それも不機嫌の極みで。

「聞こえてますからね。さあ、その肉体が心地良いのは分かりますが、この世界での肉体に戻って下さい。いえ、よりにもよって神子の肉体が一番馴染むとか心地良いとか、それだけで業腹ものの話ですけど!」

 ひぃぃ、怖い!! 火無月が普通に喋ってるのってこんなにも怖いのか!!

 キャラ崩れてますよ!?

「い、い、か、ら……!!」

 ふざけるなよ、と目で訴えかけてくる。ジト目の火無月は可愛らしいな……目の隈とか、その辺含めて。

「ちぇっ……『突然変身(めたもるふぉーぜ)』。少しくらい、はしゃがせてあげてよ。久しぶりに隠さず全部(・・)表に出て来てたんだからさ」

 夜城唯貴に戻って、同時に生成した特殊な眼鏡で赤い魔瞳を隠す。他人からは、黒い目にしか見えないだろう。

「普段から……■■■■の魂情報の大半を……自分で押さえ込んでるからでしょうに……」

「だって出たらあっという間に物語(イベント)の中核に据えられちゃうだろうし。さっきの一瞬でもかなり気分が悪かったよ……火無月以上に、ボク自身が」

 本当に……身体が強張って、目の前のアイツに――自分を殺そうとした相手に――縋ってしまいそうになった程に。縋ってしまったほどに。

「自己嫌悪を通り越した極度の自己恐怖(・・・・)……ですか。

 ヒトとして壊れきってしまった私にすら分かりません。解せません。共感ができない。想像すらできない。

 私はそれでも貴方が好きですが――敢えてここで問います。

 そんな貴方は……何者なのでしょう?」


 何者なるや?

 火無月は、敢えてそう言った。


「論ずるまでもない――ボクはボクだ」


 測りかねる。

 ボクは、そうとしか言えなかった。


 “ボク”とは■■■■なのか、夜城唯貴なのか。それすらも。

「そうですか……そうですね、愚問でした……」

 初めから言葉には意味など無い。

 だって火無月には――ボクの心の声が、届いているのだろうから。

 それでいい。悪いとは言わせない。

 こんな関係が、壊れたボク達にはちょうどいい。

「さて、そろそろ物語の中心に戻ろうか」

「いってらっしゃい……ませ」

 何を言ってるんだか。

 ――火無月も来るんだよ。

「……………………はい」

 多少驚いた顔をした後のその返事は、心なしか、笑っていたような気がした。

 という訳で第十六話でした。見てくださってありがとうございます。

 次回辺りからはリアンヌ達の方にに合流して、そろそろ第一章も後半になります。

 はて、主人公の三千回に及ぶ転生の真の理由やら、他の“百回越え”達やらを書くのは一体いつになるのやら。




 さて、ではいつも通り今回の話の解説をば。


 今回の主人公の言動について。

 主人公は基本的に、全ての転生者が嫌いです。特に転生者らしい転生者が嫌いです。その中でも取り分けメアリーみたいなのが嫌いです。


 しかしそれ以上に転生者の中の転生者である自分が大嫌いで、更に大本の自分自身である■■■■が大大大大大っ嫌いです。その勢いたるや嫌悪感を通り過ぎて恐怖すら抱くほど。作中でいう“自己恐怖”ですね。


 その度合いは、無意識に本人が知る限り一番強く相性も良い肉体になった(万全の体勢をとって保身した)上で、殺されそうになった相手であり取り分け嫌いな筈のメアリーにも思わず抱き着いて甘え、現実逃避してしまうレベルです。


 本来なら、夜城唯貴という“この世界に生まれた人間”としての自分が緩衝材になっているからまだまともに人格を保っている状態であり、それだけでなく、神に頼んで魂に封印処理を施し、■■■■の記憶の大部分を制限してようやく理性を保てているのでした。


 しかし■■■■が保有するスキルを――取り分けその中でも最も強大である、初期能力『人間遣い(ブラフアート)』を使ってしまうと、その封印処理が一時的かつ極端に緩んでしまい理性が飛びます。つまりは強力な“例の副作用”ですね。実は副作用の仕組みはこんな感じになっているのでした。


 ちなみに主人公の初期能力についてはまだ秘密としておきましょう。たいした秘密でもないんですが。




 と、まあネタばらし気味の解説はここまでにしておきましょう。

 ではまた次回お会いしましょう。

 しーゆーあげいーん。

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